あなたに三食昼寝付きを
目覚めたのはノーマンのベッド。
だが悲しいのは私とノーマンの間には棒状に丸めた毛布が国境の壁のように存在し、つまり、私達は同じベッドでただ寝ただけという一夜だったのだ。
そして、隣で寝ていたはずのノーマンは既にいない。
「ああ、私は何をしているのだろう。」
扉が軽く叩かれ、私は扉を開けると、見覚えのある過ぎる女官がするっとノーマンの部屋に入ってきた。
彼女の手には朝食の皿が載っており、悩むどころかそれは私のものだろう。
「どうぞ、リガティア様。お着換えは本日はドレスでお願いします。」
「ドレス、ですか?」
「はい。今回の戦の処理の相談会議をノーマン様の個人サロンでバルモア国王様と行われますので。ドレスはこちらでご用意したもので申し訳ありませんが、お食事の終わった頃に支度をお手伝いに参りますので。」
戦後処理の相談会場をノーマンのサロンにしたのはちびこが寛げるようにとの計らいだろう。
今の所貴賓客であるジークの為にアンティゴアは回っており、ジークはちびこのために世界を回しているのでこの仕様で間違いはない。
「え、あ、あの。ありがとうございます。」
「いいえ。こちらこそありがとうございます。何年かかるかわかりませんが、ノイエ川が水を湛えているのならば、私達はやり直せます。」
彼女は深々と私に頭を下げると、そのまま再び扉の向こうに去っていった。
台所でリゼルの死体を片付けると言った女傑だ。
彼女の言う通りにする方が良いだろう。
そして遅い午前の今、着飾らされた私は女官に連れられてノーマンのサロンへと案内された。
着飾ったと言っても、アンティゴアの民族衣装でもなく、普通の貴族の娘が普段着に着る様な紺色の足首丈のドレスである。
ただし、袖のないジャンパースカートのような紺色のドレスに真っ白のドレスを下に重ねている事で、物凄く清楚で修道女見習いにも見える。
やっぱり、ノーマンは昨夜の私に辟易したのだろう。
扉が開かれてサロンに一歩踏み出せば、ノーマンの不機嫌顔は想定通りだが、ちびこを抱いているジークまでも不機嫌顔なのは解せなかった。
この話し合いに必須の女王と配偶者達の姿が見えないことから、アシッド達が大事な会議に現れない事にノーマン達がイラついていただけなのだろうか。
「もう、いい加減に放してくださる?ベイルと遊びたい!放してくださらないとお父様を嫌いになりますわよ!」
「え、ちびこ!お父さんはお前が心配で心配で心配でここまで来たのにこの仕打ちなの。」
「違いますわね。私にかこつけて遊びたかっただけでしょう。あのギルドの船を沈めながらぴょんぴょん飛び跳ねるつもりだったのならば、どうしてあんな船でやって来たのです。フォルモーサスに対してだってそうでしょう。戦いたかったのなら、あんな古代技術の拡声器など使わなければ良かったでしょう。ああ、そうだ。物凄い光線で一個連隊吹き飛ばしたのも最悪よ。」
「それはしていないよ!」
「あ、ごめんなさい。ジーク。それは私だったかも。」
ジークは私にかなり憎々し気な視線を向けたが、愛娘の小さな両手で顔を押さえつけられて彼女に向き直させられていた。
「そんな事は些末な事です。全体的な行動のお話をしているのですわ。よろしくて、お父様。良くお考えになって下さい。」
私は娘に叱られてしおしおとなっていくジークに、可哀想なんて一欠けらも思わず、ああその通りだったのだと冷ややかな気持ちしか湧かなかった。
そして、ちびこの言葉にノーマンの不機嫌の意味さえ知ってしまった。
「ノーマン。あなたも、なのね。」
ノーマンは子供のようにぷいっと私から顔を背けた。
もう!本当に彼はわからない。
昨夜からいろいろと機嫌を取ろうとしているのに、彼は私を見ようとしないばかりか、不機嫌一直線なのだ。
それなのに、私が提案した事は全部叶えてくれるとは意味が解らない。
一緒にお風呂に入りましょう!
湯上りには一緒に苺を食べましょうよ、食べさせごっこはいかが?
ねえ、一緒のお布団に入ってもいい?
