陸軍少尉の回想 4
アキトの両親は、馬車で王都に向かっている途中、崖崩れに巻き込まれたらしい。
リブロ伯爵は豊かな領地を持つ有力貴族。
運営は順調、領民の信頼も篤い。
明君の突然の死に、多くの人が嘆き悲しんだ。
もちろん、サティもその一人だった。
事故は軍部でも話題になり、暗殺の可能性も含め、あらゆる視点から調査が入った。
が、結果は完全な事故死と判定された。
俺は、両親を失った者として、アキトに少しだけ同情した。
その反面、どこかほっとしている自分がいた。
崖崩れにサティまで巻き込まれなくて良かった、と。
俺は自分の心の醜さを知り、吐き気がした。
これがおっさんの言う、歪んだ愛情なのか。
だが、どれだけ取り繕おうと、アキトの両親の死について考える度に、出てくる感情は一つ。
『サティが無事で良かった』
それだけだった。
この感情を変えることなどできなかった。
俺の心は、自分が思ったより成長していなかった。
伯爵の死後、リブロ領は親交のあったマルタ侯爵が委任統治することになった。
王も含めた政治的な会議でそう決まったのだ。
アキトが未成年であること。
他に親族もいないこと。
リブロ領とマルタ領は隣接していて、マルタ侯爵もリブロ領の運営について知り尽くしていること。
この3つが大きな理由だ。
アキト自身も、決定を拒むことはなかった。
元々他人とのコミュニケーションが不得手で、魑魅魍魎が跋扈する政治には向かない。
15歳で成人した後は、学術都市に居を移して法魔術の研究がしたいと思っている。
サティからそのように聞いた。
そして、サティもアキトと一緒に学術都市アプレンデへ行きたいと言っている。
俺は自分の醜い心に対する罪悪感から、サティの気持ちにノーを突きつけることはできなかった。
この時の決断を、俺はのちに激しく後悔することになる。
さらに3年と9ヶ月が経った。
俺は同期の中で最速で少尉に昇進し、部隊を拡充、さらに多くの任務をこなしていた。
そんな春のある日のこと。
俺は王都にいた。
突如鳴り響く轟音。
体の芯が激しく揺さぶられる。
全軍に緊急招集命令が出された。
「学術都市アプレンデが崩壊した。原因は不明だ」
会議室で聞かされた司令の言葉を、俺は理解することができない。
しかし、頭より体が先に反応した。
俺は初めて軍規に背いた。
会議室を飛び出し、体魔術で脚力を限界まで強化し、学術都市に向かって走る。
馬車なら王都から半日の距離。
俺はその3分の1の時間で学術都市だったものに到着した。
かつてエスパニアの知の中心として繁栄を極めた街は、黒い炎と紫の煙に包まれていた。
俺は、一瞬の迷いもなく炎の中に飛び込む。
阿鼻叫喚。
肉が焦げる不快な臭い。
俺は、全身に降り注ぐ火の粉に構わず、何度も妹の名を叫ぶ。
古の女神の名を。
シヴァ神の妻の名を。
だが、返事は、なかった。
街中を駆け回った。
小さい男の子が女性の骸を前に泣いている。
足を痛めた老人が、燃え盛る家に閉じ込められている。
瓦礫の下から無数のうめき声が聞こえる。
俺はその全てを無視し、走った。
罪悪感など働く余地は脳内に残されていなかった。
やがて、小さな建物の残骸にたどり着く。
金属製の壁が一部溶け出し、入り口は焼け落ちていた。
背筋に悪寒が走る。
俺は、ゆっくりと建物の中に入った。
ちいさな女の子の骸骨を見つけた。
全身が焼き尽くされ、ほんの少しだけ残された、褐色の肌。
思わず抱き寄せる。
骸骨の下に、焼け残った一枚のネームタグがあるのに気づいた。
『アプレンデ法魔大学 法魔器具科 主任研究員補佐 サティ・ライヤー』
俺の全てが崩れ去った。
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気づいた時には軍の懲罰房にいた。
俺の数時間後に学術都市にかけつけたクロエの話によると、俺は骸を抱いたまま、静止していたらしい。
無理やり骸と引き離され、そのまま王都に連行、命令違反の咎で、独房にぶち込まれた。
拘留期間は10週間だそうだ。
