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29歳の大晦日  作者: 白石 玲
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1月1日(元旦)の物語

   29歳の大晦日   ―――1月1日(元旦)―――


『彰の笑顔、大好きだから』



 もう一度その言葉を聞かせて。



「初雪・・・」

 数秒前に年が明けた。

 本当は、日付が変わる前に家に帰すべきだったのかもしれない。でも、俺は名残惜しくて、未練がましくて、結局日付が変わる瞬間の結衣ちゃんを独り占めしたくて、未だ結衣ちゃんとふたり、やっぱり今日も、並んで空を眺めている。

「寒い?」

「ううん、大丈夫」

 キャメルカラーのロングコートの上からショールを羽織った彼女とふたり、小高い丘・・・というか、山なんだろうか?暗闇に浮かぶ真っ白い富士山と夜景と星空が見えるという地元の人に教えてもらった場所で道端に車を停めて空を眺めている。

「あけましておめでとうございます」

 結衣ちゃんがふと俺に向き直って丁寧に頭を下げてくれる。

「あけましておめでとうございます」

 俺も丁寧に返した。

「なんか、こうして彰といるのが不思議・・・」

 そうだよね。

 クリスマスも大晦日も元旦も、こうして俺といてくれるってことは、付き合ってる男はいないの?俺は肝心なその質問が、まだできないでいた。

「っていうかさ、彰」

「うん?なに?」

「私とこんなことしてて平気なの?」

「え?」

 結衣ちゃんのほうを見ると、彼女はまっすぐ空を見つめていて、俺のことなんか見ていなかった。この凛としたまっすぐな姿に、俺は心底惚れているのだろう。

「彼女とか、いないわけ?」

「・・・いたら、誘わないよ」

「それもそっか」

 訊くならきっと今なんだ。

「・・・結衣ちゃんは?」

 数秒かかって帰ってきた返事に、俺は不謹慎にも安心した。

「別れたばっか」

 ああ、いたんだ。そりゃあそうだよね。でも、今はいないってことは、やっぱり神様は、まだ俺の味方してくれるらしいってことだよね。


「あの日ね・・・」

 結衣ちゃんがゆっくりと、俺に何かを話してくれようとしている。それはきっと別れた男のことで、聞きたいような、聞きたくないような・・・でも、結衣ちゃんは勝手に話し始めて、俺に選択権はないらしかった。

「彰が交差点で声かけてくれた時、目の前で浮気現場見ちゃったの。彼氏だった人の。だから、動けなかった・・・」

 ああ、だからあの時、あんなに泣きそうな顔してたんだ。後姿でも、俺はそれが結衣ちゃんだってわかったし、彼女の身に何かが起きて、動けないんだってこともわかった。でもまさか、そんな理由だったなんて。

「だから、ありがと。彰が来てくれなかったら、いつまでもあそこに立ったままだったかも」

 そういって笑って、結衣ちゃんは俺を見てくれた。

「そんなことは、ないと思うけど」

「彰までそんな顔しないでよ」

 そんな顔って、どんな顔?俺、どんな顔してる?

「もう私ひとりで充分泣いたし怒ったし、だから、彰までそんな顔しなくていいの」

 ああ、俺きっと、泣きそうな顔してるんだな。

「それにね、今のほうが幸せだから」

「え?」

「だって、あの人にはクリスマスデートさえ23日に回されてたのに、今年・・・もう、去年だね、クリスマス当日も、大晦日も、それにこの元旦も、一緒にいてくれる人がいるんだから。だから、彰も笑って」

 結衣ちゃんの心は今もきっと傷ついて泣いてるんだろうけど、俺が一緒にいて幸せって言ってくれたその言葉がうれしくて、俺は笑顔を出せた。

「そう言ってもらえてよかった」

 俺の顔を見て、結衣ちゃんが満足そうにうなずいた。

「ねえ、どうせだから、このままドライブして、初日の出もみちゃおうよ」

「マジ?」

「うん、ファミレスくらい開いてるんじゃない?コンビニのパンでもいいから!」

 そういって、さっさと助手席に乗り込む。

「早くエンジンかけて!寒いんだから!」

 手袋をしてない白い手に息を吹きかけてる結衣ちゃん。やっぱり、寒かったんじゃないか。

「結衣ちゃん、手かして」

「?」

 俺はクリスマスプレゼントにもらったマフラーを首から外して、それを結衣ちゃんの合わせられた両手にぐるぐる巻きつけた。

「応急処置」

「これじゃあ手が動かせないじゃん」

「動かさなくていいよ。俺が運転するんだから」

 ここから結構遠いであろう海を目指して車を走らせる。

「彰!そこのファミレスでご飯食べる!」

「え?どこ?」

 結衣ちゃんはたぶん、指さしてるんだろうけど、マフラーのぐるぐる巻きのせいで俺には全く伝わらず、ファミレスはあっさり通過。

「どっかでUターンして」

「うん、ちょっと待って」

 しばらく走ってUターンして、やっとファミレスに到着。駐車場に停めたところで、俺は結衣ちゃんのマフラーを解いてあげる。

「温まった!」

 結衣ちゃんが確認とばかりに俺の頬に触れる。

「よかったね。じゃあ、行こうか」


 大晦日から元旦にかけてだけ24時間営業らしいファミレスで食事をして、日の出前に店を出て、またしばらく走って海がよく見える海岸のコンクリートに二人で座る。

「お!見えてきた」

「うーん、きれい!」

 イルミネーションよりも星空と初日の出のほうがはしゃいで喜んで、結衣ちゃんはやっぱり空を眺めるのが好きなんだ。

「今でも空を眺めるのが好きなんだね」

「うーん?でも、ゆっくり空を眺めるのって久しぶり・・・それに、多分、空を眺めるのが好きなんじゃなくて」

「じゃなくて?」

「空を眺めてる彰を見るのが好きなんだと思う」

 どういう意味?俺が首を傾げたら、結衣ちゃんは飛び切りの笑顔で笑った。

「彰の笑顔、大好きだから」


 空を眺めているときの俺が笑顔なのはきっと、隣に結衣ちゃんがいるからだよ。でもこのことは、もうしばらく黙っていようか。



 もう一度、君の隣にいる日常が訪れるまで。






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