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9、やたら近いテントの距離

町を出発してしばらくすると、エーベルが空から合流してきてホッとした。ペガススの様子も問題ない様だ。


「お帰り、エーベル」

「ただいま戻りました……ヴァーリア様のお荷物お引き受け致します!!どちらにございますか!?」


挨拶もそこそこに、私の荷物の行方が気になるらしくキョロキョロとしながらエーベルは言う。


昨日の移動では、私の着替えなんかの荷物はエーベルが全て持ってくれていた。

お陰で私は走り回れたけれど、ペガススにはいい迷惑だっただろう……ごめんよ。


「エーベルの荷物も含めて副隊長さんが預かってくれてるよ」

と私が伝えれば、「ちょっと失礼致しますっ!!」とエーベルは副隊長のいる後ろの方に駆けて行った。



今朝は、副隊長から

「ヴァーリア殿下のお荷物はこちらでお預かり致します」

と言われたので、「自分の荷物位自分で持つよ」と言えば、

「ヴァーリア殿下は我が国の王女殿下でございます。どこの国に、王女殿下に荷物を運ばせる部下がおりますか?」

と苦笑されたので、安心して預けられた。


「ヴァーリア様の所有物を私に触らせて頂ける許可を頂けないでしょうか……っっ!!」

と初日にさめざめと泣き真似したエーベルとは大違いだ。


荷物に顔を近付けてそっと匂いを嗅ぐのはやめる様にと先に冗談で注意喚起すれば、

「わわわ私がそんな事すすすする訳ないじゃないですか……!」

と明後日の方向を見ながらギクシャク動かれたので、個人的にはどちらに預けたいかと問われれば迷う事なく副隊長なんだけど。



自分と私の荷物を奪還したエーベルは直ぐに私の横に付き、

「……昨日、何か買われましたか?」

と問い掛けてくる。


昨日はあなたが窓の外にいたから出掛けられませんでしたが?