前後の記憶がないため、全て後で聞いた話だが。
俺が拘留されている間も事件の調査は進んでおり、『アキト・リブロが主導した無限機関の実験が原因で』学術都市は崩壊した、と聞いた。
死者・行方不明者を合わせると15万人を超える。
元々アプレンデの人口は20万人強。
残された5万人も、学術都市一帯が魔素という謎の悪性物質に覆われたため、避難生活を余儀なくされている。
だが、そんなことよりも残酷な事実が俺の前に横たわっている。
妹、サティ・ライヤーは死んだ。
そして、中央調査部は、アキトらしき人物の目撃情報を掴んでいた。
俺は、アキトへの復讐を誓う。
ごく自然な判断だった。
大切なたった一人の妹を奪ったクソ野郎を、ぶち殺す。
のうのうと生かしておけるわけがない。
幼い頃のやり取りも、両親が死んだことに対する同情も、俺の中では既になかったことになっていた。
折よく、司令よりアキトの捕縛命令が出された。
多くの部隊はアプレンデ周辺に調査目的で出向している。
残された部隊も、アプレンデ組の不在で増えた負担をカバーする形で大量の任務をこなしている。
そんな中、拘留されていた俺の部隊だけが浮いていた。
天恵だ。
すかさず志願した。
『アキト・リブロと直接面識がある』ということを理由に加えれば、俺のアキト追跡に反対するものは、誰もいなかった。
二ヶ月半ぶりに部隊を招集し、作戦概要を伝える。
俺は、二度目の軍規違反を犯した。
『アキト・リブロを捕縛せよ』という本来の任務を『アキト・リブロを抹殺する』という俺の感情で上書きした。
ちなみに、部隊員たちには理由を述べずに事実のみを告げている。
「本来は捕縛命令だが、俺の独断で発見次第抹殺する」
クロエはじめ部隊員たちは、俺のわがままに対して何一つ疑問を口にすることなく、素直に従ってくれた。
俺たちは、セトの街に入った。
かつて妹が訪れていたことを思い出し、複雑な気分になる。
しかし、肝心の街は滅茶苦茶だった。
多くの家屋が倒壊し、住民たちは再建活動に取り掛かっている。
俺たちは住民への聞き込みを開始した。
どうやら、今朝突如として100メートル超級の異常種モンスターが出現し、街に大破壊を振り撒いたらしい。
異常種の脅威は独房から出た時に聞かされていた。
ここ3ヶ月で既に2回ほど出現し、いくつかの街を壊滅させている。
モンスター討伐などとっくにシステム化されたこの国に、これだけの被害が出たのは何年ぶりだろう。
異常種は通常よりも遥かに巨大で膂力に優れている。
しかし、それ以上に厄介なのは、異常マナ検知用アーティファクト”フギンの塔”に反応しないことだ。
そのせいで軍部もモンスターハンターも悉く初動が遅れ、防衛に失敗している。
しかし、今回は軍部が出るよりも先に、一人の若い女の子が異常種を一刀両断した、とのことだ。
住民が口々に発したその言葉を、俄かには信じられなかった。
調査を進めるうち、アキト・リブロと久しぶりに会った、という婆さんからも事情聴取することができた。
俺は確信する。
異常種討伐の影にはヤツがいる。
いつの間にか『エスパニア最高の法魔術師』なんてものに祭り上げられていたヤツなら、なんらかの手段でその女を強化し、討伐に手を貸すことができるはずだ。
また、婆さんはリブロ家の別荘の所在地も記憶していた。
俺はその場所を確認すると、判断力が低下する起き抜けを狙い、ドアをノック。
住民を装って声を掛けると、予想通りヤツが出てきた。
俺は歓喜に震えながら、ヤツの脇腹をナイフで突き刺す。
卒業祝いにサティにもらった手作りのアーティファクトで。
もちろん、体魔術を使えば、ヤツを殺すのなど造作もない。
しかし、一思いに殺してはダメだ。
最大の苦しみと後悔を与えながら、嬲り殺す。
俺とサティの復讐はそうでなければならない。
理想的な形で成功した最初の一撃。
だが、そこからの展開は俺の想像を超えた。
ヤツの傷口から紫の瘴気とともに現れた謎のモンスターは、俺と、俺の部隊を壊滅の危機に追い込んだのだ。
戦いの中、謎のモンスターに強かに殴り飛ばされた俺は、意識を失った。
