23、あわあわお風呂
「……ヴァーリア様、本当に……あの、本当にそのままのお姿で良いのですか?」
「……んー……だって今、夜だもん。狼型になるの、大変なんだもん」
エーベルが、町に戻る直前で一度狼型になる様私にお願いしてきたので、ペガススから降りた私は一度意識して狼型に戻った。猛獣隔離室でペガススに御礼を言って管理者に後を頼み、二人で宿に戻る。
宿には隊長はおらず、副隊長が待機してくれていた。隊長は例の賊達を一網打尽に向かい、グデーラ伯爵の屋敷も既に掌握したらしい。
「ヴァーリア殿下、ご無事に戻られて良かったです……!!陛下が明日か明後日にでも到着される様なので、今日はゆっくり休まれて下さい。陛下に事の顛末をお話する際はどうかご列席して頂けないでしょうか?」
副隊長にそう言われて、私は自分の尻尾だけがぼわっと膨らんだ気がした。
「……え?父様が来るの……?」
うわあああっっ!!
大事な任務中に自分の慢心で拉致されてしまったんだから、怒られるんだろうかっ!!
そりゃ軍隊まで動いて総動員で昼夜問わず探させて、元の目的に支障をきたしたんだから怒られるに決まってるね!!
「陛下と、皇后陛下もいらっしゃる予定です」
今度は全身が逆立った。
母までが。
いやぁ……あの人、いつもおおらかで小言言わない代わりに、本気で怒ると怖いんだよな……。
しゅんと耳と尻尾が力なく垂れ下がり、俯く。
「迷惑掛けて、ごめんなさい……」
私が謝ると、副隊長は慌てて手と首を振った。
「いいえ、こちらの配慮が足らなかったのです。私達の不手際で大事な王女殿下が危険な目に遭われたので、私達はどんな罰でも受ける覚悟が出来ております」
「貴方達が罰を受けない様に私から父上に進言するね」
私がそう言えば、副隊長は苦笑した。
確かに、普通の王女が拐われていたら軍隊の処罰は免れないだろう。けれども私は普通の王女ではない。
むしろ軍隊を先導していかなければいけない立場におり、そんな私が自分の能力を過信して一人で突っ込んだのだから、どう考えも私が悪い。
歴代の先祖返りの王族達が、猛獣の本能が勝って暴れたという記述も今まではなく、それらを隊長達に予見しておけというのも難しいところだ。
私が疲れているだろうから、という事で一旦話は終わり、私とエーベルはエーベルの部屋に向かう。
「どうぞ、ベッドの上で少し横になっていて下さい」
腕捲りをしたエーベルは、『ヴァーリア様専用湯浴み』に早速湯を流し入れながら、びしょ濡れな上に泥で汚れた私にそう言った。
そんな事したら、今日エーベルの寝る場所がなくなってしまう。
「もう人型になって良い?」
「え?それは……」
私はエーベルの返事も聞かず、狼型から人型に戻った。
もの凄く我慢していたけど、全身が濡れていると身体を振って水滴や汚れを跳ばしたくなるのだ。
だから、人型の方が良い。
それに、こちらの方が毛がなく洗いやすいし面積が狭いし、ベッドでなく椅子でも休める。
「ベッドじゃなくて椅子借りるね」
身体に巻き付けていた毛布を軽く畳んで椅子に乗せ、ぶかぶかのエーベルのコートを肩から掛けたまま、私は椅子に座って膝を抱えた。
人型であまり椅子に座る事もないから、公の場でないとつい癖で足も椅子に上げてしまう。
「……っ!!」
エーベルが慌てる気配がしたが、文句を言われないのをいいことにそのまま眼を瞑る。
暖かい部屋に湯気が広がり、それだけで気持ち良くて、睡魔が襲ってきた。
どうやら自分で思っていた以上に緊張していたみたいだ。
まぁ、あのまま売られていたら無事では済まなかっただろうから、緊張するのが当たり前なんだろうけど。
眠気をとばすために、私は入浴準備をしてくれているエーベルに声を掛けた。
「……エーベルは、何で私の場所がわかったの?」
「ペガススだけを離して、ヴァーリア様を空から見張らせていました」
「成る程」
だから、拉致されたその日に現れるなんて芸当が出来たのか。
それにしても、調教が難しいとされるペガススを手綱すら握らず自由に飛ばせて更にまた自分のもとに戻って来させるなんて、エーベルの猛獣調教師としての腕前はやはり上等らしかった。
ヴァーリア様、準備が出来ましたよ、と言われて椅子の上で半寝していた私は寝惚けたままふらふら立ち上がり、湯船の中へ身体を沈ませ顔だけ上に向け、首を湯船の縁に引っ掛け再び瞼を落とした。
久しぶりのお湯だー気持ち良いーこのまま寝て水死しそうー。
「っっっっっ、ヴァーリア様っ……!!」
荒い鼻息と慌てふためいた様なエーベルの声と共に、湯船の中の身体の上にタオルの様なものが広げられる。
「……んー?」
エーベルのコートは間違えて湯船の中へ入れてない筈。
薄目を開けると、上を向いた私の顔の目の前に、エーベルの端正な顔がドアップで反対側から覗き込む。
「……ヴァーリア様。わ、私は一応男なのですが……っ!!それも、ヴァーリア様をお慕い申し上げていていつもヴァーリア様を犯すことばかり考えている私にその様な無防備過ぎるお姿をさらけ出されるなんて……襲われたいのですか!?」
うん?狼型でも全身洗われているんだから、人型で洗われても今更じゃない?
