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セーラー服を脱がせて  作者:
アフターストーリー

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7/17

君と見上げる夏夜空

 鏡の前で、私は最後の仕上げに、髪に挿したかんざしの位置を直した。


 白地に淡い水色の朝顔が描かれた浴衣。


 以前は、叶わぬ恋の象徴みたいに思えていたこの服も、今は違う。駿太が「好きだ」と言ってくれた私を、もっと可愛く見せるための、とっておきのドレスだ。



 ――ピンポーン、

 と玄関のチャイムが鳴る。


 来た。心臓が、とくん、と甘い音を立てた。


「はーい」


 玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、紺色の甚平を着た東堂とうどう駿太しゅんただった。

 いつも見ている制服やTシャツ姿とは違う、少しだけ大人びたその姿に、思わず息を呑む。


「……よお」


 駿太は、私の顔を見て、それから浴衣姿の全身に視線をゆっくりと滑らせた。その熱のこもった眼差しに、あの日の、彼の腕の中にいた時の記憶が蘇って、顔が熱くなる。


「……ど、どうかな。変じゃない?」

「……いや」


 駿太は、照れくさそうに頭を掻きながら、私の耳元にそっと顔を寄せて囁いた。


「……すげえ、可愛い。……早く、二人きりになりたい」


 その、あまりにもまっすぐな言葉に、私の顔から火が出そうになる。心臓が、幸せな音を立てて、鳴り響いていた。


 夏祭りの会場は、ものすごい熱気に包まれていた。色とりどりの浴衣を着た人たちが行き交い、屋台からは美味しそうな匂いが漂ってくる。


「うわ、すげえ人だな」

「うん……」


 人の波に押されそうになった瞬間、駿太が当たり前のように、私の手を掴んで指を絡めてきた。

 骨ばった、大きな手。私のすべてを知っているその手が、今は「俺のだ」と主張するように、優しく、でも力強く握られている。


「……うん」


 私は、繋がれた手をぎゅっと握り返した。もう、強がって何でもないふりをする必要なんてない。駿太の隣を歩けることが、こんなにも嬉しいなんて。


 私たちは、チョコバナナを買って、二人で分け合って食べた。

 駿太が「あーん」なんてしてくるから、恥ずかしくて周りをきょろきょろしてしまったけど、そのチョコバナナは、今まで食べたどんなスイーツよりも甘かった。


 射的の屋台では、駿太が格好いいところを見せてくれた。真剣な眼差しで的を狙う横顔は、部活をしている時みたいにきらきらしていて、見惚れてしまう。

 駿太が撃ち落としてくれた、小さな猫のぬいぐるみは、私の新しい宝物になった。


「結衣も、なんかやれよ」

「えー、私はいいよ。見るだけで」

「いいから、ほら」


 駿太に背中を押されて、金魚すくいに挑戦することになった。

 すぐに破れてしまうポイに悪戦苦闘する私を見て、駿太はお腹を抱えて笑っている。


「へたくそかよ!」

「う、うるさいな!」


 結局、一匹もすくえなかったけど、そんなやり取りの一つ一つが、楽しくて、愛おしくて。

 隣で笑ってくれる駿太がいる。ただそれだけで、世界はこんなにも輝いて見えるんだ。


 花火が始まる少し前、私たちは人混みを離れて、神社の裏手にある、少し小高い丘の上に来ていた。ここなら、ゆっくり花火が見える、と駿太が見つけてくれた穴場スポットだった。


「……すごいね。街が全部見える」

「だろ?」


 二人で並んで腰を下ろすと、心地よい夜風が、火照った頬を撫でていく。

 遠くから聞こえる祭りの喧騒が、BGMみたいに私たちのことを包み込んでいた。


「……なあ、結衣」

「ん?」

「あの時、ちゃんと、あの教室で、お前のこと引き留めてよかった」


 不意に、駿太が真剣な声で言った。


「もし、あのままだったら、こうやって二人で夏祭りに来ることも、……その、お前の部屋に行くことも、なかったんだもんな」

「……うん」



 私も、同じことを考えていた。


 あの日の、私の精一杯の勇気。それに応えてくれた、駿太の優しさ。その二つが重なったから、今、こうして隣にいられる。


――ヒュ〜〜、


 と、空気を切り裂くような音がして、私たちの視線が夜空に向けられる。


――ドンッ!


 大きな音と共に、夜空に大輪の花が咲いた。

 赤、青、黄色。色とりどりの光が、私たちの顔を照らし出す。


「……きれい」


 夢中で空を見上げる私の肩を、駿太がそっと抱き寄せた。

 驚いて隣を見ると、花火の光に照らされた、真剣な駿太の顔がすぐそこにあった。


 そして、次の花火が打ち上がる音に紛れて、私の唇に、柔らかくて温かいものが触れた。

 それは、ただのキスじゃない。お互いの熱を確かめ合うような、深くて、長いキスだった。


「……結衣」

「……うん」

「好きだ。全部」

「……私も、好き。駿太の、全部」


 私たちは、どちらからともなく笑い合った。

 夜空に咲き続ける花火を見上げながら、私はそっと、駿太の肩に頭を寄せた。



 私のセーラー服がくれた、最高の夏。この幸せな時間が、ずっと、ずっと、続きますように。



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