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沙夜


 夕方の散歩を終えて、山寺へ続く階段を登っていくと、きつめた香の匂いに混ざるように、細く勤行の声が聞こえてくる。


 邪魔にならないように、息をひそめたまま佇んでいるところへ、後ろから驚いたような声がした。



「まぁ、こんな時間に出歩かれて、大丈夫なのですか」


 声の主が、ここで水仕女(みずしめ)をしている沙夜(さよ)のものだと分かると、涼人は打ち解けるように微笑んだ。



「大分楽になったよ。ありがとう。沙夜のくれた薬草が効いたみたいだ」


 それを聞いて、沙夜は頰を赤らめたようだった。


「私は、お登紀(とき)さんに言われただけですから。あれを煎じれば体に良いだろうって」



——お登紀さんが。



 涼人は心のなかで、沙夜の言った名前を繰り返した。登紀は、この山寺に古くから住んでいるという尼僧だった。

 父とどんな繋がりがあるかは知らないが、涼人の祖母といってもおかしくない年齢であることは確かだ。

そして彼女は、涼人の秘密を——父をのぞいて唯一知っていた。


「そうか。じゃあまた私から改めて礼を言っておく」



 涼人はそう短く言い置くと、読経の続く伽藍がらんのなかへ渡った。



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