……と言いたくなるのを必死で抑えつつ、首を傾げる。


「何も買ってないよ?何で?」

「昨日より、ヴァーリア様のお荷物が増えた気がしたので……」

そこで思い出した。

そうだ、エーベルの鞄を勝手に開けるのは気が引けたから、私の鞄に入れて貰ったんだっけか。


「ああ、それはエーベルの朝食だよ。一応包んで貰ったんだけど」

私がそう言えば、エーベルは分かりやすく目を見開く。


「鞄開けて良いから、お腹空いてたら食べて?」

「は、はいっ!!お気遣い、ありがとうございます!」

エーベルはそそくさと私の鞄に手を掛け……。


「どうしたの?朝ご飯、もう食べてた?」

「……いいえ……この鞄に入っているであろう、ヴァーリア様のおパンツやらネグリジェやらを想像したら、手が震えて参りました」

「……」


私は無言でエーベルから自分の鞄を口で奪い、鞄の一番上に入れられたエーベルの朝食を咥えてポイと放る。

「ああっ……!」


手元に落ちたそれを、落とさない様に抱え込むエーベル。


「食べながら行こう」

私は、狼型でも背負える自分の鞄をよいしょと背負って再び歩く。


今のでペガススを驚かせてしまった……背中に乗せて貰える日がどんどん遠ざかる気がする。



「……ヴァーリア様から……初めて頂いたもの……」

じぃ、と軽食を見ながら悩ましげに呟くエーベル。嫌な予感。


「……勿体なさすぎて……食べられません……」

「いや腐る前に食べてね!?」

「こちら、永久に冷凍保存して部屋に飾り」

「私が作ったものじゃないし。食べないなら他の人にあげるよ」

「そんなまさか!!これは私の血肉に致します!神よ感謝致します……!」


エーベルがペガススの上でちびりちびりと朝食を摂るのを、私は呆れながら見ていた。




***




二日目に入ると、景色は草原から岩が露出した大地へと変化した。


全ての景色が初めてで、今日からテント泊になるらしいし、ウキウキが止まらない。

私は完全にお荷物状態だけど、私の分のテントはエーベルが張り切って準備してくれた。


「あのさ、エーベル」

「はい!いかが致しましたか、ヴァーリア様」

「……ちょっと、テントの位置近くない?」


私のテントの出入口には、エーベルのテントがピタリと寄り添う様に設置されている。

更に私の周りに、エーベルが何かを丹念に撒いていた。


「ヴァーリア様を狙う様な不届き者がいるとも限りませんからねっ!念には念を入れておきませんと」

「……騎士達がこんなわらわらいるのに、そんな人いるのかなぁ……?」


むしろそんな命知らずの不届き者は、私の目の前にしかいない気がするけど。

エーベルが撒いた何かに鼻を近付け、クンクン匂いを嗅ぐ。……何だろ、これ?と思ったタイミングで、鼻にそれがチクリと刺さった。


「イタッ!」

「大丈夫ですか、ヴァーリア様!?天然菱には触れないで下さいね、触れたり踏んだりすると痛いですよ」

「何で踏むと痛いの撒くの!?」


逆に奇襲があったら逃げられないじゃん!


「ヴァーリア様が助走なしでも飛べる距離は二メートルですよね?その範囲内で撒いておきますので、大丈夫です」

「……」


何故そんな情報まで知っているのだろう、と思いながらも怖くて聞けない。

いよいよエーベルが只の情報通を越えてストーカーというオプションまでついてきた。


「でも、ペガススが踏んだら大変じゃない?」


ペガススはエーベルのテントの傍に繋いでおくらしい。

「ペガススは反対側に繋ぎますし、何よりこれだけ分かりやすく撒かれた天然菱を踏むようなミスはしません」

「……」


鼻先をチクリと刺した私はなんなのさー。


エーベルのよく分からない警戒はほっといて、エーベルから豊かな草を与えられてご機嫌なペガススの様子を見に行く。


二日しか一緒にいないが、ご主人様の友人であるという認識はしてもらえたらしく、近付かせては貰えないものの傍にいても警戒されにくくなっていた。


調教師の腕の見せ所は、何処に行っても人間を襲わない、傷つけない、指示に従う様に猛獣を手懐ける事。

つまり、調教師の言う事しか聞かない猛獣はまだまだで、またそうとしか調教出来ない調教師もまだまだなのだ。


たった二日でペガススの警戒が解かれ始めるなんて、うーん、やっぱりエーベルは凄いのかもしれない。


ペガススが、私の前でモシャモシャと草を食むのをじーっと見ながら、私もその晩の配給を待った。




***




遊びじゃないんだから、こんな事考えてはいけない。


いけないんだけど、まるでキャンプの様だ。

皆でわちゃわちゃとカレーを作り、多いだの少ないだの言いながらがつがつ食べる様は、見ていて楽しい。


すみません、見てるだけの王女で。


「ささ、ヴァーリア様も。特別に大きなお肉を頂いて参りました」

ニッコニッコと寝そべる私の横に陣取り、スプーンで掬ってはせっせと私の口元まで運ぶエーベル。……もう、何も言うまい。


私はあがーと大口開けて、そこにライスとルーを流し込む……のを我慢し、エーベルのスプーンがひょいひょいと私の口と皿を行ったり来たりするのに合わせてゆっくりモグモグ頂いた。


んまー。



ペロリと口元を舐めれば、再びエーベルがハンカチを携えて「お拭き致しますね」とフキフキはじめた。


カレーなんかがついた日には、流石に汚れが落ちないんじゃないだろうか?


ちょっと悪い気がしたが、エーベルが「……このハンカチ、持ち帰って家宝にしてもよろしいですよね……」と呟いたので、一瞬で私の罪悪感は消え去った。


うん、噛みちぎってやろうか、そのハンカチ!

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