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後日談1




 アレン・ローウェルはふてくされていた。だってずっと憧れていたのだ、魔法使いらしい魔法使いであるノアラインに。

 彼にとって魔法使いとは、伝説にあるように遠隔攻撃をこなす存在でなければならない。相手が気付かないうちに攻撃をし、涼しい顔で去ってゆくのだ。だから魔力を垂れ流せるだけの下級なんて「魔法使い」と呼ぶのもおこがましいし、魔力を魔法に変えて剣に纏わせられるようになった自分もまだ「魔法使い」ではないと思う。

 その点ノアラインは、火球は当然、離れた位置に火柱を立たせ周囲に燃え移らせない、なんてこともできるし、手元に小さな熱くない火の玉を浮かべたり、水を一瞬にして湯に変えることもしてみせた。魔法で湯にしたものは味が悪いとほとんど口にさせてはもらえなかったが、たまに飲めると魔法使いの偉業を体験した心地で興奮したものだ。

 ほぼ一年の失踪のあと見つけだした時は、なんと火の魔法だけでなく性転換なんてまさに伝説のような魔法を使っていて、特級なんていう肩書きを越えた「理想の魔法使い」ぶりに失神しそうにもなった。彼女の信じられない多様性! そしてその後、王都に戻った彼女は以前よりも多くの魔法を使うようになっていて、アレンは毎日神に感謝を捧げていた。

 しかも、戻ってからの彼女はなんと、物語魔法と言われ続けていた魔法の一部を、魔法具として一般人にも使えるように研究者と会うようになったのだ!

 木の枝と板を持って騎士ごっこをする幼子の気持ちで、魔法を使う己を夢想しては胸躍らせていたアレン。なのに。


「せっせと作っていた長距離通信具が王都を離れてお前に会いに来るためだったと? 私的な誘いは『馬車が嫌いだから』と全て断っていたのに、転移魔法までお前のためにお披露目? 下級魔法使いのくせにいいい!」


 ぐぎぎ、と端正な顔を歪めて、アレンは薬草の絞り汁を飲む。よくわからない嫉妬を向けられた下級魔法使い、こと、ショーンは頭を掻きながら薬草茶を飲んだ。己が弟子とこの男の関係がよくわからない。主人と護衛なのはわかっている、が。

 例えばノアラインは、ショーンには「魔法で暖めたお湯はまずいですから」と湯を沸かし丁寧に茶をいれるのに、アレンに用意したのは薬草を魔法で搾り取った液体を水で薄めて魔法で暖めたもの。しかしちゃんと用意する。

 アレンはそれを犬のように喜ぶ。そう思って「犬みたいなもんか」と納得した。ノアラインは気品溢れる猫に似ている。猫にじゃれついて鬱陶しがられる犬、ぼんやりした老人に寄ってくる猫……自分を老人に例えてしまったショーンは、こっそり落ち込んだ。


 そもそもなぜこの男がショーン宅まで来ているかといえば、ノアラインが新たに開発した転移装置というものを利用したかったからだそうだ。小さな物から試して、早くも実用化に至ったらしい。ただし、同じ装置のある場所にしか行けないし、上位魔法使いの中でも魔力量を誇る少数が片道で魔力の半分を使い、往復すれば半日起きあがれない体調不良を感じ、数日は倦怠感を覚え続けるらしいのだが。

 実用化前はノアラインが魔力提供をしていたため、誰も気付かなかったそうだ。そんな問題があって使うものが居ようか。

 アレン以外に。

 そんな献身的に追いかけて、恋愛感情があるのかと思えばそうでもない。ノアラインとは十歳差だが、一回りは離れていないし、美形同士で地位もあるのでお似合いなのに。

 以前おっさんの好奇心で「付き合いたいとかないんですか」と聞いてみたら、まじめな顔で「竜王なんかがお似合いだと思います」と返された。竜王なんて伝説にしか居ないというのに、伝説のように思うまま魔法を使いこなす人間が実在したせいでそちらも信じているらしい。関わるたび、アレンの印象を残念美形に下方修正せざるをえないでいる。

 そんな酔っ払いのような美形を横目に茶をすする。無礼ではあるが早く帰ってほしい。机の木目をなぞりつつ、外作業中のノエルのとこに行こうかなあ、とぼんやり考えたところでがちゃんと扉が開き、女神が戻ってきた。

 正体が分かってから、ノエルはノアラインのまま弟子をしている。だぼだぼのローブも姿を隠すためだったらしく、今は簡易な町娘ふうの衣装を着ていた。明らかに服と中身の素材が釣り合ってないそのひとの後ろには、最近また見かけるようになった赤茶けた髪ふたりが並ぶ。


