11、芝居小屋のラブロマンス
最初の町と同じで、狼の姿で町中を歩けばそれは散歩になってしまう。言葉は話せるけど、町民とは畏まった会話しか出来ないだろう。
第一王女のヴァーリアは、昼間は「狼型」しか取れないと思われているが、正確には取れないのではなくて取らないのだ。弟が昼間に狼型も取れる様になった頃から、私も昼間に人型が取れる様になった。
あまり気が抜けなくて疲れるし、人型を取ったところでメリットを感じないので普段は取らない。
人型が知れ渡る事の方がデメリット多い気がするし。
そして逆に、私は夜も狼型になれる。ただ、やっぱり気の抜けた瞬間……例えば寝てしまったりすると、夜は人間になってしまうのだ。
今回は仕事なんだけど!それはわかっているんだけど!!
人生で初めて家族と離れた旅行の様で、とても気分が高揚してしまう。
やっぱりしたいのよ、観光とやらも。
もぞもぞと、滅多に使わないお忍び用の平民服を着る。銀髪は目立つから、鞄の一番下に忍ばせていた茶髪のカツラを装着した。
……よし、OK。
私は王女だけど、護衛とかは皆無だ。だって狼型の私の方が強いんだもん。だから、この部屋から出ても誰もいない筈。
ただ、この部屋から廊下に出ると、軍隊貸し切り状態のこの宿屋で私の姿は流石に目立ってしまうだろう。
エプロンなんかすればまだ宿屋のお手伝いに見えなくもないが、残念ながらそこまでの準備はしていなかった。
可能であれば、昨日のように窓から出るか。
私はエーベルに聞こえないように、そーっと上げ下げ窓を開けた。幸いにも窓は軋む事なく開き、外を覗き込めば窓の下には一階部分の屋根が続いている。
そもそも私の身体能力的には人型であってもこれ位の高さなら二階から飛び降りる事は出来るし、一番端の方まで行けば木にも飛び移れそうだった。
鞄の中の物を一旦全部出して、フード一枚とお財布を詰めて背負う。
少し悩んで、「今日の夕食はいりません。少し出掛けてきます。ヴァーリア」と置き手紙を書く。
これで多分、狼型で町の外をうろちょろして来たのだろうと思って貰える筈。そして部屋の鍵を開けてから、窓の外に躍り出る。
遊ぶぞー!!……いや違った、視察するぞー!!
私はウキウキしながら、町中探検に一人で出掛けた。
***
外に出た私の目的。先ずは芝居小屋だ。
お金を払えば入れて貰える筈だと思い、小屋の出入口にいるおじさんに「いくらで入れますか?」と聞けば、その人は小屋の横にいた人を指差して「お嬢ちゃん、あっちでチケットを買うんだよ。座る席によって値段が違うから、聞いてみな」と言われた。
ドキドキしながらチケットを買い、再び出入口まで戻ってチケット売り場を教えてくれたおじさんにチケットを渡す。
そのおじさんは「お嬢ちゃん、今は公演中で入れないから、後三十分程待てるかな?」と笑って出入口の横にある看板を指差し、「ほら、ここに公演時間が書いてあるだろう?」と教えてくれた。
「では、また戻ってきます。ありがとうございました」
私はその人に御礼を言って、芝居小屋を後にした。
初めてお嬢ちゃんとか言われた!何だかお忍びっぽくて楽しすぎるー!!
芝居小屋に面したメインストリートは、お店が立ち並んでいてとても賑やかだ。外から眺めているだけでも十分に楽しめるし、屋台もあって、立ち歩きしながら串焼きを食している者もいた。
屋台の前を通る度に良い匂いがして足が止まりそうになるが、私の鼻はその中でも一際美味しそうな店を紹介してくれる。
「おじさん、これひとつ下さい」
「あいよ~」
甘辛味に仕上げた鶏の皮をカラッと上げたもの。それを香味草で包んだ軽食をひとつ買い上げ、広場の階段を陣取り、ハフハフとその熱さにやられながらも平らげる。
ああ、幸せー!!
狼型じゃないと、こんなに自由に歩き回れるのか。昼間に人型はデメリットしかないと思っていたけど、出先ではまた違うかも……なんて思っていると、視線を感じた。
……?
