表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

宰相アルドベリク⑤

「君たちが今度こそ選択を間違えないことを祈っている……。かなり強めのお灸……そう言ったところか……」


 あと半月、ジルハイムの動きが遅ければ、我が国は間違いなく干上がっていただろう。


 今回、ジルハイムはその絶妙のタイミングを見計らって2度目のビラを撒いたのだ。


 実は、ジルハイムがアルテーシア様の死から半年経ってからこの国への物流を止めたのは、何も周辺国との調整ばかりが理由ではなかった。


 この国の王女であったシルヴィア様は、いつ行動を起こせばこの国にとって一番ダメージが大きいか計算し尽くしていた。


 そう……。小麦が不足する収穫前を狙ったのだ。


 ジルハイムは小麦の収穫時期の3ヶ月前に物流を止め、1度目のビラを撒いた。そしてそれから2月経った今日、2度目のビラを撒いたのだ。


 ジルハイムの思惑通り、たった2月でこの国は瞬く間に疲弊した。


 民達は今回の事で漸く気付いただろう。


 誰が本当にこの国を支えてくれていたのかを……。


 そして、これでシルベールとイヴァンナがアルテーシア様に行った非道な行いは間違いなく炙り出されることになる。


 何しろ援助と物流の再開がかかっているのだ。民達は黙ってはいまい。必ず真実を追求するはずだ。


  これから今、王都にいる有力貴族達を集めた緊急の対策会議が行われ、今後のジルハイムへの対応について話し合われる事になっている。


 それに出席するため執務室を出た私は、会場へ向かう前にジュリアスの執務室を訪れた。会議前に国王である彼と打ち合わせをするためだが、今回、この問題に既に選択の余地など無いはずだ。


 ジュリアスの執務室をノックし扉を開けると、彼はまるで檻の中の獣の様にウロウロと部屋の中を歩き回っていた。


 頭を抱えながらぶつぶつを1人事を呟いているせいで、私が部屋に入って来た事にさえ気付いていない様だ。


「陛下、会議室に貴族達が集まっているそうです。陛下の到着を皆が待っていると連絡がありましたのでお迎えにあがりました」


 漸く私に気付いたジュリアスが縋る様な目でこちらを見た。


「……アルドベリク…。俺はどうしたら良いだろう…」


 彼はそう情けない声を上げた。


 王として余りにも未熟…。国王ジュリアスをそう評した伯母の言葉を思い出す。


「…どう…とは?」


「王妃は餓死したのだぞ! そんな事が知れればジルハイムは許さないだろう!?」


 冷静に問いかけた私に彼は声を荒げた。


 今更何を言っている? 全ての罪は王として正しい判断さえ出来なかったお前ではないか! 


「私はあの時陛下にお尋ねしたはずです。側妃様に罪を償わさなくて良いのかと。ですが、それを拒んだのは王である貴方だ。それに、許されないからと言ってどうするのですか? また隠蔽するのですか!? それともまた違う新しい理由を考えるのですか? それでジルハイムは納得すると思いますか? 真実を告げ真摯に詫びる。もはやそれしか道はございません!」


 怒りを覚えた私は、語気を強めきっぱりと言い切った。


「…そ…そうだな」


 彼は躊躇いがちに頷いた。


 私とジュリアスが到着すると、会議室はもう既に混乱を極めていた。


 勿論、侍女長が悲鳴をあげ、あれだけの騒ぎになったのだ。アルテーシア様の死の本当の経緯を知っている者もいた。


 しかし直ぐにジュリアスによる緘口令が引かれた事で、知らない者の方が圧倒的に多かった。


 ジュリアスを待つこの僅かな時間で、会場にいた皆が真実を知ったのだろう。彼の顔を見るなり何人もの貴族達が彼に詰め寄った。


 「陛下、王妃様は本当は餓死だったと!? それはまことの事ですか!?」


 ジュリアスはその問いに頷く。


「皆、すまない……」


 そう言って俯き声を震わせながら…。


「どうするおつもりです! 王妃様が餓死なんて……。信じられない! そんな真実を話せば、ジルハイムの怒りは更に増すばかりでしょう!?」


「シルベールと側妃様には死んで償って貰う他はありませんな。こうなった以上、ジルハイムには2人の首を差し出し精神誠意詫びるしか道はありませぬ」


「ふ…2人を処刑するのか…」


 彼らの言い分にジュリアスは驚いた様に目を見開いた。


「何を言っておられるのです! 王妃様はジルハイムの王女ですよ。然も腹には陛下の子を宿しておられたと言うではありませんか!? 王族を殺めたのです!当然の事だ!!」


 今までシルベールの持つ権力を恐れて何も言えなかった者達が、ここぞとばかりにシルベールとイヴァンナに対して罵詈雑言を繰り返している。


 現金な者だ。揃いも揃って責任逃れか……。私は溢れ出る笑いを噛み殺すのに必死だった。ここまでシルベールを付け上がらせたのは、奴の顔色ばかり伺っていたお前達皆ではないか……。

