39、決闘開始
「これはこれは……我が婚約者のヴァーリア……殿下?」
何で疑問系なんだよ。
翌日、私は、狼型だと全く誰だかわからなくなる自称婚約者に早速イラァッとした。
王城内のコロシアムは、街の人達も自由に出入り出来るとあって先程から大歓声が場内に響き渡り、正直耳の良い私には雑音が酷くてかなり辛い。
目の前にいる第四皇子の声ですらも、聞き取りにくい状況だ。
第四皇子は見物客の中でも特等席に陣を構え、天幕やら椅子から日除けやら何から何まで派手な装飾が施された自国の品を揃えて寛いでいた。
第四皇子の座る椅子……というより、四角い箱にしか見えないベンチの横には東国から来た二人の護衛騎士が帯刀……どころか、何故か剣を抜いて立っている。
いやいや、他人の国でその態度はおかしいだろ。
第四皇子は護衛騎士の抜刀に対してどう考えているのか軽く聞いてみたら、「ああ、ドラゴンがもし万が一私の指示に従わなかったら危ないですからね。彼らは何時なんどき、何が起こっても私を守れるように準備しているだけなので、お気になさらず」と宣った。
手懐けている設定何処いった!?
まぁ、本当にドラゴンが暴れ出した場合は観客を守らなければならないので、コロシアムの場内と観客席の間に、猛獣の甲羅を磨いて透明に加工された対衝撃に優れた万能シールドが上下から張られる予定だから、問題はない筈だ。
多分。……多分。
コロシアムは天井がないので、もしドラゴンが何処かへ行ってしまったとしても補償はしないことと、ついでに第四皇子がこのコロシアムに持ち込んだ器物を万が一エーベルが破壊したとしても罪に問わないことを、エーベルが第四皇子に対して父を証人として承諾を受け、第四皇子は万が一ドラゴンがエーベルを死亡若しくは一生残る障害を負わせたとしても責任は問わないことをエーベルに承諾させた。
決闘と言えども、人間対ドラゴンであるから当然ドラゴンが圧勝する筈だ。
だから、エーベルが敗北宣言をした時点で第四皇子の勝利となる。
けれども、第四皇子は残酷な性格らしいので、恐らくエーベルをなぶるだけなぶらせておいて、敗北宣言すら出来ない状態にして殺すことを考えているだろう。
ただラッキーなことは、第四皇子は相手をいたぶるのが好きな上、昨日ドラゴンに芸をさせたことといい、目立ったり注目を浴びるのが好きなのでサービス精神が旺盛だ。
だから、こんなに詰め掛けている観客を見れば、ドラゴンにあっさりとエーベルを倒せという指示は出さないだろう。
「ではこれから、両者の決闘を開始する」
父が高らかに宣誓し、幕が上がる。
ワアアアア、という歓声とともに、ドラゴンがエーベルへと一直線に羽ばたき、エーベルは鋭い鉤爪を鞭でいなしてかわした。
……は!?え!?思っていたより容赦なくないか??
もしかすると、想像しているよりずっと早く勝負を畳むつもりなのかもしれない。
私は焦りつつ……そのまま、ドラゴンとエーベルの対峙に目を奪われている群衆から抜けて、第四皇子に与えられた客室へと全速力で駆けた。
***
エーベルとドラゴンの対峙中、私は第四皇子の部屋の前で警備をしていた東国の人達を気絶させ、室内に入って様々なものを物色する。
ない……ない!!
昨日の音を頼りに探したが、何処にも見当たらずに焦る。
エーベルが時間稼ぎをしている間に、私が探して持って行かなければならないのに。
焦っても仕方ない、とにかく見つけなければ話にならない。
私は耳と鼻を全集中させて怪しいところをしらみつぶしに探したが、やはり第四皇子の部屋にはありそうになかった。
……何故、ないのだろう。
あれがないと、ドラゴンが言うことを聞く訳がない。
だから、失くしてはいない筈だ。
もしかすると、普段から……持ち歩いて、ドラゴンに見せつけている?
