侯爵セオドリク・ウィルターン①
俺の名前はセオドリク・ウィルターン。平民を装ってはいるが、こう見えて祖国ジルハイムでは侯爵位を賜る歴とした貴族だ。
そんな俺は此処シルベール公爵領で、毎日領民たちのために炊き出しをしている。
勿論だが、ジルハイムの貴族である俺がこの地で炊き出しをするのには目的がある。
1つ目は人探しだ。
今から5年前、震災への支援に先立ち、シルヴィア様は密かにイーニア・ロレットと言う女の過去について徹底的に調べ上げた。
兼ねてよりイーニアの産んだ子が、本当にエラルド陛下の子なのかと疑念を抱いておられたからだ。
その結果分かったのは、イーニアは側妃として娶られる直前まで男と共に暮らしていたと言う事実だった。
そう……。陛下の側妃として王宮に上がった時、イーニアは既に純潔ではなかったのだ。
そしてイーニアが共に暮らしていた相手というのが、カイザード・ロッシ。俺の探し人だった。
だが彼はずっと長い間、その消息がつかめなかった。そのためシルヴィア様は、既に彼はシルベールによってその命を奪われたのではないかと半ば諦めておられたのだ。
ところが、ここへ来て彼に似た人間をこの地で見たと言う、彼の元同僚からの目撃証言があった。俺はその証言を頼りに、この場所に彼を探しに来たと言うわけだ。
ところで、エラルド陛下の側妃、イーニア・ロレットと言う女。
俺の中ではとんでもない悪女と言う認識だった。
だってそうだろう?
恋人がいたにも関わらず、国王を|誑たぶらかして側妃に収まり、挙句国の乗っ取りに加担した女だぞ? 俺はこの女のせいで、大切なアルテーシア様とエリスを失ったも同然だった。
でも、シルヴィア様の意見は違った。
いや、彼女も初めは俺と同じ考えを持っていたはずだ。だが、イーニアの事を調べているうちに、違う答えに辿り着いたらしい。
「彼女が兄の側妃になった経緯は知っているわよね?」
俺が此処にくる前、シルヴィア様が俺に問い掛けた。
「ええ…」
確か、ロレット家の持つ借金の形に娼館に売られそうになっている所を、哀れに思ったシルベールが王宮に連れて行ったのだと聞いていた。
「ところがね。私が調べた限り、ロレット家が困窮していたなんて様子はないのよ。寧ろ羽振りが良かったと聞いたわ。だから、娘を娼館に売る程金に困っていたなんて信じられない……まして借金があったなんて……。ロレット家を知る貴族達は皆、声を揃えてそう言ったわ」
シルヴィア様は元ロマーナの王女だ。だがら今でもロマーナの貴族達の中には、彼女と親しい者は一定数いる。その者達が皆、そう証言したと言うのだ。
シルヴィア様は続けた。
「調べてみたら彼女、貴族学園にも通わせて貰っていなかったみたいなの。国によって学校の在り方は違うのかも知れない。でも、少なくともロマーナでは、貴族学園は貴族として必要な知識を身につけ、これから貴族として生きていく為の大切な人脈を作る場なの。特に女性はこういっては何だけれど貴族学園で将来の伴侶となるべき男性を見つけることも多いわ。つまり彼女は、伯爵令嬢として生まれながら、その時点で貴族として生きる道を閉ざされていたと言う事よ」
話を聞いた俺は息を飲んだ。
「それにね。彼女の妹、つまりイヴァンナの母親ね。伯爵は彼女の事はきちんと学園に通わせ、子爵家に嫁がせているの。対して姉であるイーニアは学園にさえ通わせて貰えず、挙句、借金の形として娼館。2人の母親が違う事が原因でしょうね。良くある話よ。ほら先妻の子を後妻が虐めるって言うあれ。その後彼女は追い出されるように伯爵家を出て、その後は恋人と共に暮らしていたらしいの」
「共にですか? でも、王家に嫁ぐには純潔でなければならないと…」
「そうなのよ? 可笑しいでしょう? まぁ、その謎は既に解けたんだけどね」
「え? 」
「簡単な事よ。宮廷医師がシルベールの手先だったのよ。だから恐らくその純潔だと言う判定は嘘だったんでしょう」
「ですが、もしそうなら流石にエラルド様は気付かれたはずですよね?」
「そうね。今となっては兄が何を考えて彼女を側妃としたのか? 何故ジュリアスを自分の子だと言い張ったのか甚だ疑問だわ。でも、もう兄にその理由を聴くことは出来ない………。だって兄はその秘密を墓場まで持って行ってしまったのだから」
そう、エラルド陛下だけでなく、イーニアも既にこの世の人ではないのだ。真実は藪の中と言う訳である。
だが、、もしカイザードが生きていたら………。少なくとも何か事情を知っているかも知れない………。
それで俺はカイザードを探す事にしたって訳だ。
カイザードは思った以上に早く見つかった。
彼もまた腹を空かし、食を求めて炊き出しにやって来たからだ。やはりカイザードは生きていた。
だが、何故彼はシルベール領にいるのか?