それらに対して無言か拒否の石像のような振る舞いしかしない不機嫌ノーマンは、私が帰ろうとするとそれを許さないくせにやっぱり不機嫌で、今朝を迎えてさらにさらにもっと機嫌が悪くなっているとはどういうことだ。
「昨日は一緒にお風呂に入ったのに。一緒のお布団で寝たのに、全然優しくしてくれない。」
ノーマンはお茶も飲んでいないのに咽せ始め、ジークはノーマンの脛をしたたかに蹴り飛ばした。
「おい、何をやってんだてめえ。俺の妹分に手え出すならわかってんだろうなぁ。表に出ろ。ぶった切ってやる。」
「いいですよ。ああ、伝説の勇者とお手合わせは楽しそうだ。さあ、表に出ましょうか。」
あれ、二人は意外と仲良さそうに連れ立って歩き出し、サロンの中庭を見渡せる両開きのドアを開け放った。
緑と花どころか苺が連なって実っている可愛らしい庭になっており、庭の木々の枝には色とりどりのリボンが飾られ、なんと、中央には白いテーブルには何段もあるウェディングケーキが置かれている。
ほうっと息を吐いてから振り向いたノーマンは、虹色の瞳を輝かせながら私に右手を差し出した。
「俺はこんな暮らしで君に三食昼寝も満足に与えられないかもしれないが、俺の妻になって貰えないだろうか。」
サロンで会議。
賓客との会議だからドレスを着て欲しいという頼み。
それは彼等が私達の結婚式を考えていたのかとようやく理解した。
理解して立ち上がると、それぞれの脛を蹴ってやった。
「何よこれ!相談も無く結婚式?馬鹿にしているわ!ドレスだって結婚式だってわかっていたら借りものじゃ無くて、もっとちゃんと作ったり買ったりしていた!あの最高級のシルクで真っ白なドレスを作っていたわ!」
蹴られたノーマンは脛を抱えて無言で丸まり、同じように丸まっていたジークが私に馬鹿女と言い放った。
「え?」
「さっきから聞いていればお前こそ手を出せないノーマンをいたぶっていたようじゃねえか。いいか、俺達は本気で庭がこんなウェディング状態になっているとは思わなかった。互いに鬱憤晴らしに打ち合いできると喜んだだけだよ。ああ、こんな鈍感勘違い馬鹿な女が恋人で可哀想な男だ。おい、ノーマン。別のいい女を俺は紹介しようか?フィレーナに頼めばいい女を見繕ってくれると思うぞ。」
ええ!結婚前だったから我慢していただけ?
私は再びジークを蹴っ飛ばした。
だってノーマンの前にいて邪魔だもの。
そして、ノーマンの前に座り込むと、床に手をついて彼に頭を下げた。
シュクデンで彼が私にしたのと反対だ。
「私と結婚してください!あなたに三食昼寝付きをあげるから!」
「そこは三食昼寝付きはいらないから結婚して、だろうが!数秒前に三食昼寝あげられないって言ったノーマンの立つ瀬が無いでしょうよ!」
「煩い!ジーク!じゃあ、どう言えば良いの?どう言えばノーマンが喜ぶのか教えてよ!私はノーマンの笑顔が見たいだけなのに!」
ジークに叫び返したところで、私はぐいっとノーマンに持ち上げられた。
彼は虹色の目で真っ直ぐに私を見つめて私の心臓をどきんと止めた後、永遠に私の心臓が動かないんじゃないかと思う笑顔を私に向けた。
今までに見たことも無い、本当の幸せそうな笑顔だ。
「はいとだけ言ってくれ。俺と結婚してくれますか?」
「あああああ、はいっ!」
私はノーマンに抱きついていた。
彼の肩越しに素晴らしい庭とウェディングケーキが輝いている。
三食昼寝が無くたって、四時間以上働く事になるかもしれないけど、きっと私はこの腕の中では幸せだろう。
「よし。バルモア国王ジークィンド・クレイモアがアンティゴア王ノーマン・アンティゴアとリガティア・エレメンタインの婚姻をここに立ち合い承認する。おめでとう。これでやり放題だ、良かったな。」
「お父様。下品ですわ。お母様に言いますわよ。」
ジークはちび子の言葉にひゃっと脅えた顔になったが、私にも聞き捨てならないジークの文言があった。
「ねえ、ノーマンは青王子じゃ無いの?王位譲渡はしたでしょう?え?」
人の婚姻の承認を戸口で胡坐をかいた状態でしたバルモア国王は、私達を見上げてにんまりと笑顔になった。
「譲渡の譲渡だよ。あのアシッド様?あいつは黒いね。女王様だったあの子をお払い箱にするためには支度金?手切れ金?まあ、そんなの請求してきてさ。金持ちになった元女王様の女房連れて新婚旅行に旅立った。可哀想なノーマン君。かなり金庫が空になったね。」
ノーマンの私を抱く腕の力が強くなったが、私は笑いながら彼を抱き締め返していた。
「もう!欲求不満のいら立ちじゃなく、アシッドの裏切りで怒っていたのね。」
「いやあ、欲求不満だよ。昨夜の君は残酷だよ。」
「まあ、ええと。ごめんなさい。」
「いいよ。今から楽しみだ。ねえ、リジー。王様の俺でも一緒にいてくれるだろ。もう約束して妻になったのだから一抜けは許さない。」
「もちろんよ。永遠にあなたを愛し続けるわ。あ、でも、白いシルクのドレスは着たい。だってあれはそのために買ったのだもの。」
「ああ、うん。俺もそれを考えてあの布は君に返したんだ。はあ。やっぱり俺はお預けなのね。いいよ。君の好きにして。」
ノーマンは情けない声を出しながら私をもっと強く抱きしめた。
私は幸せになるだろう。
だって、魔女と王様のタブーを破ったノーマンだ。
それに、私は大魔女エレメンタインですもの。
絶対に絶対に一生彼を守ってやる。




