第30話 また会う日まで
新潟行きの新幹線は、午前九時に東京を出た。
桐島美咲は窓際の席に座り、車窓を見ていた。
雪景色が流れていく。
この景色を、剛造も見ていた。
美咲の中に、その記憶がある。
「速くなったな。昔より」
剛造の声が、記憶の中に残っている。
美咲は小さく笑った。
「そうですね、田島さん」
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新潟駅に降り立つと、冷たい風が吹いていた。
日本海から来る風だ。
骨まで染みるような冷たさ。
美咲はその風を、正面から受けた。
この風の匂いを、知っている。
自分の記憶としても、知っている。
剛造の記憶としても、知っている。
「ただいま」美咲はつぶやいた。
誰にともなく言った言葉だった。
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海へ向かった。
バスで三十分。砂浜に降り立った。
冬の日本海は、灰色だった。
波が打ち寄せる。
美咲は砂浜に立ち、海を見た。
田島剛造が子供の頃に見た、同じ海。
貧しくて、腹が減っていて、それでもこの海だけは広かった。
「来ましたよ、田島さん」
美咲は言った。
「約束通り、日本海に来ました」
波が打ち寄せた。
「田島さんの記憶の中にある海と、同じですね。変わっていない」
波が返していった。
「おじいちゃんも、見ていますか」
美咲は空を見上げた。
冬の空は、青かった。
「見えますね。この国は、まだ終わっていない」
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美咲はカバンからパソコンを取り出した。
砂浜に座り、膝の上に置いた。
新しいファイルを開いた。
タイトルを打ち込んだ。
「日本再建、始まる」
書き始めた。
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田島剛造という男がいた。
昭和に生まれ、貧しい農家の子として育ち、独学で政治家になり、日本を作り上げた男だ。
その男が令和に蘇り、腐りきった政界に正面からぶつかり、そして静かに消えた。
なぜ彼が令和に蘇ったのか、私はまだうまく説明できない。
科学的な答えは、別にある。
しかし私が思う本当の答えは、こうだ。
この国がまだ死んでいなかったから。
国民が諦めていなかったから。
骨のある人間が、まだこの国にいたから。
田島さんは言っていた。
「政治は農業と同じだ。丁寧にやれば、必ず実る」
彼が蒔いた種が、今、芽を出し始めている。
外資規制法の審議が始まった。
農業再建の予算が動き始めた。
財務省の改革を訴える声が、大きくなった。
地方の若者が、少しずつ戻り始めた。
まだ小さな変化だ。
しかし確かな変化だ。
育てるのは、私たちの仕事だ。
田島剛造は言っていた。
「俺がやったことは、種を蒔いただけだ」
ならば、私が水をやる。
日本はまだ終わっていない。
田島さんが教えてくれた。
この海が、証明している。
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桐島美咲
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美咲は記事を完成させた。
投稿ボタンを押した。
波が、また打ち寄せた。
美咲は立ち上がり、海に向かって立った。
「田島さん、送りました」
波が返していった。
「おじいちゃん、ちゃんとやってます」
空が広かった。
「二人とも、見ていてください」
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エピローグ
御堂慎一郎は、議員辞職した。
その後、孤児院への支援活動を始めたという。自分がかつてそこにいたから、という理由で。
黒岩は竜神会を解散した。
組員たちに言った。「俺たちの時代は終わった。しかし人間として生きることは終わらん」
黒岩は今、新潟で小さな宿を経営している。
藤堂義雄は、中村誠の選挙を最後まで支援した。投票日の夜、テレビで当選確実の報を見て、静かに涙を流したという。その三ヶ月後、眠るように逝った。
林田誠司は、財務省の改革を訴える市民団体を立ち上げた。メンバーは今、全国に三千人いる。
中村誠は、外資規制法を成立させた。農地保全法も成立させた。三年後の総選挙で、第一党の党首になった。
桐島賢一は、新潟から農業再生の旗を振り続けた。「田島剛造の孫弟子」と呼ばれることを、誇りにしている。
橘哲也は、任期を全うした。退任後のインタビューで、「一番大切にしたことは何ですか」と聞かれ、こう答えた。「国民の涙を買わないことです」
須藤隆三は、プロジェクト・レガシーのすべての記録を、国立公文書館に預けた。「いつかこの国が必要としたとき、読めるように」という言葉を添えて。
そして桐島美咲は――記者を続けた。
田島剛造の意志を言葉にし続けた。
剛造の記憶が自分の中にある限り、書き続けると決めていた。
美咲が書いた記事の一番最後には、いつも同じ一行が入っていた。
「この国はまだ終わっていない」
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新潟の海は、今日も広い。
昭和の子供が見た海と、同じ海が、令和にもある。
波が打ち寄せ、返していく。
その繰り返しの中に、この国の時間が流れている。
田島剛造が蒔いた種が、静かに育っている。
令和の日本に、昭和の種が芽吹いた。
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読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。
この物語が、誰かの「前を向く力」になれたなら、それだけで十分です。
完
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