◇20 ワクワクな秘密。
湯気が立つチキンクリームシチューとふんわりしたパンが、昼食メニューだった。
パンをちぎって、シチューに浸して食べる。チキンはスプーンで掬って食べた。
「お母さん。新しい服が欲しいのだけれど、いいかな?」
「え? お洋服? またエコーちゃんがお願いなんて、珍しいわね! じゃあ、夏に向けて新しいワンピースを買いましょうか?」
うふふっ、とお母さんは嬉しそうに笑う。
「それもいいけれど、今欲しいのはね、動きやすい服」
「動きやすい服?」
「うん。イターリーの観光している時、体力がなくてすぐに疲れちゃったから、体力作りのためにも運動しようと思って。ジョギングする服。お兄ちゃんのお古でもいいけど」
「あらあら、まあまあ! あんまりお外に行かないエコーちゃんが、運動だなんて! そうね、それがいいわ。なら、買いに行きましょう! かっわいい運動用の服! 三着くらい! 明日は晴れるかしら~」
ウキウキした様子で、お母さんは買うと承諾してくれた。
運動用服。明日、晴れたら、店で購入だ。
私の普段着は、ワンピース。もう着やすい、動きやすいの重視。デザインの方は、お母さんが選んだもの。
嘘ではない。イターリー観光で、体力がないと思い知った。
うん。体力を作るべきだ。インドア派でも、頑張る。自己防衛のために、頑張るもん……。
「んー……お母さん。新しいワンピースなら、イターリーで買わない? 流行最先端でしょう?」
「それはいい考えね! ……でも、エコーちゃんは怖い目に遭ったばかりだもの。お父さんもまだ帰ってないし……」
「うん。お父さんが悪い人達を捕まえて帰ってきてくれたら、相談しよう」
にこ、と笑って見せる。
次こそ、イターリーで王城のテラスから、【約束の広場】の龍を拝みたい。
アルトの協力を得て、【カエルム】を知っておく。
あと、不穏なものは、可能ならば対処したい。
前世の前世で創設した組織が、私が生まれ変わった時代で悪くなるのは、もやもやする。嫌である。物凄く嫌である。
その対処は【カエルム】とどんな関係になろうともしておきたいものだ。
そして【約束の広場】で待たせている三方。約束なんかしてないけれど、会って待つことをやめさせないと……。
何か問題が起きてしまったなら、助けてほしいと頼むしかない。
……もう少し待ってもらおうかな。
【カエルム】の厳重警備を突破する方法を見付けるまで、もう少しだけ。
昼食を終えると、お母さんはまた編み物をするというので、ほどほどに頑張ってね、と声をかけおいた。
次はおやつの時間まで、集中しそうだ。
「待たせた?」
部屋に戻ってみれば、開けっ放しだった窓から再び入ったのか、アルトがもう窓辺に座っていた。
腕を組んで、退屈そうに壁に寄りかかって。
「今戻ったところだ」
……絶対に待ってたでしょ。
待ち合わせ場所で全然待っていない、って言い退ける、イケメンカレシみたいだ。
さらりと、モテるタイプなのかもしれない。
……そういえば、300年も待った三方は、どんな反応をするのやら……。
まだ精霊のことは記憶を取り戻していないけれど、龍は落ち着き払った寡黙な性格の持ち主のようで、吸血鬼は冷静沈着な紳士って印象だった。
だいたい、何を話せばいいか……。
もう少し、キャットリーナの記憶を取り戻して、自覚を得てから、会うべきだろう。
そうすれば、第一声の言葉がわかるかも。
「アルトは14歳だって言ったけど……学校は?」
「ん? 一応、在籍しているが……いきなりなんだ」
「14歳は、ええっと、メデア校だったわよね? お兄ちゃんが今通ってるのに……不登校?」
メデア学校。この周辺では、中学校って意味の名だ。
11歳から、14歳までが、メデア校こと中学校に通う。
ちなみに、私は夏明けにエレメ校こと小学校に通うこととなっている。
