12、スーパーテクニック揉み揉みタイム
エーベル!?何故エーベルがっ??
心臓をばっくんばっくんさせながら、私はエーベルとおじさん二人の会話に聞き耳を立てる。
「ヴァーリア様……ってああ、昼間聞いてきた狼の姿をした第一王女殿下か。いや、来てないよ」
おじさんはそう言ったが、エーベルは引かなかった。
「そうですか……しかし先程、こちらからヴァーリア様の声が聞こえた様な気が致しまして。ヴァーリア様はこちらの芝居小屋にかなり興味を惹かれていらっしゃいましたし、一度立ち寄られているのではないかと思ったのですが……」
「遠くから見てもあんな大きくて立派な銀狼、流石に見逃す筈ないだろうが」
おじさんが豪快に笑うと、エーベルもやっと「それもそうですよね」と苦笑し相槌をうちながら汗を拭った。
そして、何を思ったかおじさんの後ろで縮こまる私の顔を覗き込んで、「……お嬢さんも、美しい銀色の毛並みの大きな狼を見ませんでしたか?」と聞いてきた。
私はエーベルから視線を外し、俯いて首を横に振る。今声を出したらヤバい気がした。
そして俯いた時に、自分が肩から掛けている鞄が目に入ってどきりとする。
相手はエーベルだ。この鞄がヴァーリアの物だと気付いてもおかしくはない。
私はさりげなく肩掛けベルトを握りしめ、そーっと引っ張ってエーベルの視界に鞄が入らない様に回す。
心臓の音がヤバい。
「そうですか。ご協力ありがとうございます、もしお見かけ致しましたら宿までご連絡下さい。その際には謝礼も致しますので」
エーベルは私とおじさんに頭を下げ、その場を後にした。
私は、エーベルの靴音がしなくなるまで距離が離れたのを確認し、止めていた息をはーっと吐き出す。
な、何で何で何で探してるの!?出掛けてくるって書いたのに!狼の姿で町を歩き回れない事位、エーベルはよくわかってる筈なのに!!
私が軽くパニックになっていると、おじさんに「王女殿下、拐われたんじゃなけりゃいーがなぁ」と心配そうに言われ、少し申し訳なくなった。
「あの人達は楽しそうに遊んでますし、誘拐ではないと思いますよ」
私の指さした先では軍服を着た隊員達がちらほらと遊び場を求めてふらふらしている。
よって、恐らく私を探しているのはエーベルだけだと思われる。
けどまさかこんなに早くエーベルが私の外出に気付くとは思ってもおらず、また仮に探すにしても、ペガススで町の外に出ると思っていた。
……恐るべし、ストーカー……違った、エーベル。
私はその後、兄妹達に何か良い土産はないものかとお店を行ったり来たりしたが、私を探して汗だくになっていたエーベルの姿がちらつき、どうにも集中出来ない。
これ以上エーベルに探し回らせるのも申し訳ないし、夕食迄に一度宿に戻ろうとした……のだが。
『……で、ペガススやるなら……、……』
『……だな、手分けして……』
店を町外れまで見て回ったところで、気になる単語が耳に入ってきた。
振り向くと、二人の男組が更に奥へと向かって歩いている。
片方の男は、手に鞭を携えていたがあまり柄が良さそうには見えず、眉を潜めた。
猛獣遣いだろうか?猛獣遣いなら当然ペガススを知っているだろうけれども、何となく気になる。
野生の勘が告げている、二人をマークせよと!!……野生じゃないけどね。
私はこっそり、二人の後をつけた。
靴で足音を消す事には慣れてなくて、裸足になりたいのを必死で堪える。
そもそも人型なんて寝る時位だから、服も靴も苦手だというのもあるけど。
怪しい二人組は、猛獣隔離室の前を素通りし、『なんだ、いないな』『夜まで待つか』と会話をしていた。チラリと隔離室を見ると、預けていた筈のペガススがいない。
私の想定通り、エーベルはペガススに乗って人探しに行ったのだろう。
人って誰だ、私だが。
私は町から一度出て、人気のない場所を選んで鞄に入れたマントを羽織る。マントの下でごそごそと全裸になり、服とカツラと靴を鞄にしまってから狼型に戻った。最後にマントを口で咥えて鞄に突っ込み、よいせと背負う。
そう言えば芝居小屋の狼王は、何故か人型に変身しても服を着ていて、狼型になれば服は消えていた。
あれは便利そうだ。是非誰か開発してくれないだろうか。
需要は六人だから無理か。
そのまま適当に町から離れすぎない辺りを散策していると、「……ーリアさ……、ヴァーリア様……、ヴァーリアさまあああ!!」とエーベルの声が近付いてきた。
「あ、エーベル。どうしたの?」
私は素知らぬ顔をしてペガススから降り立ったエーベルにとことこ近寄る。
すると「ご無事で良かった……!!」と心底ホッとした顔をされ、心の中で懺悔した。
「心配掛けちゃったね、ごめんね」
「いえ、ご無事で何よりです。しかし出来たら置き手紙ではなく、私にはせめて一言声をお掛けになってからお願い致します……!手紙は無理矢理書かされる場合もございますから!!」
「うん、そうだよね」
その時、はたと気付いた。……ヤバい、この矛盾にエーベルは気付いただろうか?
