1937年1月28日午後2時16分―同日午後2時57分
「国防は相対的なものであるから、無条約状態になっても必ずしも急激なる建艦競争が惹起するものではない。ことに我が海軍としては英米等に先んじて新なる建艦計画を立て建艦競争に口火を切る様なことはせぬが、東亜の安定勢力として国防の安固を期し得るだけの十分なる兵力量を保有することは絶対に必要であるから、英米の建艦計画に対して深甚の注意を払い、これに対応するだけの決意と用意は常に持っていなければならぬ。ただ航空力の充実・兵器の整備等は国防力充実上急務であるから、これがため将来海軍予算の多少の増加は免れぬ、しかしこの国防力の充実はやがてわが海外発展の後楯となり、国力伸暢を促進する結果となる」
――永野修身
1937年1月28日午後2時16分
東京府麹町区霞ヶ関二丁目 海軍省 二階 海軍大臣執務室
「宇垣大将、そちらに座って下され。
少々散らかっていて、申し訳ありませぬな」
そう永野海相に伝えられ、応接用のソファーを指差されたので、言葉通りに座る。
そして部屋を見渡してみると、確かに木箱やら書類の束を入れた荷などが部屋の隅に置かれていて、散乱しているというわけではないが身綺麗とは言い難い。
大臣が私の眼前に座ったのを見計らって、話を切り出す。
「……何故、このように書類を整理しているので?」
「廣田さんの内閣が辞職しましたからね。
以前宇垣大将がこちらを訪ねた……3日前ですか? その時から考えていたことではあったのですが。良い機会ですし取越し苦労に終わろうとも、多少片付けねばと思い……恥ずかしながらこのような有様になっております。
一年近く使っていると、流石に色々と溜まりますからな」
「左様ですか」
これは大臣交代を見据えて身辺整理をしていた、と捉えればいいのだろうか。
まあ、どうせ今日相談しに来たのは私の内閣での海軍大臣のことだ。本題に関わる事項であるが故に、聞いてしまうか。
「――ということは、永野さんは海軍大臣をお辞めになるお積りで?」
「いや、それはどちらでも構わないですよ。
海軍の総意としては、ある程度宇垣大将の要望を聞いてから、新任の大臣を調整すると決まりましたので」
「海軍の総意とは?」
「将官会議です」
海軍将官会議か。軍の重鎮が集まるという意味では、陸軍の三長官会議や三次長会議に近いものがあるが、そちらよりもよく言えば流動的で柔軟、悪く言えば上層部の都合で骨抜きにされている。
「……私の要望と言うと、例えばどのようなことを?」
「まあ、海軍大臣を誰にするのかという要望など……ですね。
流石に非現役の軍人を現役に復せ、などと申されると余程の事由が無い限りお断りさせていただきますが、そのような状況に相当する無謀な人事で無くば、ある程度折衷することは可能です。
勿論、特定の現役将校を名指しで希望するのであれば、そのように調整致しますし、ある程度特性やら希望する人物像などをご教示頂ければ、我々側で見合う人物を選定することもできますよ」
……何というか、破格の条件である。
本来海軍が独自に握っている海軍大臣の選任権限をある程度私に配慮するというのは、明らかに私が陸軍との対立姿勢を鮮明にした以上の意図が含まれると推察できる。
「……それは随分と、私に対して都合の良い条件ですな。
何か裏がありますね?」
私がそう言えば、永野さんはうっすらと笑みを浮かべたこう話す。
「いやはや、宇垣さんには構いませんな。
……陸さんのおかげで、廣田内閣が倒れてましたからな。そのおかげで本年度予算案が帝国議会で通過する前に内閣ごと葬り去られてしまいました。
宇垣さんには、廣田さんにお渡しした予算案と同程度のものを議会で通すと約してくれれば、全面的に協力いたします」
……建艦予算目当てだったか。しかも本来は通せるはずであった予算の追認ときた。
出来るか出来ぬかで言えば、そこまで難しくはない。そもそも廣田さんは通そうとしていたのだから、そのまま踏襲すればいいだけなのだから。
全く海軍の面々は、要求の仕方が非常に上手い。決して難しいことではなく、でも確実に利益を得ていく。
しかも、それを陸軍のように自分の意向に沿わなければ大臣を出さないという強硬姿勢ではなく、全面協力をしないという言い回し。おそらく私がここで首を振ったとしても海軍大臣は表向き出すのだろう。
「本年度予算案と言いますと……新型戦艦2隻を基幹とした艦隊整備計画のことですな?」
「ええ……マル3――『第三次海軍軍備補充計画』では、おっしゃる通り新型の戦艦2隻、そして航空母艦2隻の建造を予定しております」