「いや、もう学んだものは学んだから、登校する必要は感じねーんだよ。夏前に卒業試験を済ませば終わりだ」
まだ四月なのにな……。それは、不登校と変わらないのではないか。
なるほど。お父さんが不良だって言っていたのは、このことなのかもしれない。
不良な中学生。さらに、秘密組織の殺し屋でもある。
この異世界は、物騒だなぁ……。
「そんな目で見んじゃねーよ……教科書を読み終えて、適度に授業に出席して、テストを満点で終えれば文句は言われねーんだ。同級生と慣れ合ってメデア校生を楽しむために通ってたわけじゃない」
「……アルトは私を賢いって評価しているけど、あなたの方が頭がいいのでは?」
「オレはちゃんと学校でそれなりに学んできたが……お前は五歳だろうが。五歳児でその賢さは異常だろうが」
「酷い。人の頭を異常呼ばわりするなんて。暴言」
「頭を異常とは言ってねーが!?」
普通に、頭がいい人だった。
賢明な判断をして、行動してきた人だものね……。
「それで、次は……リチオ校?」
「リチオに進学はしねーな。専門的なモンを学ぶところだ。オレには必要ない」
リチオ校は、高校。
義務教育である中学校を卒業すれば、次は専門知識を学ぶ進路があるけれど、本当に必要な人しか進学しない。
だから、大抵の人達は、中卒。それで十分に学はあると言える。
他の国は知らないけれど、コラーラ国も含めて、イターリー国の周辺は、これが常識だ。
「エコーは勉強好きそうだな……リチオに興味あんのか?」
「本を読むのは好きだし、知ることも好きだけど……勉強が好きとは違うわね。今は、興味ない」
「そうか」
賢いと勉強好きは、同義ではない。
「アルトは情報収集をするってことだけど……両親には私のこと話すの?」
「あ? 試してんのか? それ。他言無用の約束だ。両親にも話しはしねーよ」
不機嫌顔になったアルト。
「そんなつもりはなかったけど、流石に言うのかなーって思って」
「知る者が少ない方が、リスクも少ない。必要に迫られれば、お前の許可をもらって話す。7代目ボスになるって選択してくれたら、両親にも全面協力のために話すべきだな」
「イエスの言葉を聞いたら、両親に紹介って感じか……なんかまるで」
「違うだろ」
みなまで言わせてくれなかった……。
結婚の流れだねっていう冗談。
「新人の立場だと、情報収集って難しくない?」
「そうだな。それとなく先輩に尋ねて聞き出したり、あと両親の持つ情報をもらったり……その程度の行動ぐらいだ。まぁ、不穏だって感じ取ってるんだから、両親も調べてるだろうよ。情報は得られる。それをどうやってお前に渡すか、決めておこうぜ」
「こうして来るのは、いい方法ではないものね……。かと言って、連絡の魔導道具を持っていると、指摘されるから、悩むわ」
どんな形であれ、魔導道具を持っていては、不審に思われる。
「だが、必要だよな……。ちょっと高値にはなるが、魔導道具だとバレにくい加工で、アクセサリータイプを用意しておくか?」
「親に買ってもらってないのに、アクセサリーは、余計不審に思われるわ」
「あー……。小さな置き物タイプならどうだ?」
「んー、そうね。その方が隠しやすいかな」
二人して、部屋を見回す。不自然ない置き物を考えておく。
「……ふふっ」
アルトに目を留めて、私は笑ってしまう。
「なんだよ?」
怪訝な顔をされた。
「秘密で連絡手段を決めて動くって相談するのは、なんだかワクワクするなーって思って」
「……」
目を大きく見開いたアルトは、パチパチと目を瞬かせては、よそを向く。
「……わかる」
コクリ、と深く頷いた。
同意してもらえて、ニコニコする。秘密も、ワクワク感も、共有。
この際、子どもだから、だなんて野暮なことは言わない。これは、童心だもの。
アルトは口を緩めないためなのか、キュッと唇を閉じていた。
