◇17 白銀色の狼。
「怖いか? 人殺しが目の前にいるんだ」
腕を組み直し、アルトさんは尋ねる。
笑みを浮かべながら、見定めるように見つめて。
「……私も、人殺しです。あの爆発で十人近くは殺めたでしょう。口封じのために」
「なんだ。わかってるじゃないか。んで? オレを口封じのために殺す気はあるのか?」
「ないと言えば、信じますか?」
「鵜呑みにはしねーな」
「でしょうね。でもお兄さんが私の恩人なのは事実なので、その気はありません。こちらも、害がなければの話ですが」
殺さない、と口で言っても、互いに口封じのために、人を殺した前科持ち。
殺し合いは、多いにあり得る。
害になるなら、刃を向けるのは、当然。
牽制し合うように、無言で見つめ合った。
「では、何故使えるのか、何故隠すのか。そのお兄さんの疑問を解決するために話をすると約束をするので、お兄さんもこの前見たものも含めてこれから話すことを他言しないと固く約束してください」
無言でいても、埒があかない。
お母さんもいつ呼ぶかわからないので、悠長にしている場合ではないのだ。
アルトさんは、私の提案を真剣に考えた末、一つ頷いた。
「わかった。固く約束しよう。口約束じゃあ信用出来ねーと思うから、一応言っておく。オレの家系は、忠誠心が強いんだ。ワンナの直系に仇なすことはあり得ない」
約束をするにあたり、信用出来る要素を教えてくれる。
でも、それもまた口頭で言われても、真実味はない。
「狼には詳しいか?」
「狼? 詳しいってほどではないですが……群れを作り、一夫一妻型な肉食獣ってくらいですね。“男は皆狼”という言葉がありますが、一夫一妻型で一途なので、間違った表現だなって思います」
「一体その言葉を誰が、幼いお前に聞かせたのやら……」
うんざりしたような険しい顔になるアルトさんは、多分お父さんのことを頭に浮かべているに違いない。
お父さんなら、五歳児でも娘に注意のために言いそうだけど、流石に言われていなかった。
前世で耳にした言葉である。異世界共通の言葉なのね。
「群れを作る狼だが、しっかりと序列がある。一番上がアルファ。つき従うべきボスな。それの下が、ベータと続くわけだが……つき従うとは言え、嫌なら群れから離れる。生き残るためにはな」
「はあ……?」
話の流れから、つき従う忠誠が強いって言うのかと思ったのに、真逆だった。首をこてんっと傾げてしまう。
「でも、オレの家系はずっと同じ群れに属して、付き従ってきた。その歴史が忠誠心を示し、誇りだ」
「……同じ群れ?」
わざと決定打な名前を出さずに会話をしていたけど、はっきりと言ってほしくて、聞き返す。
少しだけ、躊躇して、目を逸らすアルトさん。
それでも、答えることにしてくれた。
「……ワンナが創設した【カエルム】だ。創設時には、属していた」
「ワンナの代から……?」
「そうだ。ならず者だったが、キャットリーナ姫に勧誘された経緯で、ずっと組織に属していた」
秘密組織【カエルム】が創設した時には、もう属していていた家系。
しかも、私の前世の前世のキャットリーナが、勧誘したのか。
その子孫とこうして出逢うとは、奇妙な巡り合わせだこと。
「ワンナがボスだった時代から属している居場所だ。だから、その初代ボスだったワンナの直系に仇なすことはしない。300年も前から続く忠誠心は、誇りだ。獣人族についての知識はあるか? 誇りを重視する生き方を種族なんだが」
「会ったことはありませんが、本の知識ではそう書かれていましたね」
「会ったことならあるぞ。今目の前にいる」
またニヤリと笑みを吊り上げたかと思えば、アルトさんの頭の上で髪がスッとはねた。いや、違う。耳が生えたのだ。
そして、後ろの方から、ふさっとした毛が広がる尻尾を揺らして出した。
白銀色の狼の尻尾と耳が生えてきたのだ。
白目の部分は黒に染まって、水色の瞳が怪しい光りを宿している。
「オレは、狼型の獣人族だ。誇りにかけて、固く約束してやる」
「……わあ」
エルフのレイチェルさんに引き続き、また別の種族に会っていたのか。
目を見開いたあと、パチパチと目を瞬かせる。
「変身出来る種族だとは、知りませんでした……」
「オレは、クオーターだからな。これは半獣人姿だ。獣人姿もある」
「へえ……」
つまり、今の狼耳状態と、全身毛だらけ状態にもなれるのか。
じとーっと、後ろからはみ出ている尻尾を凝視する。
「……なんだよ?」
「……いえ。どういう仕組みなのかと思いまして」
「仕組み?」
「尻尾はどうやって出てくるのかと……。ズボンを穿いているのに、どうして出てくるのか、不思議でして。だって、普通に生えてくるとなると、やっぱりズボンから出てこないじゃないですか。あと、耳ですね。狼耳の方はすんなりと出てきますが、人間の耳もそのまま残ってます。機能してますか? 聴覚、二倍ですか? 魔法世界のご都合設定ですか?」
「オレの種族の特徴を、ご都合設定と言うな。食いつきすぎだろ……」
「子どもはなんでも疑問に思ったことを、口にしてきますよ? 私は子どもですので」
「そんな堂々と自分を子どもと言われても、自称に思えてならないぞ」
「自称とは酷いですね……正真正銘の五歳児なのですが」
「お前と話をしていると、そうは思えなくなるんだよ……現在進行形で」
