ホテル・エル・グランデ
今日は短めです。
王都でアキトと別行動になった私ーー椎野七海ーーはクロエさんと一緒に市街を歩いていた。
空色のストレートヘアーを肩口で切り揃えた彼女は、私よりも二つ三つ歳上のよう。
面倒見のいいお姉さんといった雰囲気がぴったりだ。
シヴァ少尉の部隊では唯一の女性らしく、無骨な軍人たちの中では浮いている気がしないでもない。
「とりあえず、宿に荷物を置いて落ち着きましょう。ここからすぐの所を予約していますので」
王都に到着する前に、彼女は通信用のアーティファクトを用いて宿を手配していたようだ。
「わかりました。それにしても……」
私はあたりを見渡す。
人、人、人。
さすがは王都、綺麗に整備された石畳の道を商人や軍人、大きな武器を持ったモンスターハンターと思しき人まで、多種多様な職種の人が所狭しと行き来している。
道の両サイドにはこれまた様々な種類の店舗が立ち並び、店の前では店員さんたちが大声で客引きしている。
ただ、異世界では定番の獣人やエルフやドワーフらしき存在は見つからない。
ほんのちょっと期待していたのに、なんだか残念な気持ちになる。
「どうかされましたか?」
「いえ、思ったよりも人が多くて、ちょっと驚いただけです」
「そうですね、少なくとも近隣諸国の中では人口が一番多い都市ですから。ただ、これでも以前に比べると少し減ってしまったんですけどね……」
「やっぱり……」
「お気づきでしたか」
理由は聞かなくてもわかる。
おそらく、例の学術都市アプレンデ崩壊事件が原因だろう。
大災害が起こった後というのは、例外なくその国に出入りする人間は減る。
日本でも大地震の後は外国人が揃って引き上げたり、観光や商売目的で入国予定だった人もキャンセルしたりと、経済に打撃を与えるレベルで人の流入が減る。
「お気を落とさずに。まだアキトくんが原因だと決まったわけじゃありませんから」
「もちろんです! 私はアキトを信じてますから」
「うふふ、椎野特務曹長はまっすぐですね。ちょっと羨ましい」
「え?」
「なんでもありません、さ、着きましたよ。うふふ」
いつの間にか宿に到着していたようだ。
屈託のない微笑を浮かべるクロエさんに若干戸惑いを覚える。
うーん、”まっすぐ”とはどういう意味なんだろう?
羨ましいということは、クロエさん自身と私を比較して言っているようだが……
「ホテル・エル・グランデへようこそ、お客様」
宿の門の前に立つボーイさんの一言で、私の思考は一旦途切れた。
って、
「何ここ!? めちゃくちゃ大きいじゃないですか!」
周囲の建物が2、3階建てしかない中、少なくとも10階層以上はあるであろう白亜の宮殿が目の前にそびえ立っている。
まさしく|エル・グランデ<最大>という名前そのものだ。
加えて、壁や門にはエレガントな彫刻がいたるところに施してあり、超がつく程高級なホテルであることは最早疑いようがない。
「ちょっと、クロエさん!」
「どうされました?」
「ちょっと! ちょっとこっち来てください!」
私はクロエさんの手を強引に引っ張り、ボーイさんから離れた場所まで連れ出した。
「あの……私そんなにお金持ってるわけじゃないというか、むしろ諸事情あって無一文レベルというか……」
「うふふ、ご心配はいらないですよ。椎野特務曹長は軍人で、国外からの賓客という立場なので、ホテル代その他の費用は|軍<しょうい>が持ちますから」
「えええぇっ、そんな、シヴァ少尉に悪いですよ!」
「大丈夫だいじょうぶ。少尉も『安全が確保できる所にしろ』って言っていたゆえの選択です。ここならセキュリティも完璧ですし、どうかお気になさらず」
本当に良いのだろうか……
ホテルの外観から全面的に溢れ出る高級感に躊躇いつつ、私とクロエさんはホテルの中に足を踏み入れた。