目が覚めた時、戦いは既に終わっており、俺の目の前にはアキトと若い女が立っていた。
反射的にアキトをぶん殴ろうとした俺の拳は、その女に受け止められる。
どうやらどこぞの機関の軍人、しかも特務曹長らしい。
特務曹長といえば、下士官の最高峰。
少尉や中尉といった尉官が不在の現場では、部隊で最大の指揮権を持つ。
エスパニア軍であれば、養成所を出ていない叩き上げの軍人が、長期間に渡る現場の経験と実績を踏まえた上で任じられる地位だ。
そのため、特務曹長やその下の先任曹長は、たいてい40代以上のおっさん連中が勤めている。
20歳にも満たないだろう女子がその大任を任されるのは、不自然な気がした。
しかし、もしかすると、この女の所属する機関には、何か特別なしきたりがあるのかもしれない。
そこまで考えたが、この疑問は一旦脇に置いた。
それよりも大きな問題を目の前に持ち出されたからだ。
ちいさい羽の生えた白い猫。
これが、俺の部隊に壊滅的な打撃を与えた謎のモンスターだという。
信じられない。
しかも、こいつの存在が学術都市を汚染した魔素の緩和に繋がるという。
余計に意味がわからない。
さらに、ヤツは話を続ける。
大量殺人犯の癖に、アプレンデ崩壊事件の真相については何も知らないと言いやがる。
ふざけるな!
知りたいのは俺の方なんだよ!
いや、この際真相なんてどうでもいい。
妹を奪ったてめぇを殺せればそれでいい!
俺はヤツを罵った。
だが、意外なことに、隣にいた女軍人が口を挟んできた。
しかも、一瞬で俺の命令違反を見破りやがった。
その洞察力の鋭さに警戒する。
が、続く言葉にさらに驚愕した。
「事件の真相さえも知らぬまま、激情に任せ、挙句の果てに命令違反を犯してまでアキトを殺すことが本当に正解なのですか!? そもそも! この不幸な事故は全てがアキトの責任なのですか!? 誰かが故意で事故が起こるように仕組んだ可能性は!? 手引きした黒幕がいる可能性は!? その全ての可能性を無視し、アキトに全ての責任を押し付け、事件そのものを闇に葬ることであなたは満足するのですか!? それがサティさんに対する報いになるのですか!? 軍人として、復讐者として、兄として、あなたはサティさんに胸を張れるのですか!? どうなんですか!? 答えなさい!! シヴァ少尉!!!!」
アキト以外に、サティを殺した真犯人がいる……?
そんな可能性、考えたこともなかった。
いや、無意識のうちにその考えから目を背けていた、と言った方が正確かもしれない。
俺は、自分の中に渦巻くすべての怨念を、ただただアキトにぶつけようとしていた。
しかし、冷静に考えてみれば、この事件には不明な点が多すぎるのも事実……
俺は、何も言い返すことができなかった。
陸軍将兵養成所に入学する前、おっさんに言われた『開かれた目で、正しく理解する』ということを全くできていない自分に気付かされた。
もし、アキトが真犯人じゃなかったら?
そんな奴を、俺が殺してしまったら?
サティは果たしてどう思うだろうか?
俺は、サティが死してなお、彼女を不幸にしようとしていたのだ。
見えざる涙を妹に流させようとしていたのだ。
俺は、ただただ叫んだ。
自分の馬鹿さ加減を、無力さを呪った。
『お前には、力がない』
おっさんの言葉は、10年以上を経た今も、俺の両肩に重くのし掛かっていた。
俺は心に誓う。
俺の未熟さのせいで、これ以上サティを不幸にしないと。
変わらなければならない。
心を変えなければならない。
正しい目で世界を見なければならない。
その第一歩として、俺の手で、サティの死の真相を暴きだす。
本当の仇を討つ。
その決意が、俺の生きる理由になった。
そして、今。
アキトと椎野特務曹長、それからファロールとかいう白猫もどきを連れ、俺たちは王都に向かっている。
旅路は順調で、明日の太陽が昇りきる前には到着するだろう。
野営のテントに佇む静寂。
俺は、もう一度サティのナイフを抱き締める。
心を満たす、柔らかな光。
どうやら、そろそろ眠れそうだ。