慌てた私は、エーベルの気を引くためにとんでもない事を口走っていた。
「お詫びに、宿に戻ったら好きなだけモフモフさせてあげるよ」
「……本当ですか?」
鼻の下を伸ばすと思われたエーベルが真顔で迫ってくるので、私の尻尾はひゅんと股の間におさまる。
こ、怖い怖い。怖いよりはまだキモい方がマシだ。
「私のスーパーテクニック揉み揉みで、ヴァーリア様をメロメロにしてみせましょう……!!」
真顔だったが、発言はいつも通りキモかったので、ちょっと安心した。
***
二人で帰宅し、宿屋の夕飯を頂く。
エーベルは私より先にさっさと夕飯を平らげ、一人そわそわしながら「スーパーテクニック揉み揉みタイム」を待ちわびていた。
狼型の私より先に食べ終わるって凄いなー、思わず遠い目になる。
私の部屋……は何となくエーベルを入れたくなくて、エーベルの部屋にお邪魔する。
狼型だから、王女であっても他の隊員達が何とも思わないのは便利だ。それで良いのかって誰も突っ込まない国民性素敵。
エーベルの部屋に入ると、何故か狼の肖像画らしきものと、昨日のハンカチが額縁に入って飾られていた。色々怖くて突っ込めなかった。
エーベルは自分のベッドをパシパシ叩き、「さぁヴァーリア様!こちらへ!!」と目を爛々に輝かせながら私を呼ぶ。
……あそこもギンギンに勃っていそうだったが、プロテクターをしているのだと自分に言い聞かせる。
「そこに寝ると、毛だらけになるよ?」
「構いませんっ!むしろ本望ですっ!!」
エーベルはそそくさと大きめの透明な瓶を鞄から取り出し、コトリと備え付けの机の上に置いた。
ちらりと見えたのは銀色の毛で……私の抜け毛集めてるとかないよね?そこまで変態じゃないよね??と思いながらスルースキルを発揮した。
まだモフモフされてないのに身体をゾワゾワさせながら、スタッとベッドの上に飛び乗る。
「ああ、ヴァーリア様が私のベッドに……」
「宿屋のベッドね?」
感極まって瞳をうるうるさせるウザいエーベルの前で、自分の耳を後ろ足を使いシャカシャカ掻き、さっさとしろと催促する。
「では、失礼してモフモフさせて頂きますね」
「どうぞ」
その場しのぎでエーベルの気を引くために言った事だったが、どうやら成功したらしいと私は心の中でガッツポーズをした。
のだが、十分後。
「ほら、ここ……気持ち良いですか?」
「……うん……、あ、そこ弱いから……」
「ここですか?」
「あふぅ……」
ヤバい。舌が出る。
「お腹も良いですか?」
「……どうぞー……」
目を開ける事も叶わず、私はスライムの様にどろどろに溶かされていた。
私達が自らの意思でお腹とお尻を見せる相手は非常に限られている。
しかし、魅惑のスーパーテクニック揉み揉みの前で、私のプライドは無力であった。