戦艦と航空母艦。それぞれの兵器に関する知見は、所詮陸軍軍人であるため目の前の海軍軍人を唸らせるほどのものを有しているわけではない。
だが、異なる艦種を等量用意するというやり方については、大いに知見がある。
「異なる大型艦を複数建造するということは……用兵に関して海軍部内で意見が割れましたかな。
で、妥協の産物として両方建造することに決めた、とかですかな」
「――まあ、それについては否定はしませんが。
しかし、それよりも英米の将来の建艦計画を見越して、という面が強いですね」
そう言われながら、部屋の隅に積まれた資料から抜き出されたメモ書きのような2枚のガリ版を手渡される。
そこには『イギリス海軍の1936年度建艦計画』と題されており、その下には建造予定の艦種と私には詳しくは分からぬが特徴などが書かれている。
「1937年中に戦艦5隻と航空母艦4隻を起工……ですか」
「ええ。更に付け加えるならばそのうちの戦艦2隻は既に今月の初頭より建造が開始されているとか」
確かに、これに対抗するのには戦艦2隻、航空母艦2隻という『第三次海軍軍備補充計画』は素人意見ながらにも必要に思えてしまう。
そして次のページへと捲れば、今度はアメリカの建艦計画が記載されている。
「……おや、こちらは航空母艦1隻で、戦艦の建造は無いのですか」
「日付をよく見てください。この資料――『ヴィンソン・トランメル法』において定められた米国の建艦計画は3年前の、1934年付のものですよ。ですから、この資料はまだ軍縮条約締結下での制限された整備計画でしかないのです。
にも関わらず。小型艦を含めれば100隻以上の建造に着手しています。そう遠くない将来に大型艦の大量建造も始まるでしょうな」
「……そして、それは英国の計画をも凌駕する程の規模である、と。そう仰りたいわけですね」
既に現実の脅威として、まだ我が国では予算が通っていない建艦計画の倍量の建造が開始されることとなっているイギリス。そして、未だ軍縮条約の範囲内で建造しているにも関わらず100隻単位で新造艦艇を造ることができるアメリカ。
それを考えると、軍縮条約を破らない方が良かったのではないだろうかと考えてしまうが。まあ主力艦比率6割では厳しいのだろう。米英と対抗すると考えれば技術力では叶わないが故に、戦術で補填するしかないがその戦術の流動性を持たせるにはやはり数の要素は重要だ。それはおそらく陸でも海でも一緒のはず。
「一応話しておきますが、私はアングロサクソン国家と戦争をするつもりはなく、親善を深めたいと考えておりますけれど、その辺りは問題ないのでしょうか」
「確かに我が海軍は、米英を仮想敵にしておりますし戦えと言われれば最善を尽くす所存です。
彼等米英を友邦とするのであれば、我々は行政府の長である宇垣大将に従いますよ。というか、米英と戦力比が開いてしまえば彼等は間違いなく我が日本を足元に見るでしょうから、外交上対等に振る舞うためにも海軍の拡充は早急に対処すべきかと思いますが」
永野さん……いや、海軍か。こういうところは本当に上手い。
もし陸軍で同じように仮想敵たるソ連と親善を深めるなどと言い出したら、即刻主流派から外されかねない。
そこを私の意を汲み取りつつ、それでも海軍力が外交交渉での立ち回りに必要と述べられれば、海軍の拡張も吝かではないと考えてしまうように仕組んでいる。
そしてこの莫大な海軍予算を認めるということは、陸海軍の予算均衡の観点から陸軍側にもほぼ同額の拡大が認められるという利点がある。
……まあ、軍拡についてはある程度認めざるを得ないか。対ソ戦略上の観点からも現有戦力では不足なのは私も思わぬところが無い訳でも無い。非戦に努めると言って相手から挑まれたときに対抗出来ぬのでは話にならない。
問題は仮想敵を鑑みれば必要最小限の軍備かもしれぬが、我が国においてはそれが相応の負担になることである。
そこまで考えた上で、一言。
「予算につきましては、廣田さんが計上したものから多少変えるやもしれませぬが、その場合には相談致しますし、原則として現行踏襲で進めたいと思います。
……それで宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論。
――では、海軍大臣は如何に?」
ここで出てきたのはあの料亭『幸楽』での一件。返す返すもあそこで皆の意見を聞いておいて良かった。だからこの言葉が出る。
「まず陸軍部内の強硬派の一部が、近衛公や平沼議長との結び付きを強めております」
石原莞爾氏は越境将軍の林君を首相に擁立して、陸相に板垣君を付けることを目論んでいるという話であった。また近衛公や平沼議長もそうした満州派の動きを恐らく阻害しないだろうとも。
