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宰相 アルドベリク⑧

 その日私のところへ、シルベールとイヴァンナが王都へ到着したとの知らせが入った。


 彼らを迎えに行ったセオドリク様からの報告では、シルベールは道中最後まで、自分は何もしていない、証拠はあるのかと、しらを切り通していたらしい。


 だが、侍女長の父親が事故の前日、彼の命に従いリカルド様に睡眠薬を盛ったと自白したことや、公爵家の使用人達が、彼とイヴァンナが男女の関係にあった事を証言した事を知ると、裏切り者めと罵声を吐き暴れ回ったという。仕方なく彼には猿轡をし、手足を拘束して王都まで連れ帰って来たのだと、セオドリク様は笑った。


「何処までも往生際の悪い男だったよ。最後まで奴の口からは一言の反省の言葉も出なかった……。いっそ清々しいほどのクズだな」


セオドリク様は怒りを含んだ瞳でシルベールの事をそう評した。


 反対にイヴァンナは自分の犯した全ての罪を素直に認め、道中ずっと後悔と謝罪の言葉を繰り返していたと言う。誰よりも彼女を憎んでいるはずの彼がそう言うのだ。それは恐らく本当の事なのだろう。


「だからと言って、どうなるものでもないがな」


セオドリク様はそう言って、少し彼女を憐れむように瞳を伏せた。


 私は彼のその態度を意外に感じた。


 彼はアルテーシア様とエリスを失った。


 愛する人と妹をイヴァンナに殺されたのだ。


 今更彼女が謝罪の言葉を述べたところで何だと言うのか……。


 それなのに何故そんな顔をする……。


 私はそんな彼に憤りさえ感じた。


 今更彼女が何をしても、何を言っても、私にとってイヴァンナが憎むべき存在である事に変わりは無かった。


 王都に到着したシルベールとイヴァンナは処刑を待つまでの間、別々の牢へと入れられた。


 それもまた、セオドリク様の配慮だった。


 それから暫くして、私はイヴァンナが私と会いたがっていると言う知らせを受けた。どの面を下げてと憤ったが、彼女はこのあと処刑される身だ。それと同時にセオドリク様の彼女への態度が気になっていた私は、悩んだ挙句、最後の花向けとして彼女に会う事に決めた。


 私が彼女に会う為にと案内されたのは地下牢だった。重罪を犯した者が処刑を待つ為に作られたその場所は、地下である為に薄暗く、当然の事だが明かり取りの窓もない。ただ蝋燭の炎だけがぼんやりとその場を照らしていた。


 ほんの少しの間居るだけで、息が詰まりそうになるほどカビの匂いが漂うその場所にイヴァンナはいた。彼女は居住まいを正し、瞳を閉じて、何かに祈る様な仕草をしている。そして入って来た私に気付くと、瞳を開き此方に向き直り、床に手を付いて深々と頭を下げた。


「お会いして頂けたことに感謝申し上げます」


 彼女はそのままの姿勢でそう口にすると、軈て頭を上げ、私の方を真っ直ぐに見た。


 私もそんな彼女を鋭い目で見据えた。


 何時も綺麗に結い上げられていた髪は、梳かれることさえなく乱れ、粗末な囚人服を身に纏っているイヴァンナのその姿は、少し前まで王宮内で権勢を誇った彼女の姿とはかけ離れており、哀れみさえ感じられた。


「それで? 私に会いたいと言ったそうだな。どんな要件だ? 手短に話せ!」


 私が命じると、彼女は視線を床に落とした。


「実は命乞いをしたいと思いまして……」


 私は彼女のその言葉を聞いて、体の中に怒りが沸々と湧き上がって来るのを感じた。


「何? 命乞いだと⁉」


 明らかに怒っているのだと、そう感情を言葉に乗せて問いかけた私に、彼女は臆する事なく「はい。命乞いです」ともう一度、言葉に出して頷いた。


「は! 真摯に反省していると聞いて此処まで来たが、どうやら勘違いだったようだな。お前には罪を償おうと言う気はないのか!」


 私が声を荒げるとイヴァンナは落とした視線を再び上げ、もう1度私を真っ直ぐに見た。


「償う? ではこの国は私とジュリアスにどんな償いをしてくれるのですか?」


「ジュリアス?」


 私はイヴァンナの言葉の中に、ジュリアスの名が出て来た事に困惑した。


「その表情……。やはりそうなのですね? 貴方は全てが終わった後、彼の命も人知れず奪うつもりでいる。そうなのでしょう?」


 今度はイヴァンナの言葉に怒りが含まれる。私は牢の中にいる圧倒的な弱者であるはずの彼女に追い詰められている様な……そんな錯覚に襲われた。


 そしてこの時私は気づいた。彼女が命乞いしたいのは自分では無く、ジュリアスなのだと。


「セオドリク様は仰いました。()()()ジュリアスの命まで奪うつもりはないと。その時は何も思いませんでした。でも、この牢で過ごすうちに、彼の言葉が無性に気になり始めたのです。我が国は……。ではロマーナはどうなのかと。彼はこうも言いました。その資格のない者が王であった事が知れれば、王家の正当性が失われてしまうと。ずっとその言葉が気になっていました。そうしてもしやと気付いたのです。この国は不都合な事実を隠蔽する為に、ジュリアスの命まで奪おうとしているのでは無いかと。違いますか⁉」


 彼女は鋭い視線を向け、私をそう問い質した。


「………」


 私は彼女のその怒りに触れ、何も言葉を発する事が出来なかった。


 それが事実だったからだ。


「やはりそうなのですね。自分達にとって都合の悪い人間を秘密裏に殺す。貴方達のしようとしている事は、シルベールや私のした事と何が違うと言うのですか⁉」


 彼女はそんな私を更に詰った。






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