いや、第四皇子は手ぶらだった。
護衛騎士も、それらしきものは抱えておらず、手に剣を持って……ん?何で、手に剣を持っていた?普通、護衛は主人に危険が及ばない限り、抜刀しない。
抜刀すれば、護衛自身が間者であると間違われかねないからだ。であれば、彼らは第四皇子の指示で抜刀している。何で?それは──!!
私は自分の部屋に駆け込み、急いで適当な服を見繕った。
第四皇子の身辺を調べないといけないが、狼型よりも人間型の方が近付きやすいだろう。
狼型で近付けば、下手をすると警戒されてしまう。
廊下をコロシアムに向けてダッシュしていると、コロシアムからワアアアア、という大きな歓声が上がった。
決闘はどうなっているのだろう?
早くしないと……!!
半泣きになりながら、私はコロシアム近くの空き部屋に転がり込んで人型をとり、必死で着替える。
何で人間は服を着るんだ!!着ている時間すらも勿体無くて、私は苛つきながら着替え……ビリ、と音がした。
……え?
普段から着替える練習をしておけば良かった、と思ってももう遅い。
もう一着予備を持ってくれば良かった、と思ってももう遅いのだ。
無理矢理乱暴に間違えたところへ袖を通したらしく、結果ドレスの肩から胸元まで大きく破れてしまった。
このまま行って大衆に胸を見られたとしても、問題はない。
だが、胸を露出した格好で行ったとして、第四皇子はどう感じるだろうか?誘惑していると思われればまだいい。問題なのは、警戒され……。
「姉様、こっちに着替えて下さい。手伝いますわ」
「……え?ど、どうしてここに?」
ヴィーニルが、私のドレスを手にして部屋の中に入ってきた。
「姉様があの調教師の決闘を見ないで何処かへ行くなんておかしいでしょう?」
妹は普段から人型をとっている為、手際良く私をリードしながらドレスを着せていく。
しかも、私が手にしたドレスより格段と着やすいドレスを選んでくれたようだ。
「あの調教師を助けるんですよね?姉様が東国の皇子の部屋を物色していたのを見た時は何事かと思いましたが……はい、終わりました」
「ありがとう!後で説明する!」
妹の助けであっさりとドレスを着た私が廊下に出れば、そこには弟が狼型で待機してくれていた。
「姉様、急いでるのでしょう?ほら、乗って!」
「……ありがとう!」
涙目だった私の瞳から、涙が溢れた。
それも、風が後方へと流してくれる。
「あの調教師の為っていうのは気に食わないけどさ。あいつが死んで、姉様が泣くのはわかりきってるし」
「うん……うん、本当にありがとう」
私よりも早く走れる弟にしっかりと捕まって、コロシアムに到着する。
ドレス姿で会場内に戻れば、誰よりも早くエーベルと目が合った。
ドラゴンの炎のブレスをお見舞いされたのか、きらびやかだった衣装がところどころ焦げている。
右の太腿には鉤爪に引っ掛かれたような傷があり、血が流れていた。
エーベルの傷ついた姿を見て唸りそうになる感情を必死で押し止めて、私はそうとわからないように第四皇子を指差す。
エーベルは深く頷いた。
全く打ち合わせ通りにいってないのに、心が通った気がした。
気付けば、ドラゴンも私を見ている。
私が第四皇子に近付けば、「これはこれはヴァーリア殿下!やはりそちらの姿の方が何倍も美しいですね!」と歓迎ムードで出迎えられる。
肩を抱かれて、私の腕に鳥肌がゾワッと立った時、ドラゴンが一際大きな咆哮を上げた。
ビリビリとした空気を揺るがす振動に、それまでずっと騒がしかった観客席がシン、と静まり返った時。
コツ、コツ、という堅いものを叩くような、例の音が会場内に響いた。