そんな彼等と水面下で連携している人物が、海軍内にも存在する。艦隊派の重鎮であり、現在は軍事参議官に就いている――そして目の前の永野さんに先輩にあたる人物。
永野さんは深く頷き私の言葉を遮る。
「――末次大将ですな。分かりました、そこは避けましょう」
話が早い。
そして、このような僅かな情報だけで人物を推定できたということは海軍内でも陸軍の末次海相擁立工作について、ある程度出回っていたことが分かる。
陸軍強硬派と艦隊派の連携は、海軍主流派ですら警戒する程の現実味を帯びたものであったということだ。
そして、永野さんは二の句を継げる。
「では、どのような人物を所望で?」
そう問われて少し考える。
私としては海軍の現役将校の知己は少ない。予備役や退役した者らならある程度知っているのだが。
しかし、絶対条件として先に挙がった末次さんのように陸軍の強硬派に与する人物を充てる訳にはいかない。いや、そもそも強硬派でなくとも、陸軍を引っ掻き回すことのできる人物を海軍大臣に就けるつもりはない。
しかし、かといって無為で無力な人物を据えられるのも困る。陸軍とは対立姿勢を鮮明にしたからこそ、海軍にはどっしりと構えてもらって私のことを支えて貰わねば。
そういった意図を込めて、私は次のように語った。
「……まあ、恥ずかしながら我が足元の陸軍が荒れる予定ですので。
出来れば、海軍には確たる人物をお出しいただけると大いに助かるのですがね」
私がそう言えば、永野さんは少し考え込むような所作をしてこう告げる。
「成程。
そういうことであれば、此方もとっておきを出すことも吝かではありませぬな。
只今、連合艦隊司令長官をやっております米内君――米内光政をお出ししましょう」
海軍大臣 米内光政。
残り大臣級人事――外務・大蔵・内務・司法・文部・農林・商工・逓信・鉄道・拓務――10名。
※用語解説
海軍将官会議
海軍省外局。海軍内部の重要事項を審議する。議長は海軍大臣で、常設議員として、軍令部総長・横須賀鎮守府司令長官・海軍次官・艦政本部長・軍務局長の5名が置かれ、その他に海軍大臣が必要と認めた臨時議員(将官・将官相当官)を臨時議員として任ずることができる。また佐官であっても必要に応じて議事に参与させることもできた。
第三次海軍軍備補充計画
ロンドン海軍軍縮条約並びにワシントン海軍軍縮条約が失効(1936年に日本脱退)したことにより、建艦に関しての国際条約が存在しなくなってから初の建艦計画。
新型戦艦(後の大和型)2隻、航空母艦(翔鶴型)2隻を含む66隻(大和型の防諜から水増しされた架空の偽装艦含む)の新造艦艇と、14個航空隊の増設が盛り込まれ、期間は6年、費用は9億円超の大軍拡の計画であった。
ちなみに1936年度の陸海軍予算の合計が10億8000万円程度で、この建艦計画だけで既存の陸海軍の維持予算とほぼ同額となる。
イギリス海軍の1936年度建艦計画
軍縮条約失効後にあたる1937年より起工が開始されるイギリス海軍の建造計画(仮称)。キング・ジョージ5世級戦艦5隻とイラストリアス級航空母艦4隻を基幹とする。いずれも、日本脱退後の第二次ロンドン海軍軍縮条約(1936年3月締結)の制限要件を満たす。
(本計画は『新標準艦隊【The New Standard Fleet】構想』と呼称される英国の10年がかりの艦隊整備計画の初年度にあたるが、本呼称についての確たる資料に辿り着くことが出来なかったため本作では用いず便宜的な呼称としている。また『新標準艦隊構想』内の建艦計画も一部計画・起工のタイミングの整合性が取れていないので、本作においては1937年に起工された大型艦をまとめて1936年度の建艦計画とした。)
ヴィンソン・トランメル法
アメリカの軍縮条約期間中(1934年)の建艦計画。正式名称は「ワシントンおよびロンドン条約による制限までの海軍艦艇の建造に関する法【Construction of Certain Naval Vessels at the limits prescribed by the treaties signed at Washington and London】」。航空母艦ワスプを基幹として軽巡洋艦2隻、駆逐艦14隻を含む100隻以上、予算年7600万ドルを費やす建艦計画。ただし軍縮条約の範囲内の計画。
(ちなみに、アメリカの本格的な海軍の拡張には1938年5月に成立する海軍拡張法【The Naval Expansion Act of 1938】を待つ必要がある。)