6話
部屋を出て、廊下を歩く。
(……許可、もらえた)
条件付きではあるけれど、それでも大きな一歩だ。
自然と足取りが軽くなる。
そのまま角を曲がったところで、ちょうどアンナと目が合った。
「お嬢様」
「アンナ、ちょうどよかったわ」
私は小さく微笑む。
「少し手伝ってもらってもいいかしら?」
「……手伝い、でございますか?」
わずかに首を傾げるアンナ。
「ええ。掃除と、少しの修繕を」
一瞬だけ、間。
アンナの表情に迷いが浮かぶ。
けれどすぐに、静かに頭を下げた。
「かしこまりました」
◇◇◇
最初に向かったのは、使われていない書庫の一角だった。
扉を開けた瞬間、わずかに埃の匂いが漂う。
「……やはり、ここもね」
本棚には薄く埃が積もり、窓も曇っている。
「アンナは、棚の上のものを軽く整えてくれる?」
「はい」
アンナが動き出すのを横目に、私はそっと息を整える。
(あまり目立たないように、自然に)
意識を空間に広げる。
埃の位置、空気の流れ、湿気。
ひとつひとつを把握する。
「……整え」
小さく呟く。
すると、棚の隙間に溜まっていた細かな埃が、ふわりと浮き上がり、音もなく一箇所へと集まっていく。
アンナの手が、ぴたりと止まった。
「……お嬢様」
「何かしら?」
振り返ると、アンナがこちらを見ている。
けれどその視線は、私ではなく――空中に集まった埃に向けられていた。
「いえ……」
言葉を飲み込むように、首を振る。
「続けてちょうだい」
「……はい」
アンナは再び手を動かし始めたが、その動きは先ほどよりも少しだけ慎重になっていた。
(見えているわよね)
けれど、止めはしない。
隠しきる必要もない。
ただ──騒ぎにならなければいい。
集めた埃を窓際へと寄せ、小さく外へと流す。
そのまま、窓へ視線を向ける。
「…綺麗になれ」
薄く曇っていたガラスが、すっと透明さを取り戻す。
差し込む光が、ほんの少し強くなった。
「……すごい、ですね」
ぽつりと、アンナが呟く。
私は少しだけ肩をすくめる。
「便利でしょう?」
「はい、」
けれどその声は、どこか戸惑いを含んでいた。
「アンナ、このあたりに他にも気になる場所はある?」
「……っ、はい!」
一瞬遅れて、声が返ってくる。
「この先の廊下も、少し……」
◇◇◇
廊下を歩きながら、私はふと足を止めた。
(……これ、少しずつやっていたら終わらないわね)
視線を巡らせる。
まだ手の入っていない場所が、いくつもある。
アンナもそれに気づいたのか、不安そうに口を開いた。
「お嬢様、ここが終わり次第今日は…」
「いいえ」
私は小さく首を振る。
「全部、やってしまいましょう」
「……え?」
アンナの動きが止まる。
私は静かに目を閉じた。
(出来る。……やれるはず)
意識を広げる。
廊下、部屋、天井、床。
この屋敷全体へ。
空気の流れ。
埃の位置。
歪みや劣化。
記憶にある“以前の屋敷の姿”との差をなぞり…
すべてを“掴む”。
「……っ」
身体の奥が、ぞくりと震える。
魔力が、一気に巡る。
「お嬢様……?」
遠くで、アンナの声。
けれどもう、意識はそこにはない。
「──整えなさい」
その一言。
次の瞬間。
空気が、変わった。
屋敷全体に、見えない波が広がる。
壁の歪みが戻り。
床の軋みが消え。
埃が一斉に集まり、消えていく。
軋んでいた扉が静まり、
曇っていた窓が光を取り戻す。
まるで───
最初から壊れてなどいなかったかのように。
すべてが、“あるべき形”へと整えられていく。
静寂。
そして。
「……終わり」
ゆっくりと目を開ける。
世界が変わったかのようだった。
隣でアンナは言葉を失っていた。
一歩踏み出した瞬間、わずかにふらついた。
その揺れに気づいた瞬間、アンナが駆け寄ってくる。
「お嬢様!もう、お休みになって下さい」
「ええ、そうね。少し休むことにするわ」
(……ちょっと、やりすぎたかも)




