40、閉幕と英雄
その音を目掛けて……第四皇子の下、椅子の代わりをしていた四角い箱目掛けて、エーベルの鞭がしなる。
それは物凄い早さで、通常の人間では微動だに出来ないスピードだ。
狼型ならまだしも、人型の私はその鞭より早く動いていたから、何とかなったもので。
「皇子!危ない!!」
誰もが、私が第四皇子を迫りくる鞭から守ったように見えただろう。
本当は、エーベルが箱を奪うのに、邪魔な第四皇子を退けただけだけど。
私は身体全体を第四皇子に投げ出すように抱き付いた。全体重をモロに食らった皇子は、私を抱き止めたままバランスを崩し、椅子からずり落ちる。
護衛騎士が慌てて「大丈夫ですか、皇子!?」的な言葉を投げ掛けた時には、四角い箱はエーベルの手の内にあった。
エーベルは自分の大事な武器である鞭を四角い箱に巻き付けたまま、ドラゴンに投げつける。
「~~っっ!!」
第四皇子は何かを叫んだが、その箱を心得たようにキャッチしたドラゴンは、鞭を咥えてその場からあっさりと退場した。
誰もが呆然とドラゴンが飛び立った空を見上げている中、
「~~っ!!~~っっ!!」
第四皇子だけは護衛騎士に何かを叫び、真っ青な顔でコロシアムから出ようとした。
それを、身体中に傷を追ったエーベルが、東国の言葉で話し掛けて引き止める。
二人が言い合い……一方的に第四皇子が怒鳴りつけ、それに対してエーベルが返答をしているだけの形ではあったが、父が最後に介入して、第四皇子は何かを言い捨ててコロシアムを去って行った。
「良かったねぇ、ヴァーリア。エーベルの勝ちを第四皇子が認めて終わったよ」
いつの間にか横に長兄が立ち、エーベルと第四皇子の会話の流れを教えてくれた。
第四皇子ははじめあの箱をエーベルが奪ったことに激昂していたらしいが、器物を破壊しても文句を言わない約束をしたことと、「ドラゴンが持ち去ったのですから、第四皇子が返すように命じれば問題ないかと」と言われて黙るしかなかったらしい。
ドラゴンという後ろ楯がなければ、東国において第四皇子の継承権の順位は再び下がる。
彼にとっては私との婚約云々よりも、ドラゴンを再び支配下に置くことの方が優先事項にあたる為、エーベルが私との婚約を明日発表することを伝えれば、「好きにするが良い、余は本日帰国させて頂く」と言い捨てたらしいので、これで漸く何の心置きなく、予定通りにエーベルとの婚約発表がなされることとなった。
目の前で、父がエーベルの手を上に上げて勝者宣言を行えば、それまで成り行きを見守っていた観衆がワッと湧き上がった。
「エーベルハルト様、素敵過ぎる……!」
「猛獣調教師様って、皆あんなに格好良いのかしら!?」
「あんなイケメンで強い人なんて、この国にいたのね」
民衆がエーベルの話題で盛り上がっているのを聞いて、そうだろうそうだろうと鼻高々になる私。
まぁ、皆は知らない情報を追加させて頂きますと、変態、なんだけどね?
「ヴァーリア、少しは俺達も頼れよ」
後ろから声がして振り向けば、そこにはエーベルと同じくボロを纏ったような状態になった次兄がいた。
「ちょ、ちょっとその姿、どうしたの!?」
「どうしたって、ヴァーリアが探し物してる間の時間稼ぎに加勢してたんだよ、俺」
「そうだよ、頑張ったよね~」
どうやら、私がせっせとドラゴンの弱点を探している最中、長兄が第四皇子に交渉して、催し物として更に盛り上げる為に次兄も飛び入り参加でドラゴンと闘ったらしい。
既に頭に出来た傷で随分と凛々しいのに、更に傷を増やしてどうするんだ。
「いや~、ドラゴンと闘うなんて機会まずないから、楽しかったわ」
「マジかー」
私は尻尾巻いて逃げる一択なのに、次兄は違うらしい。
まぁ、次兄は私達の中でも一番戦闘が好きなのだけど、婚約者がいるのに自重しなかったのだろうか?