胸を張って言い退けたら、自称と受け止められてしまった。酷い。
なんか頭痛でも覚えたみたいに、ぐりぐりとこめかみを押すアルトさん。
「ズボンは元々、切れ目が入っているヤツを穿いているんだ。獣人変化の時、パワーアップするからな。いざって時に本領発揮するために変化するのに、ズボンの中で尻尾が窮屈になってちゃ困るだろ」
「なるほど、切れ目ですか……。尻尾用の切れ目から出てくる、と」
「真剣な顔で獣人のズボン事情を覚えられるのは、なんとも言えないんだが……まぁいい。あと耳だが、人間の耳の方は飾り同然となる。獣耳の方から、音を拾う。結局のところ、魔力を消費して出しては、変化するモノだ。魔力の消費量は、微々だがな」
「なるほど…………」
「……」
アルトさんが頭の上を撫でるようにして、狼耳を消し去ってしまった。
尻尾も消えたし、瞳も戻っている。
じとーっと、見つめてしまった。
「……見たいのか? 獣人姿」
視線の意味を正しく受け取ってくれたアルトさんに、コクコクと頷いて見せる。
肩を竦めたけれど、アルトさんは要望に応えてくれた。
ぶわっと肌は、毛に覆われる。白銀だ。
鼻先は突き出て、鋭い目付きの狼顔の獣人の姿となった。
ファンタジーらしい、もふもふ姿の変身に感動して、私の目は、輝いたに違いない。
「かっこいいですね……!」
「……。もういいか?」
「人間の姿が、通常の姿なのですか? 【ギア】のように、変化はパワーアップモードとなるのですか?」
「そうだ」
スッと、アルトさんは花が散るように白銀を剥がして、人間の姿に戻る。
そんなアルトさんを見つめて、笑みを深めた。
「……お兄さんは、いい人ですね」
「は? ……なんで?」
「私の好奇心に応えて、すんなりと見せてくれたので」
「……話を進めたかっただけだ」
褒め言葉として受け取りたくないみたいで、ムッとした顔をしたアルトさん。
「そのお兄さん呼び、やめてくれないか? 初めてそう呼ばれるし、違和感しかねーな……」
「そうですか? では、アルトさんと呼びます」
「……」
お兄さん呼びに慣れないアルトさんのために、名前呼びに変更したのに、まだ納得いかないって顔を歪ませている。
「さん付けもだめなんですか?」
「……呼び捨てしかされた覚えがねーな……。周りは年上ばっかりだし」
「なら、そのうち、後輩が出来て、さん付けや先輩呼びされるのでは?」
「それは当分ねーな。オレは、去年の13歳で実力を認められて、特攻部隊に属する許可をもらったばかりだ。特攻部隊は殺しもやるべき任務が多いからな。精神的な面を考慮されて、通例では入隊が認められるのは15歳からだから……普通に考えて、後輩だろうがさん付けも先輩呼びも、気持ち悪くてされたくはねーな」
…………?
「……アルトさんは、今、14歳なのですか?」
「あ? ああ、そうだが?」
「…………そうですか。おとなびてますね」
ちょっと、棒読みになってしまう。驚きのあまり。
「その反応は、オレが老け顔だとか言いたいんだな?」
ひくり、と口元を引きつらせるアルトさんは、お怒りだ。
どうやら、心当たりがあるらしい。
「いえ、その……結構な長身ですし、その、えっと、ええ……眉間にシワを作らなければセーフです!」
「顔を背けて何をセーフと言ってんだ!?」
老け顔回避には、そのしかめっ面による眉間のシワを取り除くべきだ!
顔を思いっきり逸らして、ちょっと声を上げてしまった。
若くても、15歳だと思ったんだ。誤差ではあるけれど、17歳と言われても信じられる外見だもの。びっくりした。
「もう、呼び捨てにしてくれ。あと、素で話していい。歳が上だからって、敬語は要らねーよ。本性で話せ。その方がいい」
腕を組み直したアルトさんは、窓辺にふんぞり返る態度で言い放つ。
「本性で話せって……本性を隠しているみたいに言わないでください」
「隠していないって断言出来るのかよ?」
「うっわぁ……物凄く疑っている顔をするんですね……」
物凄く怪しんだしかめっ面をした。そして、胡散臭いって今にも言いそうである。
「まあ、ここまで大人びた子どもだと、可愛げないと思われるとは理解していたので……あなたの反応も無理ないですね。頑張っているのですがね、年相応な子どもの言動」
「頑張っている時点で、年相応じゃねーし、可愛くねーな」
「辛辣」
人の努力をそうやって一蹴するなんて、酷い少年だ。
後ろを振り返って耳をすますけれど、まだお母さんは呼びそうにない。まだ編み物に夢中なのだろう。
話を進めないと、あっという間に昼食の時間になっては、呼びに来る。
「お言葉に甘えて。いい人であるアルトの、獣人としての誇りと、歴史ある忠誠心を信じるわ。他言無用でお願い」
足を組んで、その上に組んだ手を置いて、私は背凭れに身を預けた。
「それが素か」
「さあね。これが楽だとは思う」
家族と話す時の喋り方とは、また違った気楽な喋り方。そして、姿勢。
素かどうかは、断言が出来ない。
キャットリーナの話し方が素だと言えるのか、前世の話し方が素なのか、前世の影響であろう今の気楽な喋り方が素なのか。正直なところ、わからない。
他言無用の約束を果たしてもらうために、これからアルトの疑問を解決するための話をしよう。
2024/07/19