イーニアをエラルド陛下に引き合わせたのはシルベールだ。
もしかしら、彼らは無理やり引き離され、彼はイーニアの仇を討つチャンスを伺っているのではないか……。
そんな気がした俺は彼にカマをかけ、部屋に連れ帰り話を聞いた。
やはり、カイルの話の中のイーニアも、とてもそんな悪女だとは思えなかった。
カイルとイーニア。2人はある日突然親族になった。カイルの叔母ジェシカがイーニアの父の後妻として、ロレット家に入ったからだ。
カイルは言った。
「初めて父について伯爵家を訪れ、イーニアを見た時、そのあまりの美しさに憧れを抱きました。でも相手は伯爵令嬢。継ぐ家もない俺なんかとは釣り合わない。高嶺の花。ずっとそう思っていました」
でもまぁ、そうなるとシルヴィア様の仰った通り、お定まりのコースである。ジェシカは先妻の子であるイーニアの存在自体が気に食わない。彼女は蔑ろにされ、次第に家の中で孤立する様になった。そして、ジェシカと伯爵の間に子が出来ると、更にそれは加速する。
ましてイーニアは繊細で絶世の美女だった。それもまた気に食わなかったのだろう。
彼女は暴力も受ける様になっていった。
「俺は彼女が叔母から暴力を受けている所を何度も見ました。彼女を助けてやりたい。でも俺はずっと彼女の側にいてあげる事は出来ない。叔母と同じ血が流れていると思うだけで反吐が出そうでした。そんな時です。伯爵の方から声をかけられたんです。金を払えば彼女をくれてやると………。俺がずっと彼女を見ている事に気付いていたんでしょう」
「金? 自分から娘を金で売ると…?」
「はい。伯爵からしてみれば程のいい厄介払いだったのでしょう。でも俺はその話に飛びついた。必死に頑張って騎士になり、金を貯めました。そして有り金全部で彼女を買ったんです。その事で俺はずっと彼女に負い目がありました。それに俺の給料じゃ、食べていく事は出来ても、彼女に贅沢な暮らしはさせてあげられない。でも、そんな俺に彼女は言ってくれたんです」
『お母様は私がまだ小さい頃に亡くなってね。私、母と過ごした記憶がないの。だから、生まれてきてから今が1番幸せよ』って。
もし伯爵家が本当に金に困っていたとしても、彼女が自分にとって良い思い出がまるでない伯爵家の為に、その身を犠牲にするだろうか? 恐らく彼女は、カイザードを人質に取られ、脅されていたんだ。
そしてイーニアが亡くなり、人質としての価値も無くなった彼は、シルベールにとって、ただの危険な存在となった。
だから殺そうとしたんだろう。
カイザードがそこにいた。獣の餌として、その痕跡さえも残さない様に………。
カイザードに話を聞いた次の日、シルヴィア様から手紙が届いた。彼女からの手紙はいつも、炊き出し用の食物の中に忍ばせて俺の手元に届く。
《2度目のビラを撒きます。アルドベリクがシルベールとイヴァンナを其方に向かわせました》
手紙にはそう記されていた。
シルベールが帰って来る。俺は復讐の種を蒔く事にした。




