定員二名の熱帯林ツアー
「……やっべ、見失ったわ」
悲報、サルバドールの痕跡を見失った。どうしよう。
そこから先は……お前の祈り次第だぜ! じゃねえんだわ。普通に痕跡追えなくなっちまったよ。
おかしいな……あれだけ重い装備で歩いてるのにな……?
なのにこう、ほら……夏の森だからさ……下草が結構酷くてな……足跡とかも思ってた以上に目立たなくてな……気が付いたらサルバドールどこ行ったのかわかんなくなっちゃった……へへへ……。
「へへへじゃねえわ……! クソ、諜報部隊の頭だってことを忘れてたぜ……! この程度の痕跡を隠すのは朝飯前ってか……!」
慌ててスニーキングモードからバタバタ捜索モードに切り替え、物音も足音も形振り構わない全力の追跡を始める。
ロレンツォの看護に時間を取りすぎたせいで、さすがに離されすぎちまった……いや、でも目的地はわかってるんだ。サンライズキマイラだ。それを目指していくだけなら誰でもできる。それこそ俺にだって難しくない。これは本当だ。嘘じゃないよ。ちゃんとできるから……。
だから……問題ない。サルバドールが俺を撹乱しようと横道に逸れようが、最悪でも先回りにはなる。
とはいえ最善は追いつくことだ。さっさと森を探し回って、サルバドールを見つけ出そう。
剣を振りながら草や蔦を払い、未踏の森を進む。
時に水筒の水を飲み、ジャーキーを齧り、ケンさんのお菓子を齧り、道中で見つけた果実をつまみ食いしたり……。
何時間かフラフラと彷徨って、森の景色が少しずつ移り変わっていくうちに、俺はようやく目的の人影を発見した。
「おや、結局私を追いかけることにしたのか。ふーーーむ……?」
そして、俺としては今もまだ森の木陰に隠れているつもりではあるのだが……どうも離れた場所に立っているサルバドールは、俺の存在を感知しているらしい。顔も向けているので居場所もバレている。……隠れているつもりもなかったが、姿を現すか。
「よう。なかなか隠れるのが上手いじゃねえか。結構苦労して探したんだぜ、サルバドール」
これで、ようやくご対面だ。さあ、現れたのはやたらと荷物を背負ったギルドマンだぜ。どうだ、反応に困るだろ。
「ふーーーむ……? 隠れる?」
「ロレンツォの所からお前を追いかけてたんだが、どの辺りで気づいてたんだ? 今後の参考までに教えてくれよ」
「……? 君の気配自体には早々に気付いていたが、特段隠れたつもりなどはないのだが……もしや途中で追跡を中断したのは、増援を呼びに戻ったわけではなく……? その時は冷静な判断かとも思ったのだが……」
……あっ。
ひょっとして……俺を撒こうとか、そういうことは一切してなかった感じですか……?
普通に森を進んでて、俺が勝手に迷ってた感じ……?
「……いや、私も長年隠密の指導に携わっていたのでね。不慣れなこの地でも自然と気配や痕跡を消していたのかもしれない。君はそのせいで私を見失ったのだろう」
「やめてくれ。わかったよ。俺の追跡能力がヘボだってことはよーくわかった。フォローはしなくてもいいぜ……」
「……すまないね」
なんかサルバドールが可哀想なものを見る目で俺を見ている気がする……。
やめろ。お前らのそういう情けはいらねえ……。
「単独で私を追ってきたのかな」
「ああ、一人だよ。安心してくれ。他に誰も呼んじゃいない」
「ふーーーむ……どうやら、無茶をしているというつもりはないようだね」
「サンライズキマイラと闘いに行くのかい?」
「うむ。ちょっと魔物討伐をしに、奥地までね。プレイヤーの、いや、ギルドマンのマネごとさ。君も一緒に来るかね? それとも、帰るかね。私は、どちらでも構わないよ」
「驚いた。ここで俺を見逃してもいいのか」
「私は先を急いでいるのでね。君くらいならば、別にどうでも」
一瞬呆気にとられたが、いや違うなと思い直す。
こいつから滲み出る殺意……なんとなくだが、魔力に乗って匂ってくるぜ。
「嘘だね。お前は油断した俺なら仕留めるのが楽になると考えるタイプだろ。背を向けて退却を選んだ途端、俺が気を抜いたタイミングで刺しに来そうだ」