口一杯に鶏皮を頬張ったまま顔を上げると、そこには五人の男の子達がこちらをチラチラ見て何やら話している。男の子、と言っても同い年位だったが。
『お前が……てこいよ』
『あんな……な子が、こいつを相手に………とは思えない』
狼型じゃないから、ざわつく町中では少年達が何を言っているのかわからない。
……もしかして、この広場の階段は彼らの縄張りだったのだろうか?
少し申し訳ないと思いながら立ち上がり、お尻を叩いてその場を離れる。
『あっ……!ほら、もたもたしてたから……』
気付けばもう直ぐ公演時間だ。
私はダッシュで芝居小屋に戻った。
芝居を見終えた私は、首を捻りながら外に出る。
初めて見た芝居は楽しかった。
しかし、随分と私の見聞きした話とはかけ離れていて別次元のお話として楽しむ他なかった。
その芝居は母をモデルにした伯爵令嬢とやらが、父モデルの狼王と出会うシーンから始まった。
きらびやかなドレスを纏ったまだ小さな伯爵令嬢が一人、両親を喜ばせようと山に自生する貴重なお花を摘みに行き、崖から落ちそうになったところを颯爽と助けたのが狼王だったと。
どこからともなく現れた狼王は、腰の抜けた麗しい少女を背負って無事に伯爵令嬢の父の元まで連れて帰るのだ。
「なんて心優しい狼さんなのかしら?」
以来少女は、狼王に会うのを楽しみに足繁く王城へと足を運ぶ様になる──。
……おかしいなぁ、母はそもそもドレスなんぞ着ない家系で育っている。
全く騎士の才能がないのに、騎士隊長だったお祖父様に連れられてきた城の裏山でターザンごっこをしていたらでっかい犬を見つけて、追いかけ回して跨がって、馬がわりにして遊んだのが最初の出会いだった筈なのだが。
芝居では、その幼少期から始まり二人が仲睦まじく愛を育むところがシーン毎にクローズアップされ、そんな二人の関係に亀裂が入ったところがストーリーの転換場面だ。
ある日伯爵令嬢に婚約話が持ちあがり、彼女は狼王にこれからは今までのようには会いに来られなくなる、と涙を流して別れを惜しむ。
すると、伯爵令嬢の涙の力で狼王は人の姿を取り戻し、「別れたくない、私の傍にいてくれないか」と懇願。狼が人の姿になった事に伯爵令嬢は驚き一度その場を離れてしまうが、人型になった王子にも婚約の話が持ち上がった事を聞いて何故あの時返事をおざなりにしてしまったのか後悔する……と、そんな感じでなかなか再会が叶わない状態になるのだ。
えーと?成長した母はさっさと結婚したかったらしいが、長身のせいで結婚相手が見つからない!と嘆いていたという。
そんな頃、当時の王であるお祖父様から父の結婚相手を見繕えば結婚相手を探すと言われて、率先して父に結婚相手を宛がおうとしまくっていた筈だ。
母は父の侍女だった事もあり、会う事もままならないどころか、毎日会って婚約者を威嚇するなと説教しまくっていた筈なのだが。
ともかく、離ればなれとは無縁の世界だ。
……そんな感じで芝居の方は本当に最後まで涙なしに語れないような山あり谷ありのラブロマンスストーリーが繰り広げられていたが、実情を知っている身としてはひきつった笑いしか出なくて、最終的には「うん、これは父母の話ではなく全く知らないところの全く知らない人達の話という事で」と自分を納得させた。
「お嬢ちゃん、楽しかったかい?」
小屋の出入口にいたおじさんが私の顔を覚えていたらしく、気さくに声を掛けてくれた。
「ええ、まぁ……はい。とても素敵でした」
母役の人が、本当に長身だったのが好感持てました。話し言葉は全く違ってましたけど。
「そうか、それは良かった」
おじさんは満足そうに、ウンウン頷く。と、そこへよく知った声がしたものだから、私は咄嗟におじさんの陰に隠れた。
「ヴァーリア様!こちらにヴァーリア様は来ていらっしゃいませんか!?」
額から汗を流して、エーベルがこちらに向かって突進してきたのだ。




