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Libra

 今夜は12月24日。

 世間ではクリマスイブ。

 恋人たちが愛を語らう聖なる夜とか言うらしい。


 でも、独り身のアタシには別世界の事。

 例年のように仕事場に居る。


 後輩たちは早々と定時で帰宅するわ、上司の部長もいつの間にか消えていた。

 みんなアタシに仕事を押し付けてみんなトンズラしやがった。

 恋人や家族や有るからと言って。

 ――まったく、どいつもコイツも……。


 そんな訳でに職場のオフィスに居るのはアタシ一人。

 机の上に目をやれば資料の山、ドレも使うかどうかも疑わしい物ばかりだ。

 

 「ふぅ……」

 

 あまりの惨状に思わずため息一つ吐く。

 吐いた所でどうにも成らないのはアラフォーのアタシでも判る。

 でも、吐かずには居られないこの心境……――何が悲しくてこんな日に残業しなきゃならないんだと……。

 

 あたしは思わわず窓に目を移した。

 窓から薄暗くなる街の風景が見える。

 今にも泣きだそうな空模様の下、カップル達が幸せを見せつけるように歩いて居た。


 あたしには目の毒と判って居る。

 でも、思わず見とれてしまうのが悲しい人の習性サガ

 いつの間にか時間を忘れて街行くカップルを眺めていた。

 

 「乃愛のあちゃん、まだ仕事かい?」


 嗄れ声が背後でした。


 「掃除のおばさん!? 何時から其処に?」

 「少し前からさ、アンタが何時ものようにボンヤリしているからね」


 驚き半分で返事を返すと、背後に居たのは掃除のおばさんだった。

 ぼんやりしすぎて、何時の間にか掃除時間になって居たようだ。

 

 「ええ、急ぎの仕事が入ったので残業なんです」


 あたしは思わず嘘をつく。

 骨まで透けそうな浮薄な嘘だ、毎年毎年仕事なんて入りやしない。

 もちろん向こうも承知の上だろう、このやりとりは二人にとっては毎年の定例行事だから。 

 そして、おばさんは去年と同じセリフを口に出す。


 「それは大変だねぇ……。とりあえず、此れでも飲んでくれると助かるんだけど? 今年もアタシが買うともう一本前の自販機で当たっちゃってねぇ」


 おばさんはそれだけ言うと静かに缶コーヒーをポケットから取り出す。

 ――無糖のコーヒーだ。

 新人の頃は苦かったが、最近は美味しく感じられだした。

 

 「ありがとうございます」


 あたしは一礼。

 そして、飲み物を受け取った。


 「熱っ!」


 手のひらに火傷しそうな熱さが缶から伝わってくる。

 凍てつくボロオフィスの中で熱さが心地よい。

 ――同時に彼女の心づかいも。


 毎年自販機のくじが当たる訳は無い。

 わざわざおばさんがあたしの為に今年も買ってくれた物だろう。

 彼女の優しさにあたしは思わず涙目になる。


 「熱すぎたかい?」

 「ううん、丁度良いです。 早速頂きますね」


 あたしは缶の蓋を開けコーヒーを流し込む。

 口の中に苦みと香りがふんわり広がる。

 ――美味しい……心まで温まる気がした。


 あたしの表情を見たおばさんも少し顔がほころぶ。

 そして、同じように蓋を開け飲み物を一気に飲み干した。


 「アタシはソロソロ帰るけど、乃愛ちゃんも早めに仕事を切り上げてお帰りよ」

 「コーヒーありがとうございました。でも今日はもう一仕事しないといけないので……」


 あたしは言葉を濁した。

 

「うんうん……。頑張るのは良いけど体を壊さないようにね」

「お気遣いありがとうございます」


 おばさんもそれ以上突っ込んで聞こうとはしない。

 毎年恒例の徹夜コースと判って居るのだろう。

 首を縦に振りながら清掃道具をもって部屋から足早に去ってゆく。


 彼女が部屋から出て行くと、またあたし一人になる。

 静かな室内に微かに聞こえるクリスマスBGM、静けさが染入る感じがする。

 

