いつかあなたと、また。
第六話です。最終話です。
悲恋ですが一応ハッピーエンドという……。
ふと気づけば、そこは森の中だった。深い深い黒色がぼんやりと空気の中を揺蕩う様な、押し合う木々で日が遮られた薄暗い森の中だ。
どうやら自分は座り込んでいた様で、立ち上がると一瞬目の前が眩んだ。ぱちぱちと幾度か瞬きをすれば、人外の身体はすぐさま正常に戻る。不思議な身体だ、と思う。しかし思った後で首を傾げる。……何故、不思議だと考えたのだろう……。
見上げても空が見えなければ目印になるものもなく、かといって辺りを見回せば同じ様な光景に落胆する。これは、相当苦労しそうだ。……だが、この身体はその『常識』に動じずに現在位置をしっかりと把握してみせた。それはよくわからない力のおかげのようだが、一体この力は何か……。
だが疑問を呈すること自体がおかしなことのような気がして、常識と常識が鬩ぎ合う気持ち悪さに閉口する。とりあえず誰か、と自然に考えて、また状況との齟齬が発生する。
気づけば身体を預けていた木を見ているとそこがいちばん安全な場所に思えて、しかし木に登るのは、とまた『常識』が邪魔をする。動く気にもなれず、辟易した気持ちを抱えて結局地面に座った。
この何やら幼子のようなちいさな身体も動きにくくてたまらない。たぶん、もっと大きな何かだった気がする。それもまた、よくわからない『常識』が伝える事実。
そもそも、自分は誰だろう。
「あら、貴方は何をしてらっしゃるの?」
急に降ってきた女の声に、おおきく身体を揺らしてしまう。狼狽して木にしがみつくと、そろそろと女を見上げる。
「…………ロシー?」
咄嗟に漏れた音――『常識』曰く女の名前。
「わたし、が、わかるの……?」
泣きそうに見えた。女の揺れる瞳が、震える唇が。だから、答えるかどうかは迷ったけれど。
「わからない」
すごく残酷なことをしている気分と、やさぐれた気持ちが入り混じる。こう答えるのが、自分にとっての正解だと本能的にわかっていた。
女はすこしだけ驚きを混ぜて、「ええ、そうでしょうね」とたのしそうにくすくす笑い始めたから、やはり正解だったらしいとすこし安堵する。
「わたしはローシーズ。ロシーと、呼んでくれて構わないわ」
ローシーズは甘やかな声で名乗った。
「貴方は、誰なの?」
変な聞き方だった。普通、そういう時は「貴方の名前は」だろうに。
しかし、自分は誰だろう?
「わからない? そう……なら、わたしが貴方の名前を教えてあげる」
貴方は、クロウズ。
やっとまた会えた――わたしの大切なひとよ。
「わたくしは、貴方を迎えにきたの、クロウズ」
じんわりと染み渡るように。
「ねえ、約束をしたでしょう?」
ローシーズの声が、クロウズの魂の中に降り積もる。
――ああ、そうだ。いつかどこかで、君と約束をした。
差し出された白くほっそりとした手に、迷わず自らの手を重ねた。ちいさくてよわっちい手が、いつか彼女の手を包むほど大きくなれるのだと知っている。
君が俺を忘れても、きっとこの恋は、消えることはないのだろう。
――――もしあなたが私を忘れても、いつかあなたとまた、恋をする。
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あとがき兼キャラ・本文解説をほぼ同時投稿しております。活動報告にありますが、結構作者がはっちゃけているのでお気をつけください。