43、私の居場所
エーベルの方が猛獣な気がする。
翌日、ほぼ夜通し致しておきながら、早朝から出勤したエーベル。
猛獣相手のお仕事だから、出勤自体は勿論問題ない。
睡眠不足で怪我しないだろうかとかの心配は多少あるけれども、それ以上に問題なのは、私はヨレヨレであるのにも関わらず、エーベルはルンルンでご機嫌良く、まるでスキップでも踏みそうな軽い足取りで出て行ったことだ。
猛獣よりも猛獣調教師の方が体力凄いとか初めて知った。
いや確かに、猛獣以上の体力なければ調教師としてはやっていけないのか?
そんなことを考えながら、私は身体を引き摺るようにしてお昼頃王城へ向かう。
決して栄養不足な訳ではないのに、ヨタヨタとしか歩けない。
道行く人々に不審げな眼差しを向けられてしまい、仕方なく裏通りをゆっくりゆっくり歩くしかないのである。
悲しい。
猛獣としてのプライドがちょっと傷つく。ちょっとね。
今朝エーベルと入れ違いで出勤してきたお手伝いさんに『ヴァーリア様専用湯浴み』で身体を洗われながら、「狼型ヴァーリア様専用のお部屋でお寛ぎ頂くようにと、ご主人様から仰せつかっております」と言われたのでしばらくゴロゴロしていたけれども、即暇になったので、ペガススに会いに行こうと思い立った訳だ。
決して番に会いに行く訳じゃない!うん!
そんな直ぐに寂しくなるなんてガラじゃないし!
自分の部屋から持ってきたいものとかもあるし!
だから、だからね!!
よく分からない虚空に言い訳しながら、私はヨタヨタ目的地を目指す。
まだ結婚してないけど、日々のスキンシップにより番という意識が強くなり、エーベルが傍にいないと何となくソワソワするようになった。
成る程、父がほぼ母の傍を離れない理由がわかった気がする。
一旦テコテコと自分の部屋に向かうのにお城の裏口から入ると、次兄の匂いがした。
挨拶位してくかー、なんて思い、次兄の匂いを辿って広い裏庭をフラフラ行けば、そこには次兄はおらず、次兄の婚約者さんのみがベンチに座って本を読んでいた。
……あれ?
キョロキョロ見回してみたが、やっぱり婚約者さんのみ。
すると、一匹佇む狼に気付いたらしく、婚約者さんがその場でぎこちなく立ち上がり、私に向かって挨拶をしてくれた。
「……ヴァーリア様、でしょうか?おはようございます」
父や長兄がお供も連れずにこんなところでフラフラしている訳はないし、次兄は傷があるし、弟はこの時間人型だし、妹は新居にお引っ越し。
消去法の疑問形とはいえ私達を見分けるなんて将来有望だ。
「……そうです、おはようございます~!私にはお構いなく、お邪魔しましたーっっ!!」
私は早々にその場から退散する。
一人休んでいるのに、私の相手をさせたら可哀想だ。
うん、察した。
レナド、あんた……!!相手は猛獣じゃなく、一人のか弱い人間の女性だよ?あんなに遠くから匂いがわかる程マーキングして……鬼畜!!足腰ガクガクしてたじゃん!!
負けず劣らずヨタヨタしてる私は、思い至った。
……ん?ってことは、今会ったのが鼻の利かない一般人だから良かったものの……万が一、父か兄妹に会ったら、私とエーベルの昨夜の情事もバレバレだということか?
全身がぶわっと逆立つ。
恥っず!!何それどんな羞恥プレイ!?
いやいや無理無理無理無理!!
私は慌てて身体をよいしょとUターンさせ、自分の部屋にすら寄らずにエーベルの屋敷までえっちらおっちらと言葉の通り、尻尾を巻いて戻るのだった。
***
それから結局、私はほぼ王城に戻ることはなかった。
妹の屋敷であれば、お互い様と割り切って番の匂いをプンプンさせつつ会うのが当たり前になったが、この状態で父や兄弟と会う気にはさらさらなれなかった。
とはいえ、城でのイベントや弟にねだられた時なんかは顔を出すようにしていたから、その前日はエーベルに頼んで発散は勘弁して貰った。
けれども、発散自体は気持ち良くて麻薬のようにやめることが出来ず、毎日イチャイチャする日々が続いた。
発情期でもないのにイチャイチャするのはもっと違和感があるかと思ったが、人型ですることが多いからかそこまで異常に感じなかった。
因みに発情期になると私の身体は妊娠してしまうので、結婚すれば、発情期の期間こそ本番はお預けという謎の逆転状況に陥いるようになる。
私達は半年間の婚約期間を経てから結婚することが決まったが、それまでとりたててやることのない私は、エーベルのお仕事に邪魔にならないよう付き添ったり、中央の街をパトロールしたりという日を過ごすようになった。
また、婚約してか三ヶ月目の頃には、エーベルと私は東国へ仲良く先方のご指名で呼ばれて足を伸ばした。
皇帝の世代交代の式典に呼ばれたのである。
後継者は第一皇子で、我が国で問題を起こした第四皇子はあの後国境を越えて東国に入り次第、ドラゴンに襲われて側近共々殺されたらしい。
東国で過剰な歓待を受けつつ、エーベルがその能力を見込まれて引き抜きにあいそうになったりと様々なことがあったが、東国とはこれからも良好な関係を築けていけそうでホッとした。
私達が東国から帰国する際には、ドラゴンが現れてエーベルに鞭を返却したり、無事に卵から孵った子供を見せてくれたり、背中に乗せてくれたりと、本当に「ドラゴンの恩返し」という貴重な体験をしたりした。
そんな感じで月日は流れ、更に三ヶ月後。
私達は私が楽に人型になれる夜に、ひっそりと身内だけの結婚式をあげたのだった。
エーベルは孤児なので、親族席にはドスランテを筆頭に、猛獣調教師ならびにエーベルのお弟子さん達が並んだ。
ついでに、友人席には北の森へ一緒に調査へ向かった隊長や副隊長の姿もあった。
「ヴァーリア様、いつも美しいですが今日はまた一段と美しいです」
エーベルは私の前で片膝をつき、私の手の甲に恭しくキスを落とす。
ああ、これ狼型でやられて「お手じゃん」って思ったやつだ。
私が思い出し笑いをすると、エーベルが顔をあげて、まるで眩しいものを見るかのように目を細める。
愛しさに溢れたその視線を一身に浴びて、私の鼓動は速まった。
ああ、この人しかいない。
この人が、私の番なのだと改めて感じた。
結婚式の最中は変態のなりを潜めたエーベルと、私はその日やっと、身体を重ねたのだった。