……と思っていたら、一人の女性が涙目でパタパタと次兄に走り寄ってきた。うわ、めっちゃ可愛い。
「し、心配したんですよっ!!早く怪我の処置をさせて下さいっ」
「これ位大丈夫だって。相変わらず心配性だな~」
とか言いながら、婚約者の女性を抱き締める次兄の鼻の下は伸びきっている。
「ヴァーリア様」
「エーベルっ!!」
エーベルの優しい声がして、私は振り向きざまエーベルに抱き付いた。
きゃあ、だのおお、だの悲鳴や歓声が聞こえるが、今は気にしない。
エーベルは、私とドラゴンの為にめちゃくちゃ頑張ってくれたんだから。
「エーベル、お疲れ様!!」
「ヴァーリア様も、ありがとうございました。お陰様で無事に、ドラゴンへ卵を返せました」
エーベルはそう言って、微笑んだ。
***
第四皇子がどうやって手に入れたのかはわからないが、ドラゴンは自分の子供を人質に取られていたから、言うことを聞いていたのだ。
ドラゴンを最初に見たエーベルは、ドラゴンが何かを伝えたがっていることに直ぐに気付いたそうだ。
恐らく、ドラゴンもエーベルが猛獣調教師であることに直ぐに気付いたのだろう。
エーベルが観察したところ、ドラゴンはメス。
しかも、昔読んだ文献の通りであれば、産卵直後の特徴を備えていたという。
私が聞いた音が、卵の殻を内側から叩く音だと気付いたエーベルは、卵をドラゴンに渡せば彼女が自由になることを予測したらしい。
「エーベル、鞭はお父さんの形見じゃなかったの?」
確かに、卵剥き出しだったり四角い箱のままだとドラゴンは抱えにくかっただろう。
エーベルが鞭をそのままにして渡してあげたからこそ、ドラゴンはもたもたせずに颯爽と飛び立つことが出来たのだ。
エーベルの鞭は、腰の左右に一本ずつあるのが常で、見慣れた姿の右側が空になっているのを見ると、少し物悲しく感じた。
鞭が嫌いな私ですらそう思うのだから、エーベルの喪失感たるやそれ以上だろう。
「まぁ……鞭一本でドラゴン達を助けられたのだから、よしとします。ドラゴンは、受けた屈辱と同じ位、受けた恩も忘れないらしいですよ?いつかドラゴンの恩返しとか万が一にもあれば、是非お友達になって頂きたいものですね」
エーベルはすっきりとした顔で言う。
「……そっか」
確かに、父親の形見がエーベルの命を救ったのだと考えれば……。
「それに、まだ九本ありますしね」
「……はい?」
私はぎょっとして聞き返す。
「おや?ヴァーリア様はご存知なかったですか?父が残した鞭は、十本あるのですよ」
ゾワゾワっと毛が逆立つ。
知らんがな!!じゃあ、二本だと思っていた私の敵は残り九本だってことかい!!
いらん情報で、敵増えた!!
でもまぁ、形見には違いないし……と私が口を尖らせていると、エーベルは笑顔で「それより、ヴァーリア様があの男に抱き付く必要はございましたか……?」と聞いてきた。
ヒイイイイイ!!目が!目が笑ってないよ!!
「今晩はお仕置きですね」
コワーッッ!!
ガクブルする私をエーベルはひょいと横抱きにし、先程からエーベルに激励や歓声を送っていた観客達に片手を挙げて挨拶をする。
勝利宣言をした時以上の大音声が会場内を埋めつくし……ドラゴン対人間という決闘のショーは幕を閉じた。
***
結論から言うと、私はお仕置きされずに済んだ。
その日はエーベルの健闘を称える晩餐会が急遽催されたからだ。
明日の主役達は流石に引っ込んだが、ご来賓の友好国の大使の方々がかわるがわるエーベルに話し掛けては絶賛して去って行った。
そしてエーベルは、何故か各国の言葉で貴賓の方々と挨拶を交わしていた。どうやって学んだのか聞けば、「私のところに弟子入りした者達に、調教師として教える代わりにそれぞれの国の言葉を習ったのです」と笑って答えた。
エーベルが平民だと言うことは誰もが知るところだが、堂々とした立ち振舞いといい、マナーも所作も王侯貴族と何らかわりなく、隣に私がいなければエーベルに娘や親族を紹介しようとする輩が国内外問わずわらわら湧いた。
エーベルが事ある毎に私の腰を引き寄せるので、言葉がわからなくても「今牽制したな」と何となくわかるレベルだが。
エーベルが穏やかに話す声が心地よくて、私は目を瞑ってエーベルに寄り添う。思えば、今日は緊張のしっぱなしだった。エーベルがこうして無事でいてくれるだけで、幸せなことなのだと改めて気付かされた。
だから緊張の糸が切れたのだろう、そのまま……寝た。




