同じ釜の飯を食った相手
ノーマンの心はアンティゴアにあれど、彼の十年に渡る生活の殆どがフォルモーサスの地にあったのは否定できない。
同僚や部下と飲み歩き、ふざけ、時には誰かの相談に乗ってやる。
自分の率いた部下や友人になったばかりの同僚が戦地で屍になれば、彼は人前だろうと彼らを胸に抱いてそこで涙を流して来た。
そんな仲間を彼は地獄の底に落としたのだ。
ざあざあと噴き出した地下水は彼が為した惨劇を洗い流す如く彼の作り上げた死体に注ぎかかり、急な噴出に驚いて岸壁にしがみ付いていた兵士達が一人、また一人と滝つぼに落ちていく。
「われはアンティゴア王、ノーマン・アンティゴアだ!我が領土に侵入せすべく敵は蟻一匹残さず屠るつもりだ。名誉も無い死を選びたいなら向かってこい。理性ある者ならば今すぐ故郷に帰れ!」
彼は怒号をあげた。
しかし、ノーマンによって滝を作られてしまって足止めされたフォルモーサス軍は立ち止まっていても引き返すそぶりも無く、彼の爆破に逃れてアンティゴアに降り立っていた兵士に至っては彼に向かって剣を振り上げて来た。
「ぼうっとしない!さあ、まずは溢れちゃった虫を始末しますよ!アバド!リューイ!嬢ちゃんと呼ぶ私よりも良い働きを望みます!」
ポニーテールに結った真っ赤な長い髪をはためかせ、ディーナが襲いかかる兵士を切り裂き突入していった。
ディーナに声をかけられた赤伯爵家の爺さん二人はディーナよりも勢い勇むどころか、なんと、ディーナの猛攻に唖然とするだけで足が止まっている。
ノーマンはその様子に明日からディーナを「嬢ちゃん」と揶揄うアンティゴアの爺連中は一人もいなくなるはずだと喉の奥で笑い声を立て、そして自分も剣を振るうべく彼の後ろを追った。
そうだ、自分は外人部隊出身だったではないか、と。
ノーマンは最初から近衛部隊の隊員に叙せられたわけではない。
身分も隠した、いや、身分を知られても滅んだ国の何も持たない十八歳の若者でしかなかったのだ。
彼は傭兵王国のフォルモーサスに雇われはしたが、最初は雑兵部隊でしかない外人部隊という使い捨ての部隊員でしかなかったのである。
ノーマンは戦績をあげ、そして、近衛の座へと昇りつめたのだ。
「ああ、ノーマン隊長!」
彼と打ち合った相手は自分が剣を向けた相手が誰かようやく気が付いた声を上げたが、次には双眸に狂気の輝きを浮かべた。
「あんたを倒せば俺も近衛入りだ!懸賞金も手に入る!」
ノーマンは切りかかる青年が両腕をあげたところでその胴体を切り払い、今この国を襲おうとしているフォルモーサス軍がフォルモーサス人ではなく喰い詰めた国々から出稼ぎしている外人部隊でしかなかったと笑い出していた。
「おい!お前ら!俺を殺す名誉が欲しくば俺に切りかかってこい!金と命が欲しくば俺に付け!俺はノーマン・アンティゴアだ!勇名が欲しくば古代兵器との戦いだって俺はお前達に与えてやろう!」
敵はノーマンを殺す名誉こそ選択したようで、彼等は足を止めることなくノーマンにこそ押し寄せ、ノーマンはそんな兵達に対して自分の良心が苛まれる事がない行動を取ってくれてありがとうと皮肉に笑った。
「ありがとう。これで俺の足は止まらない。お前らを殲滅させてもらうよ。」
「ひ、ひい!降参です!」
「あ、まって!はい、剣を捨てます。」
一人が剣を放ればそれを合図にして次々に剣は地面に落ち、ノーマンはせっかくやる気になったのにと剣を下ろした。
「えっと、ディーナは何をしている?」
「敵味方関係なく邪魔な者には剣を振るって、彼の周囲全ての人間の戦意を喪失させています。」
ノーマンは自分の左隣にすっと現れて自分に囁いて来たドゥーシャに溜息を吐き、敵兵が次々と脅えて剣を捨てた理由が自分では無かったとがっかりした。
「ああ、早くお飾りな王の位を女王様に謙譲したいよ!」
「そう言いなさんな。敵さんが戦意を無くしたのは俺とドゥーシャの伝説の闘剣士に出会って脅えたからでは無くて、味方に無意味に虐殺される捨て駒でしかないとようやく気が付いたからだよ。」
ノーマンの右側に聳え立ったスティールは、自分の言った言葉の証拠はあれだという風に右手を滝の上へと差し示した。
ノーマンはその方角を眺め、これ以上ない位に気持ちを高揚させていた。
「俺はあいつを倒せばいいんだな。」
半身を焼き爛れさせた魔法使いと巨大な四つ足の古代兵器が、丘の上からアンティゴアの地に立つノーマン達を見下ろしているのだ。
古代兵器の顔となる部分には魔法陣ともとれる文様が描かれているだけで目鼻など無いものであったが、中心に輝く黄色の石をノーマンが見逃すはずは無い。
「神よ、感謝します。」
ノーマンは剣を持つ手に力を込めた。




