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セーラー服を脱がせて  作者:
アフターストーリー

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8/17

言い訳だらけの勉強会

 夏休みの課題一覧をローテーブルに広げながら、私は「よし」と一人で気合を入れた。


 分厚い問題集の山。これを片付けなければ、心置きなく夏休みを楽しめない。

 隣では、東堂とうどう駿太しゅんたが「うへぇ」と気の抜けた声を上げている。


「うへぇ、じゃないの。ちゃんとやらないと、後で大変になるのは駿太なんだからね。バスケばっかりやってないで、少しは机に向かいなさい」

「わーってるって。つーか、結衣の部屋、涼しいな。天国だわ」


 駿太はそう言うと、私の抗議なんて聞こえないふりをして、ベッドにごろんと寝転がった。


 私の枕を抱きしめて、気持ちよさそうに目を細めている。Tシャツの裾が少しだけめくれて、部活で鍛えられた腹筋がちらりと見えた。

 その光景に、どきりとして、私は慌てて視線を逸した。心臓が、とくん、と変な音を立てる。



 付き合う前も、こうして私の部屋で勉強をすることはよくあった。


 でも、あの頃とは何もかもが違う。

 ただの幼馴染だった頃の、あの気楽な空気はもうどこにもない。


 今は、駿太の一つ一つの仕草が、私の心臓を高鳴らせて、思考を停止させる。あの日の夜、この腕に抱かれたことを思い出して、体温が上がっていくのがわかった。


「こら、寝ない! 人のベッドでくつろがないで! 早くこっち来て、数学やるよ!」

「へーい」


 渋々といった様子で起き上がった駿太が、私の隣に、以前よりもずっと近い距離で腰を下ろす。

 わざとだ。絶対にわざとだ。

 肩と肩が触れ合うだけで、意識が全部そっちに持っていかれそうになるのを、私は必死で堪えた。


「ほら、この問題。ちゃんと公式覚えてる?」

「んー……なんだっけかなあ。sin、cos……なんだっけ?」


 駿太は私のノートを覗き込むふりをして、その顔を私の首筋に寄せてきた。シャンプーの匂いを確かめるみたいに、くん、と鼻を鳴らす。吐息が耳にかかって、全身がぞくぞくした。


「……っ! な、何すんのよ! くすぐったい!」

「ん? いや、結衣がいい匂いするなーって。いつも思うけど」


 悪びれもせずに笑う駿太に、顔が熱くなる。

 もう、だめだ。これじゃあ、勉強なんてできるわけがない。私の先生としての威厳はどこへやら。


「……真面目にやって!」

「やってるって。なあ、結衣」

「なに」


「ちょっと、休憩しねえ? アイス食べたい」

「まだ始めて5分も経ってない! それにアイスは後!」


 私がそう言うと、駿太は「ちぇ」と子供みたいに唇を尖らせた。

 そして、今度はローテーブルの上に置いてあった私の手を、大きな手でそっと掴んで、指を絡めてくる。


「手が、疲れた。シャーペン持つと疲れるんだよ」

「シャーペン持ってただけでしょうが。言い訳ばっかり」

「結衣の手、ちいせえな。それに、ひんやりしてて気持ちいい」


 そう言って、自分の頬に、私たちの繋いだ手をすり、と寄せる。

 その温かさに、私の抵抗する力は、どんどん弱くなっていく。もう、怒る気力もなくなってしまった。


「……駿太」

「ん?」


「……勉強、どうすんの」

「してる」


 どこが、とは思ったけど、もう何も言えなかった。


 だって、駿太が、見たことのないような、甘くて、とろけるような目で、私を見つめていたから。

 その瞳に映る私が、自分でも知らないくらい、幸せそうな顔をしていたから。



 ゆっくりと、駿太の顔が近づいてくる。


 私は、吸い寄せられるように、そっと目を閉じた。

 唇に触れたのは、数学の公式なんか、全部どうでもよくなってしまうくらい、深くて優しいキスだった。


「……ん」


 唇が離れた後、駿太は私をぎゅっと抱きしめて、耳元で囁いた。


「課題の勉強より、結衣の勉強がしたい。……だめか?」



 ずるい。

 そんな、少しだけ不安そうな声で聞かれたら、断れるわけがないじゃない。


 その言葉に、私の理性は完全に吹き飛んだ。

 私は、駿太の首に腕を回して、もっと、とねだるように、もう一度唇を重ねた。



 ローテーブルの上に広げられたままの、手付かずの課題たち。

 ごめんね。今日の勉強会は、もうおしまい。


 だって、大好きな人が、こんなにも私を求めてくれているんだから。

 勉強なんて、また明日から頑張ればいいよね。




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