ファーストコンタクト~逃げられたけど(千里と桃香)
こうして、西へ西へと走ること十日間。
「全然景色が変わらないわ」
「同じところを回ってるんじゃないですよね?」
「違うと思うわ。ね、キキ」
「キュイ」
「ララも、先導ありがとう」
「キュイ」
「ねえ、桃ちゃん、そろそろ食材が尽きそうなのよ」
「尽きたら?」
「野生動物、野生魔物を取るしかないわ」
「倒すのはいいんですけど、調理はちょっと」
「結局、調理はうまくならなかったしね」
「あはははは。ですよねー」
「キュイ」
突然キキが鳴く。
ララが身構える。
「どうしたの?」
二匹は警戒しながら歩いて行く。
千里と桃香はその後ろからついて行く。
カキーンカキーン!
と、金属音がする。
千里と桃香はこそこそっと、草の陰から覗き込む。
「あ、ホーンベアの群れだね」
「そうですね。春になって冬眠から目覚めたんですね」
「やせ細っておなかすいてそうだもんね。そりゃ人間ですらおいしそうに見えるわ」
「うーん」
桃香が指をなめて風向きを確かめる。
「こっちが風下でよかったです」
「で、どうする? 騎士がひーふーみーの六人と、姫様みたいな騎士が一人か」
「ホーンベアも六頭いますね」
「うーん。獲物の横取りはマナー違反だしね」
「でも、困っていたらどうします?」
「声をかける?」
「そうしてみます」
二人はこそこそと近づいて行き、そして、千里が立ち上がった。
「こんちわー。何かお困りですか?」
「え? 千里さん、そんな声の掛け方……ほら、ホーンベアがこっち向いたじゃないですか!」
「姫、この隙に撤退を!」
「「え?」」
ホーンベアは六頭とも完全に千里と桃香をロックオンしている。
「「ええー?」」
「桃ちゃん、逃げよう!」
「逃げるってどうするんですか? 熊六頭ですよ。追っかけてきますよ」
「あー、もう、こうなったら、ラミ様ルミ様直伝! ゼロ距離アイスランス!」
ザシュザシュザシュ……
「ふう。今の、見られてないわよね?」
「はい。あの人らはもう逃げた後だし、誰も近くにいないと思います」
「まあいいわ。これ、どうしようか。食料の危機だったとはいえ、熊六頭」
「燃やします?」
「そうしないと、魔物が寄ってくるわよね」
「今日は、ここでキャンプします? 熊の解体をしながら」
「解体、好きじゃないのよ」
「時間をかけるからいけないんですよ。とりあえず、一体ずつやりましょうよ。のこりは凍らせておいて」
「わかったわよ。桃ちゃん、あっちの五頭凍らせておいて。私、こっちの熊、キキたちと一緒に木にぶら下げて血抜きするから。でも、冬眠あけでおいしそうにも見えないのよね」
「脂が少なくて健康的かもしれませんよ」
千里は、熊の足に紐をかけ、それを木の枝にかけてキキとララに引っ張らせる。これにより、熊が逆さにつるされる。
首の血管を切れば血が抜けるはず。
同時に、熊の皮をはいでいく。いわゆる、つるし切りだ。
「角、いるんだっけ」
「それが討伐証明らしいですよ」
「じゃあ、切っておくね。後は、皮と肉しかいらないわよね。頭とか内臓とかは穴を掘って燃やしちゃうわよ」
「お願いします」
二人は、二頭目、三頭目と処理をしていく。
「食材が減っててよかったわ。荷物として持って行けるもんね」
「それに、キキとララのご飯にもなります」
五頭目、六頭目と処理をして、
「終わったー」
「疲れたー」
「ちょっと休んでからご飯の準備しようか」
「はーい」
と、腰を下ろして休憩する。
実はキキとララはあんまり食べない。というか、実際のサイズが小型犬くらいのサイズだ。なので、たくさん用意しても余る。
「この皮と肉って、売れるのかな」
「売れるんじゃないんですか?」
「でも、街まで行かないとだめだよね」
「はい」
「あとどれくらいか」
「でも、人がいたから、そんなに遠くないと思いますけど」
「そうだよね。今日は、ここで休もうよ。キキ、おいで」
「ララもおいで」
二人は、キキとララに包まれて寝た。
翌日、半日も歩いたところで森が途切れた。
「やっとでたー」
「はー、ひざしが明るい!」
二人は周りを見渡す。
草原が広がっている。ところどころに木々が生え、さらにその向こうには畑と建物がぽつらぽつらと見えた。
「ねえ、あっちに村があるよ。行ってみよう」
二人は駆けだした。
村に近づくと、様子がわかってくる。村人が集まって畑で作業している。
春先ということもあって、皆で畑の準備をしているのだろう。
二人はそこへ近づいて行く。
が、村人が先に気づく。
「ま、魔獣だー」
「逃げろ! 早く家に!」
「「あっ」」
「「キュイ」」
キキとララがしっぽを垂らして落ち込む。
「仕方ないよ。キキとララのせいじゃないから」
千里はキキをなでて慰める。
「まあ、荷物もありますし、仕方ないので、このまま行きましょう」
桃香もララをなでる。
二人は、誰もいなくなった村に入る。
いや、いる。皆、家の中に入って、そっとこっちを伺っている。
千里と桃香は、村の中央の広場にたどり着くと、
「すみませーん。熊の肉を買ってもらえませんかー」
と、大声をあげる。
桃香は、キキとララをわしゃわしゃしている。
すると、一軒の家から女の子が出てくる。
「こ、これ、出てっちゃだめだよ」
母親が追いかけてくる。が、途中で止まっておろおろする。
「その子達、怖くないの?」
「うん。怖くないよ」
「へー、かわいいね。触っていい?」
「どうぞ」
と千里が言うと、女の子はキキとララを触りだす。
「えへへ、あったかーい。気持ちいいー」
よくよく見ると、まだ春先の肌寒い季節なのに、女の子は薄手だ。
「お嬢ちゃん、寒くないの?」
「ちょっと寒いけど、走れば暖かくなるし、おうちの中は火を焚いているよ?」
「そっか。じゃあ、お嬢ちゃん、この子達と仲良くなってくれた記念にこれをあげよう」
千里は、熊の毛皮をとり出す。
「え、これ、くれるの?」
「うん。この子達と仲良くしてくれたの、お姉さんもうれしいんだ」
「ありがとう! お姉ちゃん」
遠巻きに見ていた母親の方へ女の子は走っていく。
「お母さーん。これもらったー」
すると、キキとララが怖くないと悟った母親が女の子をつれて戻ってくる。
「あの、こんなたいそうなものもらっては……」
「いいんですよ。昨日、六頭も倒しちゃったんですけど。重たいし、熊肉ばっかりじゃ飽きちゃうしで」
「熊肉、六頭分ですか?」
「はい、冷凍してあるので大丈夫ですよ。しかも、ちゃんと血抜きもしました。冬眠あけなので、脂がのってなくてあっさり味だと思いますけど、いかがですか」
「えっと、買わせていただきたいのはやまやまなんですが、この村はあまり裕福じゃなくて」
「うーん」
千里と桃香は互いの目を見て、
「うん。お母さん、四頭分くらい、この村でもらってください。私達は二頭分で十分なので」
「え、そんな、いけません。買える範囲で買わせていただきます」
「じゃあ、熊肉をあげるので、その代わり、道を教えてください。って言うか、ここどこですか?」