「ははははは、酷いな。間違ってはいないがね……フフフ」
サルバドールは何が面白いのか、しばらく兜の中で笑っていた。
「……ここは既にバロアの森の深部だろう。地形も植生も変わり始めている。まるでサングレールともハルペリアとも違う異国のようだ」
確かに、この辺りの風景は既にガラリと変容している。
バロアの樹木はかなり太い大木が立ち並び、木々の間隔は広い。植物は熱帯を思わせる蔦植物が幹を這い、時折バナナのような木も聳え立っている。
これから更に奥地に行くと、実際に実をつけるバナナなんかも結構あるんだよな。小さくて曲がりの強いバナナだ。種が多いし甘さもほとんどない芋みたいなバナナなので、あまりありがたくはないのだが。
「そして……昔、サングレール軍がこの地を開拓しようとした痕跡も、わずかに見て取れるね」
「ああ、遺跡だな。お前たちの敗北の歴史だよ」
「手厳しいね。だが間違ってはいない」
注意深く地面を見ていると、時々遺跡のような建造物の成れの果てが地面に転がっているのがわかる。サングレールの人間が森を切り開こうとして建てた石造りの何かだろう。しかし開拓は失敗し、サンライズキマイラの怒りを買って速やかに廃墟となってしまった。
バロアの森の奥地はハルペリアとしても不干渉な部分が多いので、遺跡は手つかずのまま残っていることが多い。
「苦渋の痕跡だが、先人の遺したものだ。感慨深くなるよ」
「そうかい」
「……君はサングレールとハルペリアのハーフのようだが。ハルペリアに思い入れはあるのかな?」
敵のくせに、サルバドールはどこか遠慮がちに尋ねてきた。
「腐っても母国だぜ。好き勝手侵略してくるサングレールと比べりゃ、それなりにはな」
「その髪色では酷い差別も受けるだろう。それでも?」
「まあな。けど、人生長く生きてりゃ変な奴の数十人、数百人には出くわすだろ。悲嘆に暮れるほどのことでもねえよ」
「ふーーーむ……強い心を持っているね……失礼、そういえば訊いてなかったね。君の名前は?」
「モングレルだ。ハルペリアで一番強いギルドマンだよ。このブロンズの3は気にすんな」
「なるほど、モングレルというのか。いい名前だ。知っての通り、私はサルバドール。後光のサルバドールなどと呼ばれているよ。サングレール内での強さは、そうだね。五指には入るだろうか。強い者同士、よろしく頼むよ」
「よろしくさん。短い間だけどな」
「ハハハハ、確かに」
サルバドールは笑い、森の奥へ歩を進めた。
「さて。もう少し、森の奥へと進んでいこうか。せっかくここまで来たのだ。私も君も、この地から学び取るべき歴史はあるだろう」
「歴史ねぇ……」
「死ぬのは勉強してからでも遅くはないだろう? お互いにね」
淡々と話すサルバドールに隙はない。その気になれば、今この瞬間からでも殺し合いができる。そんなヒリついた気配に満ちている。
……サンライズキマイラの縄張りは、まだもうちょっと先になるだろう。しばらくはまだ、歩かせてやっても構わないか。
けどメシやトイレといった、こっちにとって都合の良い隙を見せたら問答無用でバトルに入らせてもらうぜ。俺としては別にこのあたり、武士道精神はないんでね。
「ま、構わねえよ。俺も歴史の勉強は嫌いじゃないからな」
「それは良かった。では、行くとしようか。歩きながら、森での気配の消し方についても少し教えてあげよう」
「うるせえな、それは別にいらねえよ……」
「ハハハハ。なに、覚えておいて損はない」
こうして、俺とサルバドールは森の奥に向けて歩き始めた。
互いに十分な距離を置きながらの、殺気に満ちたハイキングのスタートだ。
俺は別に疲れねえから心配すんな。
でもそっちは俺以上には疲れるだろう? だからまあ、好きなだけ歩いてくれよ。その分こっちが有利になるからな。
けどハイキングに飽きたら遠慮なく言ってくれて構わない。
さっさと決着をつけるのも、それはそれで俺の好物だ。
いずれにせよ、もうお前を見逃すことはない。
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