……というあくまで個人の感覚を口にしようとして、やめた。
私達狼兄妹は、母から口酸っぱく狼型と人型の違いを認識する様に諭されている。
狼型で良くても人型では駄目な事、そしてその逆は沢山ある。
だから、今回の入浴に関して言えばそれがOKな訳がないのだ。
先日、夜にエーベルの部屋から出る時に狼型になってから出たのと同じ配慮が必要なんだ。
私、一応王族なんだし。
でも、もう指一本動かすのもしんどい程疲れているんだよ、私は。
二人きりの時位、許して欲しい……と思ってしまった気付いた。
私はエーベルに対してかなり甘えん坊なのだ。いつからだろう?……出会った頃からな気がする。
「……明日さぁ、両親が来るんだって。エーベル、私の恋人って事で紹介して良い?」
「……えっ……」
「エーベルさえ良ければ、私の恋人になってよ」
エーベルは、自分の頬をつねった。……前にもあったな、その反応。
「一生、大切に致します」
エーベルは真面目な顔で言った。……頬をつねったまま。
私は笑って言う。
「じゃあ、性交渉は結婚してからね。恋人とのキスとタッチまでは許されてるから……このまま身体洗って?」
「……は、い……ではちょっと、石鹸を変更して参りますね」
エーベルは狼型の私専用だったらしい石鹸を下げ、エーベルが普段使っているらしい石鹸を持ってきて、洗い布でたっぷり泡立てる。
少し爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、私は何だか嬉しくなった。
「……エーベルの匂いだね。明日は一緒の匂いだ」
「……っ」
私は仰向けに寝そべっていた身体を起こして膝を抱える。
エーベルは十分に泡立てた洗い布を私の背中に伸ばし……ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ヴァーリア様、本当に……あの、本当にそのままのお姿で良いのですか?」
「……んー……だって今、夜だもん。狼型になるの、大変なんだもん」
だからはよ洗って下さい。ちゃっちゃと洗って下さい。
「……はっ!!わかりました、これは直ぐにヴァーリア様を助ける事が叶わなかった私への新手の拷問ですね……!甘んじてお受け致します……!!」
エーベルは意を決した様に、私の首から背中、肩から背中へと布を滑らす。その度泡が汚れを包み込み、身体を清めてくれていくのがわかる。べたべたした身体が、徐々にさっぱりとしていく。
「……続いて首と腕を、失礼致します……」
エーベルは丁寧に丁寧に、けれどもピカピカに磨いてくれた。
「最後足ねー」
「は、はいっ……!……え?最後?」
「え?」
「いえっ失礼致します……」
ん?……まさか、人型なのに全身を洗わせる、なんて思ってないよな?
……まさかな?
エーベルが足を洗ってくれた後、「ありがとう、後は自分でやるからエーベルもお風呂入っておいでよ」と宿屋の風呂へ追い出そうとしたんだけど。
「あ、今は無理です」
エーベルはその場で前屈みになって、そっちは向いてませんよアピールした。
今日もエーベルの股間は元気だった。




