第6話(シャノーラ視点)
私はもう、ボロボロ泣きながら、命がけの覚悟で集中した。
……そしてなんとか、結界を張りなおすことに、成功した。
これぞ、火事場の馬鹿力という奴だろう。
すぐに、伝令がやって来て、魔物の大軍が、復活した結界を前にして、渋々と引き上げていったと報告した。衛兵も、私も、ホッと息を吐く。侍女だけは、状況がよく分かっていなかったのか、相変わらずのほほんとした態度で、言う。
「なんだかよくわからないですけど、良かったですね~、シャノーラ様。お疲れ様……です。一息ついて、また、お菓子でも食べますか~?」
「食べるわけないでしょ! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿っ! もういいから、あんたたち、全員出て行きなさい! 一人で集中させて!」
「は~い」
そして、侍女と衛兵は、神殿を出て行った。
……はぁ。
これでやっと、一人で集中して、祈りを捧げることができる。
それにしても、お姉様がいなくなって、たった二日で、この騒ぎとは。
そうよ。
二日。
まだ、たったの二日。
その二日で、私はもう、身も心もボロボロだ。
疲れた。
家に帰って、ベッドで、ゆっくり休みたい……
でも、休めない。
今だって、一瞬でも集中を切らしたら、またすぐ、結界が消えてしまう。そうなったら、トボトボと引き返してる魔物の大軍が、大喜びでこっちに向かってくるに違いない。
いったいいつまで、この、苦しい日々が続くの?
知ってる。
私は、それを知ってる。
聖女の任期は、十年だ。
……嘘でしょ?
こんな生活が、あと十年も続くの?
お姉様なら、やれる。『天才』のお姉様なら、お昼寝をし、適当に遊んで、おやつを食べたりしながら、のんびりと十年間、役目を果たすことができただろう。
私は?
私に、そんなことができるの?
無理だ。
できるはずがない。
しかし、今更投げ出すことはできない。
お姉様がいなくなった今、この国で一番高い魔力の持ち主は私だ。
私以外に、国を守るほどの、広範囲の結界を張れるものなんて、いない。
だから、やめられない。
どんなにやめたくても、やめられない。
絶対に、やめられない……
今になって、やっと悟った。
『特別な役目』を果たすには、『特別な才能』が必要なのだ。
凡人が、分不相応な役目についても、生き地獄を味わうだけ。
偽りの聖女は、私の方。お姉様こそが、真の聖女だった。
これまでのことで、心の底から思い知った。
お姉様と私の、圧倒的な格の違いを。
私、もう二度と、お姉様と張り合おうだなんて思わないわ。
自分の身の程が、嫌と言うほど分かったから。
い、今すぐ、お姉様に帰ってきてもらわないと。
……どうやって?
お姉様のことだから、聖女の役目から解放された嬉しさで、国を出た後、いったいどこまで行ってしまったのか、見当もつかない。
ああ、せめて、お姉様を追い出すような形じゃなくて、ちゃんとお別れをしておけば、国を出て、どこに向かうつもりかを、教えてくれたかもしれないのに。
すぐ近くには、港がある。お姉様が定期船に乗り、別の大陸に行ってしまった場合は、もう、どうやったって、見つけ出すことはできないだろう。
あまり遠くに行かず、隣の国あたりでぶらぶらしてくれていることを祈るしかないが、お姉様が国を出てからもう二日も経っているから、その可能性は低いでしょうね……
ああああ。
どうしよう。
どうしよう。
もう、どうしようもないかもしれない。
でも私は、一縷の望みをかけ、衛兵を呼び、お姉様を捜索するように、頼んだ。……姉から聖女の座を奪っておきながら、すぐにギブアップ寸前となり、追い出した姉に泣きつこうとしている私を、衛兵は、これ以上ない蔑みの目で見た。
恥ずかしかった。
でも、馬鹿にされても、仕方ないと思った。
だって、私、馬鹿だもの。
ごめんなさい、お姉様。
私、馬鹿だから、やっとわかったわ。いつも、しつこく勝負を挑んで、最後には必ず私が勝てたのは、お姉様が、適当なところで手を抜いてくれたからなのね。
ふと、子供の頃の記憶が、頭に浮かぶ。
その日も私は、しつこくお姉様に勝負を挑み、そして、根負けしたお姉様が、困ったような笑顔を浮かべて、こう言ったのだ。
『参った参った、もう降参。私の負けよ。シャノーラは、本当に強いわね~』
幼い私は、ふんすと胸を張り、小さな体で目いっぱい背伸びをする。
それから、長身のお姉様を下から睨むようにして、言葉を返した。
『当然よ! 私の方が、お姉様より、ずっと優秀なんだからね!』
不遜極まる生意気な私の頭を、お姉様はニコニコと微笑んで、撫でた。
そして、誰よりも優しい声で、『そうね、あなたが一番よ』と言ってくれた。
うう……
ううううう。
ごめんなさい。
ごめんなさい、お姉様。
両方の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
私は、子供のようにぺたんと座り込み、声をあげて泣いた。
そして、神殿の天窓から、遠い空を眺めて、叫んだ。
「お姉様、ごめんなさい~! 本当の一番は、お姉様よ! だから戻って来て~!」




