10、テント泊と生首
そろそろ日没の時間が近付いたので、「お休み、エーベル」と声を掛けてテントに引っ込む。
「……お休みなさいませ、ヴァーリア様……っっ」
何だかエーベルの声が震えている様な気がするけど、大丈夫だろうか。
テントには当然、鍵なんてついていない。
他の騎士達は不敬罪を恐れて私のテントには何もしないだろうが、エーベルであっても私のテントを覗く訳がないと何故か確信していた。
エーベルは、私の信用を失う事を酷く恐れる。
度重なる変態行為も、大抵私の許可を求めてからだ。
因みに今日私が使ったスプーンを洗わないで部屋に飾って良いか聞かれたから、却下した。
暗い顔をしながらそれをせっせと綺麗に洗うんだから、言えばデキル子だと思っている。
年上に向かって言葉がなってなくてすみません。
狼型から人型へと変化し、私は敷布と掛布の間に丸まった。「ネグリジェ」とかエーベルは言ってたけど、寝る時の私は裸なんです。
考えてみれば昼も夜も裸族。王族としてどうなんだろう、これ。夢を壊してごめんよ、エーベル。
草木が少ない岩盤の上では、風の音が普段より大きく聞こえる。
主に下ネタオンリーの騎士達の語らいを、意識して耳を倒す事で遠ざけながら私は眠りについた。
まぁ、一番シャットアウトしたのは
「ああ……ヴァーリア様の衣擦れの音が……下半身にくる……!!」
とテントの中でハァハァしながらモゾモゾ動くエーベルの独り言だったりしたのだが。
……ぱち。
いつもより早い時間に寝たからか、目が覚めたのは、日の出より先だった。
上半身を起こし、両腕を伸ばして伸びをする。
く~~、気持ち良い。
裸では外に出られないが、ちょっと外の様子を見てみたくて、少しだけファスナーをおろし……。
「ひっ」
目の前に、眼を瞑ったエーベルの顔だけがこちらを向いたままテントから出ていた。
生首状態である。ホラーだ。
「……ヴァーリア様……?」
生首の口が動き、瞳が開く前に私は自分のテントへと素早く退避する。
「エ、エーベル、首痛くない!?何やってるの?」
私はモゾモゾと掛布を手繰り寄せて身体を丸めた。生きててくれて良かったわ、本当に。
もし生きてなかったら一生夢にうなされるところだった。
「……ああ、いいえ……、いや、確かに首は痛い……ですが……」
どっちだよ!
エーベルはかなり寝ぼけている様だ。
「すみません……ヴァーリア様が……隣にいるかと思うと……あそこがギンギンに勃っ……いえ、目がギンギンに…冴えてしまいまして。どうせ寝られないならと、ヴァーリア様の警護でもしようかと思ったのですが、気付いたら寝てしまった様です」
「そっかぁ、じゃあ寝不足なんじゃない?」
何事も人間、スルー力大事だよね。
エーベルも北の森に住まう猛獣討伐隊の大事な戦力なんだし、ここは返答次第で戦力外にならない様に配慮しなければ。
例えば、私とエーベルのテントを一番遠いところに設置するとかね。
なのに返ってきた言葉は、「この位なら、全く問題ございません」だった……うむむ。
まぁ、昼夜問わず猛獣の相手をしなければならない猛獣調教師の仕事は、かなりハードでブラックだ。
加えて危険なのだから、高額な給金を貰わなければやっていけないだろう。
よって、私はそこからしばらくのテント泊を、朝目覚めてテントの外で一番に目にするのはエーベルの生首という状態に陥った。
慣れれば何て事はない。
スルー力と順応力の高さに定評ある私だ。
朝一番に外を覗く事は早々にやめた。そしてその後は特に問題が起きる事もなく、北の森までおおよそ半分程来たところで、また次の町に到着した。
***
次の町に到着したのは、お昼過ぎという結構早めの時間帯だった。
まだまだ先を目指してもいい時間なんだけど、連日テント泊という事で軍隊の疲労も溜まっている為、疲労回復の意味も込めてそこで一泊する事になった。
「では本日も、デートにいらっしゃいませんか?」
いやだから、どっから見ても散歩ね?
エーベルがまたあの首輪とリードを持って、満面の笑みで誘ってくる。
しかしまぁ、専任の侍女を連れていない私がこの数日エーベルの世話になりっぱなしだというのは事実だし、エーベルが望んでいるなら叶えてあげるのも悪い事ではないだろう。
……と言い訳をして、好奇心が抑えきれない私はこくりと頷いた。
「エーベル、あれって前の町にもあった、芝居小屋じゃない?」
私が聞けば、エーベルは「おっしゃる通りですよ」と笑い掛けてくれる。
「ああ、ちょうど演目が陛下と皇后陛下のお話ですね」
「……はい?」
「ご存知ないですか?狼王である陛下と、伯爵令嬢だった皇后陛下の恋物語は、有名なラブロマンス物として脚本化されているのですよ」
いやご存知ありません。
そもそも、うちの両親は知っているのだろうか?芝居なんか全く興味なさそうだから、恐らくノータッチだろうけど。
子供としては、純粋に気になる。
見れば全身こそばゆくなりそうだけど、気になる。
「エーベル、今はまだ昼間だし、次からの時間に入れないかなぁ?」
私が聞けば、エーベルは「少々お待ち下さいませ」と言って芝居小屋に向かった。
しばらくすると、エーベルは困り顔で戻ってくる。
「……ヴァーリア様。正体を明かせば恐らく中には入れて貰えるかと思いますが、そのお姿で、正体を明かさず入室するのは難しそうです。如何致しますか?」
「そっかぁ」
うーん。
ちょっと芝居小屋の立場で物を考えて見よう。
こっそりお忍びで王女が見に来るのは避けようもないし、通常通りに開催出来る。けど、最高級ランクの劇場でもない町の単なる娯楽場に王女が王女でーす!と言いながらやってきたらどうだろう?しかも、人型だったらまだもてなしようもあるだろうけど、しっかり狼型。
王女が立ち寄ったというネームバリューよりも先に、途方に暮れるスタッフさん達しかイメージ出来ない。
「……残念だけど、今回は諦めるよ」
仕方ない……と口では言いつつ、私の頭はそう考えてはいなかった。
「じゃあね、エーベル」
私が宿屋の自室に引きこもろうとすれば、エーベルは食い下がる。
「ヴァーリア様、本日はもう町をまわらないのですか?まだ外は十分明るく夕飯までお時間がございますが」
「いや、久しぶりのベッドだから、休みたい」
私がそう返すと、「では疲労回復の為に暖かいお茶でも……いや、全身マッサージとかは如何でしょうか?」とエーベルは提案する。
前半はキリッとした顔をしているのに、後半は手をワキワキ動かして鼻の下が伸びているのが非常に残念だ。
「ありがとう、大丈夫。エーベルもたまには私に構わず休んで?」
「えっ!?そんな、私はヴァーリア様のお供をさせて頂くのが何よりの至福……っっ」
パタン。
私は遠慮なく扉を閉める。
エーベルを今回、私の部屋の隣にしたのは理由がある。それは、一日目の町で、部屋が離れていたエーベルが私の部屋の窓下を陣取っていた事だ。
今回は、あえての隣。壁に耳を当てたりはしそうだけど、隣なのだから窓下にはいかないだろう。
エーベル、ごめんよ。
私は、身体に意識を集中して人型になった。




