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沼蛙の令嬢と竜の騎士 ~転生した令嬢は推しにジャブジャブ課金したい~  作者: 久遠マリ
第三章 ここは乙女ゲームかテンプレ令嬢小説の世界だったのでは(名推理)
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7 悪役令嬢、見参!

「姫様、やりましたよ!」

 果たして、大講堂に入った私が目にしたのは、中央の教壇が目の前に見える一番前の長机の中央にある席で手を振っているシェザイルだった。学生の数はまだ少ないが、最前列の三人掛けの長机六つは、彼の押さえている所を除いて、全て埋まっていた。どうやら、とてもいい時間帯に私たちは来たようだ。

「見事ですわ、シェザイル。今週のあなたの昼食はわたくしの奢りです!」

 私は長机の端に腰を下ろしながら言った。シェザイルの目が歓喜に輝く。

「最高ですね……それも嬉しいですけれど、ヴィーネ教授の講義を間近で受けられるのって、わくわくしますよね! 姫様が仰っていた、推し、って、こういうことかもしれない! って、最近思うようになりました! 推し教授!」

 振り仰げば、素晴らしい笑顔。ちょっと垂れた目が嬉しそうに細められていて、人懐っこさが三倍増しになる。可愛い青年なのだ。いいよ、その気持ち、プライスレス。

「姫様のおかげです!」

 ようこそ、こちらの沼へ。

 ジャンルは違えど仲間が出来た喜びを貴族笑顔鉄面皮で噛み締めていた時だ。

「御覧なさい、あれが、色々な男に手を出す節操なしですわ」

 何だか不穏な台詞の直後に、鼻を鳴らす音が聞こえた。次いで、複数人がくすくす笑う声。女の子だ。どこの世界にもしょうもないことで他人をあげつらって笑う者はいるが、まさか貴族学院にもいるとは。

「はしたないこと」

「優秀らしいですけれど、どうせ、たかが知れていますわよね」

「教授陣から目をつけられているらしいですわよ、きっと何かしでかすのかもしれませんわ」

 ……マリエット嬢は動機が純粋なうえに己単体で挑んでくる勇気があったが、徒党を組んであることないこと笑うだけ、とは、実に見下げ果てた根性である。聞こえてくるだけでも不快だが、決して、構う程の大物などではないだろう。

 などと思いながら軽く溜め息をついて本と紙束を出し、ふと左横を見ると、誰もいない。

「あら、シェザイル?」

 どこへ行ったのかと辺りを見回せば、燃え上がるような赤毛が、別の長机のところにいる。

 ちょうど、教壇を挟んで反対側の、前から三列目に座っている三人の前に。

「どうなさいましたの、あなた。阿婆擦れを庇うのならお門違いでしてよ」

「騎士様もお可哀想に」

「それを言うなら、あなたも可哀想ですわね」

 ……うわあ。私のことだったのか。しかし全体的に呆れ果てるくらいの誤解である。きちんと調べることもせず、ただ想像で相手を貶めるだけ。本人達の評判も宜しくなくなるし、誰も得をしない。ああいうのは自分の言動に首を絞められて勝手に凋落していくから、構うだけ無駄なのに。ただ、教授陣から目をつけられている、というのは気になった。私は何をしたのだろうか。

 私に背を向けているからか、彼の表情は全く見えない。シェザイルは何をするつもりなのだろう。

「皆様、きっと、醜い蛙を連れた悪の令嬢に騙されているのですわ。その証拠に、御本人ではなく、こうやって取り巻きの御方がいらっしゃるのですもの」

「いかがわしい魔法で領地の民を虜にしていらっしゃるのではなくて?」

「毒の蛙を使って、騎士様やこの方を逆らえないようにしているのですわ、きっと」

 いや、訂正させて欲しい。大沼蛙は無毒である。ギロゴの許嫁は有毒だけど。

 などと思いながら、拙い事態になりそうだと思って立ち上がりかけた時だ。

「黙って聞いていれば、妄想の域を超えぬ戯言ばかり。哀れなのはあなた方では?」

 シェザイルの声は低く、とてもよく響いた。四方にある大講堂の入り口から中に入ってきた学生達が、びくりと震えてその場に立ち竦むくらいには。

 両の拳に力が入り過ぎて、震えているのが見えた。髪の色と同じくらいに怒り狂っている。お洒落なシヴォーネ風の服装も、サルディーア王国では珍しいから、目立つ。つまり彼に注目が集まるのは当然のことで。