「師匠、ギルが野菜持ってきてくれました。今日の夕食にしますね」

「おー、ありがとなギル。頼むよノエル」

「べっ別に、ノエルのためじゃねーかんな! 母ちゃんが持ってけって言うから!」

「はい、おばさまにもお礼を言っておいてください」

「ミリーはノエルのために来たのよ」

「ええ、ありがとうございます」


 きゃっきゃうふふと笑いあう若者たちがまぶしい。ショーンは微笑ましげに目を細めて和んでいたが、正面の男はそう思わなかったようだ。

 ふるふると拳を振るわせ、アレンが勢いよく立ち上がる。


「ノアライン様に夕食を作らせるなど! 私がします!」

「私がしたいのだしお前は料理できないだろう」

「そ、それにノエルだなどと馴れ馴れしい! この方は偉大なる特級魔法使いなのですよ!」

「私の決定に異を唱えるな。気にしないでくださいね、師匠。ギルとミリーも。」

「ノアライン様ぁ」

「うるさい」


 アレンはどちらかといえば怜悧な、高潔な氷の騎士といった容貌をしている。そんな男が勢いよく立ち上がって、少女に冷たくあしらわれて、がっくりうなだれる……笑っていいのか悩みどころである。

 とりあえず哀れむ視線を送ることにした。ギルも同じように決めたらしい。最初は、出自こそ違うものの、魔法剣を使いこなす本物のレオンだとはしゃいでいたのに。


「兄ちゃん、わざわざ来て騒ぐだけなの?」

「ミリーのほうがノエルのおてつだいしてる……」

「ぐっ」


 おとなしいミリーまでこの言いようだ。ショーンは、転移装置で疲れてるんだよ、と庇ってやりたいような気もしたが、決めるより先にノエルが口を開いた。


「そうですね。暇ならギルの稽古でもしてやってください」

「この子どもの?」

「ギルはレオンみたいになるんですもんね? 私の役に立つんだろう?」


 にやり、なんて効果音をつけたいが、美少女顔のせいで天使の微笑みに見える。アレンはぐったりしていたことも忘れ、威勢のよい返事で外に出た。あれでも、実力も指導力も備わっている有能な男なのだ。

 ぶんぶん振られるしっぽの幻影を見、てこてこ付いていくミリーも見送れば、狭い家には二人になる。ノエルはふうと息を吐いた。


「申し訳ありません、緊急事態でしか使うなと言っていたんですが。実験と称して許可を得たそうです」

「いやいや、慕われてて何よりだろ。」

「鬱陶しいことこの上ないです」

「でも美形じゃん」


 美形ならばなにをやっても許される、というのは、ショーンが三十二まで生きてきて何度も思ったことだった。魔法使い協会会長があんなに犬のようでも、若い少女は頬を染めるだろう。美形だから。実力も肩書きも、金さえ持っているから。

 さんざん「下級魔法使いごとき」と突っかかられたことも相成って僻みっぽくなっている。われながらガキくさい、年下相手に。自覚しつつも、ショーンは皮肉った笑みで茶をすすった。ノエルはきょとんと目を瞬かせる。


「びけい?」

「美形」

「……顔の造作が関係ありましたか?」

「ああいうのは『ただし美形に限る』てやつだろ」

「ただしびけいに……?」


 なにが限るんですか。首を傾げるノエルはほんとうに意識したことがないらしい。そう言って許してもらう側だからだろうか、と思いながら丁寧に解説した。

 箱入りお嬢様は俗語に疎い。

 美少女に庶民的な言い回しを教えるのは少し気が引けるのだが、彼にとってノエルはノエルだ。ノアライン特級魔法使いの扱いは滅多にしない。

 大きな目をぱちぱちさせると、ノエルはしっかり頷いた。


「なるほど、好ましい相手であれば許容範囲が広がるということですか」

「うーん、まあ、そういう感じ?」

「では」


 平素あまり変わらない表情がふわり緩む。


「私なら、ただし師匠に限る、ですかね」


 ばしゃん。

 たまに起こすようになった師匠の急停止に、ノエルは慌てた様子もなく、指のひとふりでこぼれたお茶を片づける。緩んだ表情は跡形もなく消え、すっかり元の無表情に。


「歳で握力まで衰えたんですか? 鍛えた方がいいですよ、今後のためにも」

「いや、うん……握力というか心臓というか……」

「心臓?」

「もーそういう台詞禁止しようかな!? なあ!」


 耳敏く戻ってきたアレンに同意を求めて、浮かばせてしまったふたつの疑問符を、ショーンは机に突っ伏して無視することにした。







間を開けてしまったのと見直ししてないので話の流れがおかしいかもしれません ごめん

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