第7話 それでも、なお
せっせと爆発物を回収し、半分ほど片付け終わった時だった。
「あなたたち、何してるの!?」
突然、耳に女性の声が届き、思わず身体が跳ね上がった。
振り返ると、倉庫の入り口付近に女性が立っていた。
黒マントじゃない。あまりに普通の服装。
──一般人!?
アイリスは咄嗟に手元を動かしてしまう。
収納袋に吸い込まれかけた箱が落ち、中身が床に散った。
リオが素早く床を蹴った。
だが、それよりも早く女性が壁のボタンを押す。
アイリスの影が伸びた。
木箱が爆ぜる。
白い閃光が視界を焼いた。
音より速く、力強い腕がアイリスを抱き寄せた。
アイリスは咄嗟に体を丸めた。
空気が一瞬、固まったかのように膨張する。
次の瞬間、轟音と熱風が襲いかかった。
けれど思いのほか衝撃がない。
戸惑いながら顔を上げ、ようやく気づく。
──リオの腕の中にいた。
リオが自分の頭を庇うように掲げていた腕を下ろし、何度か咳をする。
吐息が頭にかかった。
肩に回された腕に、力が籠る。
指先が、ほんのわずかに震えている。
「大丈夫か?」
「……うん」
周囲の床が黒く焦げていた。
思わず、リオの胸元をギュッと掴む。
優しい香りに包まれて、少しずつ落ち着きが戻ってくる。
「何が……」
「爆破スイッチを押されたらしい」
リオが視線を向ける。
そこには、先ほどの女性が倒れていた。
爆風で吹き飛ばされて、気絶しているようだ。
拘束した六人も、入り口の脇で木箱の破片は浴びていたが、無事だった。
女性を止めようと、駆け出したはず。
すぐに身を翻して戻ってきたのか。
アイリスはゆっくりと首を振った。
「リオ……私じゃなくて、一般人を守らないと」
私たちは、狩人だ。
同じ狩人よりも優先すべき、助ける対象がいる。
「……そうだな」
リオが立ち上がる。
「褒められた動きじゃない。けど……」
手を取り、立たせてくれる。
まだ膝が震えていた。
「同じことが起きてもまた、アイリを優先すると思う」
目を見開く。
その言葉が、胸の奥に落ちた。
真っすぐ見つめてくるリオの瞳は、静かだった。
そんなの、狩人として失格だ。
怒らなくてはいけないのに、喉が動かない。
「無事でよかった……」
その声に、心臓が跳ねた。
ただの安堵のはずなのに、熱を帯びた響きに聞こえた。
胸がきゅっとなる。
周囲の音が遠くなり、リオのことしか目に入らなくなる。
「これは、かなり危なかった」
リオは焼け焦げた自分の服を見下ろし、眉を寄せた。
この人の優しさに触れるたび、自分がほどけていく。
外のざわめきも、気にならなかった。
「あー……どうしよう。信号弾の代わりに、爆発で知らせることになってしまった。父さんに怒られる……」
額を押さえ、ため息をつくリオ。
ふと、顔を上げてこちらを見ると、首を傾げる。
「アイリ?」
目が合っただけで胸が跳ね、思わず息を止めた。
言葉が浮かばない。
代わりに出たのは──
「あ、え、うん!怒られよう!」
「……なんでそんな前向き?」
リオが苦笑する。
その時、ガラリと瓦礫を踏む音がした。
爆発で吹き飛んだ壁、白煙の向こうに、人影が立っている。
知らない青年だった。
アッシュシルバーの髪はやや長めで、前髪が眉にかかっている。
暗金色の瞳に、青白い肌。
線が細く、実戦的なカーキ色の服に身を包んでいる。
「……ノア?」
リオが、少し目を見開く。
「爆発があった。無事?」
抑揚のない、低い声。
静かな人だった。
なぜかアイリスを見て、安否を尋ねてくる。
「あ、はい」
アイリスはこくりと頷いた。
「……そう」
青年はすぐに、どこかへ行ってしまう。
一体なんだったんだろうか。
「知り合いなのか?」
リオに尋ねられて、アイリスは首を振る。
「リオこそ、知ってるの?」
「Sランクのノアだ」
──Sランク。
思わず肩を縮める。
「ど……どうしてSランクの人が?」
「さあ……」
リオが眉を少し寄せた。
通りかかった雲が陽を遮り、リオの表情にかすかな影を落とす。
その目は、ほんの一瞬だけノアを追ったが、すぐに俯き、口元にはわずかに硬さだけが残った。




