第1話:クリスマス・イヴの刃と、十度の死の記憶
元カノに刺されて始まった理不尽な死から、神様たちの身勝手な都合で世界をまたにかけた「うっかり救済」を繰り返す主人公・ルイス。
戦う気も英雄になる気もない彼が、十一回目の世界でもなお、仲間たちに引きずられながらグダグダと歩んでいく――そんな「やれやれ系」の旅の幕開けを楽しんでいただければ幸いです。
街中が甘いイルミネーションと、浮かれた恋人たちの熱気で包まれていた。
十六歳の磯崎駆は、その喧騒から少し外れた夜道を、隣を歩く彼女と並んで進んでいた。白い息が街灯の光に透けて消える。寒さのせいだけではない、どこか張り詰めた空気が二人の間を支配していた。
不意に、背後から冷たい気配が迫った。
気配に気づいて振り返ろうとした瞬間、背中に鋭い痛みが走る。
――熱い。そして、酷く冷たい。
「……え?」
声にならない声を漏らした駆の視界が、ぐらりと傾いた。
彼女の手には、鈍く銀色に光るナイフがあった。返り血が、彼女の白いコートの裾を赤く汚している。その瞳に宿っていたのは、愛おしさでも憎悪でもなく、ただ冷徹なまでの確信だった。
「浮気、してたよね」
彼女は囁いた。低い、底冷えのする声だった。
身に覚えのない言いがかりだった。だが、弁解する暇もなかった。肺から空気が抜け、視界の端が急速に暗くなっていく。
崩れ落ちる駆の体を、彼女は冷たい目で一瞥しただけだった。
――こうして、磯崎駆の最初の人生は、あまりにもあっけない幕切れを迎えた。
意識が戻ったとき、駆は豪華絢爛すぎる白い大理石の間に立っていた。
目の前には、圧倒的な威圧感を放つ五人もの神々が鎮座している。光り輝く衣を纏い、それぞれが眉間にしわを寄せ、あるいは頭を抱えていた。
「――というわけで、彼の死因は恋人の嫉妬による刺殺、と」
「間違いなく現世での未練タラタラの死にざまですね」
「本人に反省の色は見受けられません」
神々が勝手に会議を始めている。どうやらここは死後の裁きの場らしい。
駆は自分の胸元に手をやったが、当然ながら血はついていない。半透明の幽霊のような姿になっていた。
「おい、そこの小僧。お前の魂の処遇について会議した結果だ」
中央の偉そうな神が、やれやれといった顔で駆を見下ろした。
「現世へ記憶を持ったまま蘇るか、全く別のファンタジー世界へ転生するか。二日間に及ぶ厳正な議論の結果……お前は『転生』させることに決定した」
「……あ、はい」
会議が二日にも及んだらしい。待たされている間、退屈だった駆は、神界の至宝である壺を幽霊の力でこっそり浮かせたり、別の神の背後に忍び足で近づいて「わっ」と驚かせたりして盛大に暇を潰していた。神々はそれにかなりイラついていたようで、視線がどことなく険しい。
「だが、ただ転生させるのも面白くない。特別に、お前が選んだ『好きな特別な力』を一つだけ授けてやろう。何が欲しい?」
「特別な力、ねぇ……」
面倒くさいことこの上ない。前世で恋人に刺されて死んだトラウマもある。そもそも、生き返ったところでまた面倒な人間関係に巻き込まれるのは御免だった。
「じゃあ、めんどくさいことから完全に逃げ出せる『超・絶対防御&自動回避』とか、そういうのりで」
「ほう、戦闘特化の無敵スキルか。よろしい。では、その力を魂に刻み込もう」
神が指をパチンと鳴らすと、駆の体光の粒子が包み込んだ。
しかし、その力は駆を幸せにはしなかった。
転生先の世界には、その世界だけの絶対のルール――例えば「特定の聖域に絶対に従わなければならない」「神殿の定めた戒律を遵守し、魔王軍とは厳格な手順で交戦しなければならない」といった、どうでもいいお堅い決まりが無数に存在していた。
駆は、それらをすべて破った。
無自覚に、あるいは単に「めんどくさいから」という理由で。
戒律を無視して聖域で昼寝をし、魔王軍との交渉の場に遅刻し、挙句の果てには「めんどくさいから全員まとめて眠らせてしまえ」と適当に放った自動反撃の魔法が、その世界を揺るがす大災害レベルの威力を発揮してしまったのだ。