「我が偉大なるライマーニの田んぼの姫様の方を向いて侮辱するとは、時流を読んで社交を行うべき令嬢の風上にも置けぬ愚昧な者のようですね。あなた方に必要なのは、勉強ではなく、人として当然あるべき礼節では? 存じておりますよ、あなた方、王都の官僚の娘さんではないですか?」

 目立つ格好で田んぼの姫様はやめろ。締まりがない。ほら見ろ誰かがそこでちょっと吹き出したのが聞こえたじゃないか。

 というか、シェザイルはいつの間に、彼女達が王都の官僚の娘だということを知っていたのだろう。食堂で方々から声を掛けられるくらいに、沢山の学生と知り合いになっているせいだろうか。

 入口の方を見れば、使用人のリュスランが焦った表情で扉から身を乗り出している。止めたくても止められない、みたいな顔だ。いや有事の際は大講堂に入ってもいいと思うけれど!

「ええ、お父様は財務官ですわ。あなた、このわたくしに逆らって、ただで済むとお思いですの?」

「わたくしのお父様は法務官ですわ。あなた、その言動で、捕らえられるかもしれませんわよ」

「わたくしは両親ともに徴税を担っておりますわ。ライマーニの税収、上げて差し上げようかしら?」

 おほほほほ。そうやって笑う姿は、私よりも悪の令嬢である。ちょっと面白かった。

 しかし、シェザイルは全く負けていなかった。

「そんなことが、たかが官僚の小娘の一存で決まるとでも? 家庭教師に碌な教育もさせてこなかったようですね、あなた方の親御さんは」

「まあ、まあ、まあ!」

「言わせておけば偉そうに! 両親を愚弄するなど!」

「落ち着きなさいな、お二人とも。品のないことばかり仰るのです、所詮阿婆擦れの取り巻きですわよ」

 品がないのは彼女達の方である。しかし、このままでは私達が不利益を被りかねない。一番前の席も諦めよう。そう思って、私が立ち上がった時だ。

「滅びた文明にかつて存在していた魔石動力技術を蘇らせるという結果は、どのようにして現代のサルディーア王国にもたらされたか」

 大講堂に響いたその声は、すぐ隣から聞こえた。姦しかった女子学生も、反論しようと口を開きかけたシェザイルも、此方を見る。

 いつの間に、私の隣に人が座っていたのだろう。その人は、褐色の髪を無造作に纏め、ぴったりとしたパンツスタイルの、飾り気のない女性だ。

 まごうことなき歴史学の教授。

「ヴィーネ教授」

「答えなさい、イリスフロラ嬢」

「わたくしですか」

「あなたが一番ご存知だろう」

 勇ましい言葉遣いのヴィーネ教授は、にやっと笑って、立ち上がった私を見た。

「長くなりますが、宜しいでしょうか?」

「それが今日の講義だ、心配いらない。諸君もそのままでいい。始めなさい」

「そうですか、では」

 私は咳払いをした。

「……あれは、わたくしが五つ、お兄様が八つの頃でございました。両親……ライマーニ伯爵夫妻に連れられて、王都へ向かう途中のことだったと記憶しております。ちょうど、高熱で生死の境を彷徨った後、快癒の認定を受ける為でした」

 そう、領主お抱えの医師が下した診断は原因不明だった。もう熱は取れて体調には問題がなかったのだが、念の為ということで、王都にいるという著名な医師の元を訪れようとしていた時だ。

「竜車の窓から見えたのは、湿地に生えている草に何やら手を入れている民の姿でした。あれは何をしているのか、と、父に訊いた記憶がございます。父は教えてくれました……彼らは草の上の方を刈り取っていて、それには食べ物となる実がついているのだ、と。わたくしはそれを見てみたいと申し上げたのです。今思えば、あの場で竜車の外に出るなど、危険極まりないことでした……ですが、父は何事も経験だと言って、私を外へ連れ出してくれました」


悪役って書くの楽しいですね!!

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