 

 それに処刑? 首を差し出す? 甘いな。そんな簡単に死なせる訳がないだろう? 処刑は最後だ。それまで彼らにはたっぷりと苦しんで貰う。


 アルテーシア様はお腹に子を宿しながら、何日もの間、満足に食事すら出来ずに亡くなった。しかもイヴァンナは食事だと薬の匂いの染み込んだパンを届けさせ、彼女に自分の命か子供の命か選択をさせたのだ。


 その間の彼女の絶望はどれ程のものだったか……。


 それを奴らには思い知って貰う。


 エリスだってそうだ。いつも侍女達から陰口をたたかれ、無視されていた。それ以外にも態と水をかけられたり、物が上から落ちて来たり、部屋を荒らされていた事だってあった。私が知っているだけでこれだ。一体彼女がどれ程の嫌がらせを王宮内で受けていたのか計り知れない。だがそれを彼女は必死に耐えていた。

 

 結局エリスはイヴァンナの命により、その命さえいとも簡単に奪われた。手にアルテーシア様の食事を持ち、満足に受け身も取れない状況だった彼女は背中を押され、階段から転げ落ちたのだ。


 彼女は兄とアルテーシア様を必ず守ると約束して、彼女に付いてこの国にやって来た。その兄との約束も守れず、アルテーシア様を1人残して死んでいかなければならなかった彼女の悔しさがお前たちに分かるか……。


 私は拳を握りしめた。


 その時、誰かが漸く気付いた様だ。


「そう言えばシルベールは何処にいる! 陛下、彼を何処かに捕えておられるのですか?」


「……いや……。俺は知らぬが……」


 ジュリアスが戸惑いながら答える。筆頭公爵である彼にもまた、会議の呼び出しはかかっていたはずだ。


 それなのにシルベールの姿がない。


「もしや、逃げたのではないでしょうな」


 議場のなか、誰かの言葉で公爵家のタウンハウスに遣いを出した。


 暫くして遣いの者が慌てて戻って来た。


「陛下! 公爵は領地へとお戻りになられたそうです! その折、イヴァンナ様や家族も同行されておられたとか」


「……そんな馬鹿な……」


 報告を聞いて呆然とするジュリアスに大臣の1人が詰め寄った。彼は王妃様が亡くなった時、王宮にいて一部始終を見ていた男だ。


「まさか……陛下が逃したのではありますまいな?」


 彼はジュリアスに疑いの目を向けた。


「そんなっ! 俺がそんな事する訳がないではないか!?」


 ジュリアスは激昂して叫んだが、大臣はそれを信じようとはしなかった。


「ですが王妃様がお亡くなりになった時、陛下は宰相の言葉に逆らってまで彼女を守ったではありませんか? あの時、宰相の言葉通り彼らを処罰していれば、こんな事にはならなかったかも知れない……」


 大臣はそう言って悔しそうに唇を噛んだが、お前にそれを言う資格はない! あの時、そばに居ながら口を噤んだ。お前もその1人ではないか……。


 だが、ジュリアスは本当に何も知らないのだ。


 実はシルベールに逃げる様に唆したのは私だ。


 私は彼の耳元でそっと囁いた。


『会議が終われば貴方達は拘束されるでしょう。何しろ貴方の養女は王妃様を餓死させたのですからね。ユリウス様やシルヴィア様のイヴァンナ様への怒りは凄まじいものがあります。連座制。分かりますよね? このままでは彼女だけではなく、一族郎党みな処刑されるかも知れません。幸い今回ジルハイムがビラを蒔いたのは王都だけと聞いております。ほとぼりが覚めるまでの間、暫く領地に戻られては如何ですか』


 私は嘘は吐いていない。奴らに事実を教えてあげただけだ。


 私は笑いを堪えるのに必死だった。全て思い通りだ。


「セオドリク様、後はお任せします」


 私はそっと呟いた。


 セオドリク・ウィルターン


 王妃アルテーシア様の元婚約者であり、エリスの兄でもある彼は、既にシルベールの領地に入っていると聞く。今頃、領地で2人の帰りを手ぐすね引いて待ち侘びている事だろう……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