「なっ、貴様というやつは! 世界の理をなんと心得る!」
世界の神は激怒した。ルールを完全に無視された神は、彼を再び寿命が来る前に死なせ、新たな特別な力とともに別の世界へと放り投げた。
そして、新しい世界でも、彼は結局同じことを繰り返した。
魔王と出会い、面倒くさそうにグダグダと旅をしながら、なぜかそれを倒してしまう。
英雄になる気なんて毛頭ない。ただ眠り、美味いものを食べ、理不尽な文句を言い、時折泣きついてきた人間に押し切られるだけ。それなのに、なぜか敵のボスである魔王は勝手に自滅するか、駆の適当な一撃で消滅してしまう。
世界は救われる。しかし、神は激怒する。「そうじゃない、もっとこう、ドラマチックにだな……!」と文句を言う神を尻目に、駆はまた別の世界へ転生させられる。
そうして十度。十の異なる世界。十人の魔王。
十回の盛大な失敗と、十回の、どうしようもない救済の連鎖。
死ぬたびに記憶が蓄積され、無駄に強力なスキルと、途方もない疲労感だけが溜まっていった。
今、彼はルイス・クラウドとして、十一度目の世界に立っている。
「ふあぁ……っ」
大きな欠伸を噛み殺しながら、ルイスは石造りの宿屋のベッドから上半身を起こした。
頭の奥が重い。十回分の人生の記憶が、走馬灯のように脳裏の隅でこびりついて離れない。元カノに刺されたあのクリスマス・イヴの冷たさも、十人の魔王をうっかり消し飛ばしたときの気まずさも、すべてがくっきりと残っている。
疲労も、絶望も、達観も、すべてをコンプリートしたような気怠さ。
足りないのは、ただ一つ。「やる気」だった。
「……もう、どうにでもしてくれ」
ベッドの脇に置かれた、世界を揺るがす神話級の魔剣――前々回くらいのワールドで拾ってしまい、なぜか荷物から消えてくれない厄介な代物――を、ルイスはチラリと一瞥した。
ガチャリ、と音がして、古い木製のドアが乱暴に開けられた。
「ルイス! 朝だよ! 何寝てるの、今日こそ東の森に出たっていう魔王軍の残党を叩きに行くって約束したでしょ!」
飛び込んできたのは、見習い騎士の少女だった。
燃えるような赤髪をポニーテールにし、銀色の鎧をガチャガチャと鳴らしながら、彼女はルイスのベッドの布を引っぺがす。
「寒っ……おい、勝手に人の布団を剥ぐなよ。人権の侵害だぞ」
「寝言言ってる場合! 街の人が困ってるの! 十一回目の人生だか何だか知らないけど、あんた、この世界じゃ一応『選ばれた旅人』なんだからね!」
「……誰がそんなもの選んだんだか。神様の悪趣味に付き合わされるこっちの身にもなってほしいね」
盛大にため息をつきながら、ルイスはベッドから這い出した。
窓の外を見れば、平和な青空が広がっている。どうせまた、街の外に出れば面倒な事件が待ち受けていて、気がつけば敵のボスが目の前にいて、気づけば勝手に倒してしまうのだろう。
ルイスは床に転がっていた剣を、嫌々ながら腰のベルトに引っ掛けた。
「ほら、行くよ!」
「はいはい……分かったよ。おっかない騎士様だこと」
ルイス・クラウドは、十一度目の世界に足を踏み出す。
記憶は残り、疲労も残り、やる気だけが欠けている。それでも彼の周りにはなぜか仲間が集まり、困った顔の誰かが魔王の名を口にする。
ルイスはもう一度ため息をつく。剣を握る。そして、またグダグダと歩き出すのだ。
魔王を倒すために。おそらく、世界の神に怒られるために。
第1話「クリスマス・イヴの刃と、十度の死の記憶」をお読みいただきありがとうございました!
最初の人生での理不尽すぎるフラグ回収(?)から始まり、転生するたびに面倒なルールをうっかりブチ壊して神様にキレられてきたルイスくん。十一回目の世界でも、やっぱりすんなりとは寝かせてくれないようです。
やる気はないのにチートな記憶と実力だけはしっかり蓄積されている彼の、シュールでちょっと気だるい道中を、今後も気の向くままに描いていけたらと思っています。
「あいつ、次はどんな風に魔王を倒しちゃうんだ……?」と、のんびり見守っていただけると嬉しいです。
それでは、また次話でお会いしましょう!