 ……でも、あたしの本当のお仕事は此れから。

 あたしは机に伏して寝息を立てはじめる。


 ――暫くすると、あたしの体からもう一人の自分が抜け出した。

 ロングの銀髪に長いローブ、そして手には剣と天秤が持たれている。

 いにしえの時代より語り継がれる断罪の女神――アストレイア。

 それがあたしの本当の姿、人類に審判を下す役目を背負って居る。

 

 聖夜は報告の最終期限、

 あたしは手早く書類を集めると天空に向かい飛び立ってゆく。

 


 「アストレイアただいま戻りました」

 「ご苦労」


 天空に戻ったアタシは玉座に座る老人に向かい膝をかしげる。

 玉座に座る白髪で髭を蓄えた仰々しいジジイ。

 こいつがあたしの主神。


 毎年、聖夜に人間たちの今年一年間の報告を行うのがあたしの役目だ。

 これにより、人間の断罪か免罪か決まる。

 

 「例の書類は此処にあります」


 あたしは羊皮紙をジジイに差し出した。

 中身は今年一年の人間たちの行動が手短にかかれている。

 ――紛争、テロ、理性より感情が優先される社会に傾いて行っている事などなど。

 そして持つ物は更に豊かに、持たざる者は更に貧しくなると言う現実。

 どうみても、聖書のように大洪水による断罪は避けられないような内容だ。


 「う~む……」


 主神の表情が曇る。

 余程内容が劣悪だったのだろう、顔が引き攣り声が震えるのが判る。


 「アストレイア」

 「何?」

 「『断罪の判断にはもう一年の猶予を要す』本当にこれでよいのだな?」


 主神の問いかけにあたしは静かに瞼を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、クソみたいな世界。


 上司に頭を下げながら安月給でこき使われて、安酒で気晴らしする生活。

 聖夜も仕事三昧。

 こんな生活じゃマトモな暮らしも出来やしない。

 こんな世界なら滅びても良い。

 むしろ、一度滅びたほうが良いのかも知れない。

 

 ――でも、こんなクソみたいな世界の中でも、掃除のおばさんのように優しい人間もいる。

 彼女達も現状に必死で藻掻きながらも、より良い明日を夢見てあがいているのだから。

 そんな人間達を巻き込んで審判にかける訳には行かない。

 

 「はい。……また1年の猶予をお願いします」

 「この台詞、これで17回目だな」


 主神はニヤリとする。

 全てを悟りきったような表情だった。

 あたしがこの答えを出すのをわかっていたようだ。

 それだけ言うと、審判の書類に判を押した。


 「ご迷惑をお掛けします、でも此れが私の最終判断ですので」

 

 あたしは主神に向かい一礼。

 

 「アストレイア、だがアンゴルモアは何時まで止めて置けばよいのだ?」

 「……人類は愚かな生き物です。 ですが……」

 「ですが?」


 主神は髭を撫でる。

 

 「アホウではありません。 今までの失敗から学び、今度はより良い選択をするとあたしは信じて居ますから……」

 「つまり審判の日まで止めて置けと?」

 「お願いします」

 「う、む…………」


 ジジイは更に何か言いたそうだが、あたしは踵を返した。


 「……そろそろ現場ほんたいに戻りますね。そろそろ門限なんで」



 あたしは大急ぎで地上に向かう。

 机にうつ伏せになって、寝息を立てる本体がある。

 でも、いつの間にか見慣れない上着が背中にかけあった。


 「乃愛ちゃん そろそろ起きないと風邪ひくよ」


 上着の正体はスグに判明する。

 掃除のおばさんがアタシの本体に上着をかけたのだろう。

 その飾らない優しさに癒される。


 「いつの間にか上着ありがとうございます…」


 本体に戻ったあたしは目を擦りながらお礼を言った。


 「起きたのかい?」

 「不思議な夢を見て居ました。 一杯のコーヒーが世界を救った夢を」

 「ぎゃはは、のあちゃんそりゃ傑作だね~」


 おばさんは、ばか笑いをする。

 オフィスどころかビル全体に聞こえるような声量で。

 まるで音響兵器だ。


 「じゃあ、あたしは世界を救った英雄ってことになるねぇ~。 英雄は凱旋しながら家に戻るとするよ」


 巨体を揺らし、彼女は部屋から出てゆく。

 でも彼女は知らない。

 自分が毎年世界を救っている英雄と言うことを。 

 

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