「そろそろ、カロスが帰ってくると想定して……次にイターリーに戻るのは、いつになりそうだ? その時に、魔導道具を持ってくるが」
「戻ってきたら、多分長く家にいると思う。いつもなら、一週間前後は家で休みを満喫するの。被害に遭った私のために、家族のために、もっと時間をかけると思うわ」
「そうだな……今の案件が済めば、当分は落ち着くはずだ。だから、長い休暇になるな……一応、三週間後にまた来て、カロスがいるかどうかを確かめてから、またこの窓から入る。でいいか?」
狙いは、お父さんの不在だ。
仕事が落ち着くなら、余計家にいる時間が長くなりそう。
「わかった。それがいいね。魔導道具の費用だけど、後払いでいい?」
「は? 要らねーよ。オレだって任務で稼いでんだ。投資だ」
「投資じゃなくて、博打だね……。大丈夫だよ。ワンナが、隠し財産遺してるの。なんか、見付けた者が好きに使っていいって遺したんだって」
「……ワンナは、すげーご先祖様だな?」
「…………ソウダネ」
「?」
凄いといえば凄いんだけど。楽観的な行動の末の結果なんだよなぁ……。
今はそれを取りに行けないので、後払いとして遺産を渡すことに決めた。
あとは、アルトの知る秘密組織【カエルム】の構造を教えてもらう。
【カエルム】のボスは、もちろん頂点だ。それを支えるのが、幹部を含む上層部。
お父さんは、特務機関のリーダーとして、幹部の一人である。
一応、お父さんの有名さも、アルトから聞かせてもらった。
ワンナから聞いた通りだ。
【ギア】さえ覚醒すれば、7代目ボスに相応しい有能と人望の厚さを持つ強者。
お父さんの指揮の元、手強い敵対組織や盗賊を退けたらしい。
そんな武勇伝は、また今度聞こう。
特務機関によく戦闘要員として駆り出されるのが、特攻部隊。アルトとその両親が、その部隊に所属している。
上層部の指示の元、先陣切って敵地に乗り込み、戦うこともあったという。
情報機関。イターリー国だけではなく、他国でも潜入などをして、諜報活動をしている。
支援機関。姫君が遺した慈善活動を中心に任されている。一つは、王城の半分の区画に住まわせている、家のない人々の世話をすること。イターリー国民への慈善活動は、大事にされ続けた伝統。
それだけではなく、各機関の支援のための物資調達、資金工面もまた担おう重要機関だ。現ボスである6代目は、その采配が巧みだそう。
「資金工面の才能があるってこと?」
「人脈が広いんだとよ。その手のことはよくわからねーが、慈善活動の寄付を貴族らから上手く工面してるとか。ワンナの弟の直系だから、なんかその縁で付き合いが長い貴族が多いってな」
「そうだったね。爵位を持たない名家だって聞いた。……ボスは強さを重視するのに、6代目はどうなの?」
「……30年以上前だからな、正式就任したのは。今は70歳に近いはず。全盛期とは、違うだろうよ」
「……老いには勝てないよね」
「達観した目をやめろ、五歳児」
6代目ボスは、今や資金工面の方に全力を尽くしている形になるのだろう。
「強さの重視だとしても、結局のところ、次期ボスの決定打は?」
「それは上層部が、試験や試練を決めるそうだ。6代目の時は、最終的に決闘だったと聞く。上層部の納得の上の就任だ」
「決闘……」
「力をつければ、数年後には圧勝だな」
ボスを決めるために、決闘。強者を選ぶには、手っ取り早いか。
ニヤリと笑って見せるアルト。
完全無欠モードの【ギアヴァンド】があれば、きっと圧勝に違いない。
「そのために鍛えろって意味だったの?」
「それもあるが、自己防衛のために勧めたんだ。強くなってほしいなら、必要最小限とは言わねーよ。しっかりと鍛えろと言うさ」
私が乗り気なら、鍛えろとはっきりと言う。
騙すことはしないようだ。本当に、賢明な人である。
騙そうとすれば、私の信用は失くしてしまうものね。
あと5話!更新続けます。
2024/07/22




