浄化と削除
――…あれはそう、シアが去った次の日の事。
「なんか…実感わかないな…」
五人の中で唯一人。美夜だけが過去を思い出していた筈だった。
けれどその美夜から語られるその声は、その事を微塵も感じさせる事はなかった。
そう、実は。解放の咒により思い出した筈の僅かな記憶は、今現在、必要最低限の事以外、きれいさっぱり忘れ去ってしまっていたのだ。
この事に関し、リィフィンに説明を求めた所、必要最低限の事以外、自ら封じてしまっているとの事だった。
その理由とは、つまりこういう事だった。
…幾度となく転生を繰り返し、自分達は幾つもの記憶を浄化せずに秘めている。
その記憶はあまりに膨大。
故に、起こる自衛本能。
そう、例えば――…
美夜には美夜の、『過ごした人生の記憶』が有ように、彼女の過去には彼女の過去の人格が、──…その時代を確かに生きていた、その彼女の記憶が、確かに存在してるのだ。
核となる魂は同じでも過ごした人生は違うもの。
…人は前世の記憶を一つでも思い出してると、その記憶に左右されやすい。
その為、輪廻をする者は記憶を浄化し転生させる。それが基本だ。
だが浄化は削除とは違うため、何らかの出来事がきっかけで記憶を思い出してしまう事もあるのだ。
ならば、削除すればいい。この仕組みを知った者の中にはそう考える者もいる。
だが、削除は有を無へと帰す行為。
過去の記憶と心の悪意を浄化するそれとは違い、悪意も善意も無にしてしまう。
成長無き破壊行為だ。
故に余程の事がない限り、削除を行なう事はない。
──…これが普通だ。
だが、例外も存在する。
それが美夜達。
──…能力者の存在だ。
その世界に存在するモノの力を借り受ける「魔法」と違い、彼女等の操る能力は特殊なモノなのだ。
個で存在し、己の主人を自ら選ぶ。
そして──…
己の居場所を守る為、「浄化」という行為を阻むのだ。
故に美夜達の記憶は浄化も削除も出来ぬ為、自衛的な本能が、己の記憶を封じてしまう。
それは少しずつ思い出すのならともかく、一度に目覚めた記憶は精神を壊しかけないからだ。
その為に。
…リィフィンや記憶を思い出した者は必要最低限の事以外、話す事を禁じられている。
…所詮人から聞いた話は他人事。
個の感情まで伝えきる事は不可能に近い。
故に空界人の橋渡し的立場を預かり受けているリィフィンは語ることができないという事だった。
――…自分達の為。
そんな事を言われては深い追求など出来るわけがない…
「で?リィフィン。話をつけたってのはどーいうことだ?」
腕を組み、ドア横の壁に背をもたせつつ、促すように揩は言う。
先日、記憶は解放できない。
そういわれたばかりであった。
矛盾しすぎて納得いかない。
…いくわけがない。
『──…言葉の通りです。
──本来なら、記憶が目覚めるその時までは空界人は手出しをせずに、僕が中立の立場上、目覚めのときまで貴方達の守護と監視をする筈でした。
…シアが、でてこなければ。
…何の記憶もないまま、過去へ行かせても危険極まりないと思った僕の判断で、そのことを理由に許可を頂いてきたんです。
そして今からする事は、以前言ったような記憶の解放とは別物です。
勿論聖法石が無い以上、咒の使用は勧められません。…あっても危険なんですから…
だから身を守る最低限のモノ以外は僕は目覚めさせません。
…おのずと思い出してほしいんです…』
語られる言葉は求めた答えではなかったため、まだ揩が何かを言いたそうな顔をしてるが、深い追求をしてこないところをみると、これ以上の答えはないと、わかっているのだろう。
リィフィンは胸中で安堵した。
押し黙った揩に、ただし、能力を思い出していない、女性陣限定で…ですけど。
とリィフィンはわずかにつけたし、瀬識と梨留へと視線を流した。
解放の咒により既に思い出している美夜は今回対象外のようである。
『――…手を貸して頂けますか?』
ニコリと静かにそういうと、リィフィンは自分の手を二人へと差し出した。
「……?」
おそるおそる手を伸ばした二人の手のひらを、覆うように握りしめるとリィフィンは言葉を呟き始めた。
『眠りし記憶 眠りし魂… 還させよ…
その身に宿りし不死の魂… 依代より目覚めさせん…
虹なる記憶の最果てにある魂の中の理よ
汝等の主の御名により その魂を還させよ…
──…ラウズ!』
繋いだ手とリィフィンの声。
静かに響くその空間に、ぽぅっと光が煌いた。
光はザァっと周囲を覆い、刹那、四散した。
「…なに…、今の…」
呆然と。
思わず漏らした呟きが、静かに風に流されていた…。
* * * * * *
浄化と削除:web初出は多分…2004年7月24日