陸軍少尉の回想 3
養成所での生活は”苛烈”の一言に尽きる。
軍事訓練はもちろん、日々の一挙手一投足に至るまで、少しでも不備があれば上官からしこたまぶん殴られる。
軍人は命懸けの仕事ゆえに、この厳しさも当然とのことだ。
ましてやここは将兵養成所。
卒業後は准尉=小部隊の将として、すぐに指揮を任せられる。
リーダーがミスをすれば、部隊は壊滅する。
だからこそ、全てにおいて完璧を目指す、厳しい訓練が設定されていた。
俺はおっさんの言葉を信じ、来る日も来る日も全力で訓練に打ち込んだ。
他の学生とも積極的に交流し、たくさんの仲間を作った。
ただ、正直に言えば、心が荒む日もある。
そんな時に俺を支えてくれたのは、毎月送られてくるサティからの手紙だった。
『兄ちゃん、元気ですか?
あたしはちょー元気です。
このまえ、アキトのお家のみんなといっしょに、マルタのセトという町に行きました。
はじめて”うみ”っていうのを見たよ。
兄ちゃんは見たことある?
すっごい大きいの! 大きい水たまり!
みずぎっていうのをきてね、ぷかぷか泳ぐんだよ。
ちょーたのしかった!
あと、町なかに行ったとき、へんなおばあちゃんにも会いました。
”ずっこんばっこんずっこんばっこん”って言いながらおどるの。
アキトのお父さんとお母さんがいっしょうけんめいやめさせようとしてたけど、なんでかな?
でも、おもしろかったです。
兄ちゃん、元気でがんばってね。
サティより』
若干頭に血がのぼりかけたが、深呼吸で平常心を保ちつつ、返信を書いた。
特に、もしまた海に行くようなら、水着は布の面積が大きいのを着ることと、変なババアには近づかないように、という2点を強調して。
それにしても、あのクソガキ、俺も見た事ないサティの水着姿を見ただと?
潰す。
絶対潰してやる。
は!
いかん、また心が乱れている。
平常心……平常心……
訓練は続く。
『兄ちゃんへ
お元気ですか?
あたしはちょー元気です!
アキトと二人で初等教育学校に通い始めてから、早いものでもう4年目です。
アキトは勉強が得意だけど、運動と人付き合いが苦手なので、学校でしょっちゅーいじめられてます。
伯爵の息子なのに。
王様が「身分にかかわらず平等な教育をする」っていう方針を学校に命じてるので、そんなの関係ないそうです。
私たちの元々いた国じゃ考えられないよね。
貴族の息子はどこでもちやほやされるのが当たり前だと思ってたのに。
そんなわけで、私はアキトをいじめる子たちをぶっ飛ばして遊んでます。
アキトのお父さんからは「アキトをあんまり甘やかさないでね」と言われてるけど、なんか難しいです。
あ、そういえばこの前、美術の授業で描いた絵が賞をもらいました。
私たちが生まれた国の様子をそのまま描いたら「ばるびぞん派につらなる傑作だ」って言われました。
よくわかんないけど、お金もくれるそうです。
おじちゃんにプレゼント買おうと思います。
兄ちゃんも元気でね。
サティより』
さすが、俺の素晴らしい妹。
美術で賞金までもらうとは。
そして自分のためではなく、お世話になったおっさんのために賞金を使うとは。
俺は返事の手紙に、サティを絶賛する内容を書いた。
アキトについては、いじめっ子を直接やっつけるより、アキトをちょー厳しく鍛えてあげなさい、と忠告しておいた。
『兄ちゃんへ
お元気ですか?
あたしはちょー元気です!
中等教育学校も前期が終わって、明日から夏休みです。
アキトは中学校から始まった法魔術の授業で、いつもすごい発明をして、先生を驚かせてます。
この前は、壊れた花瓶が一瞬で元どおりになってました。
すごいよね?
今までアキトをいじめてた他の子たちも、殴っても殴っても一瞬で回復するアキトを見て、怖がって逃げていきました。
「ゾンビだー」って言いながら。
法魔術の授業は私には難しいです。
放課後、毎日アキトに教えてもらってるけど、なかなか上手くいきません。
でも楽しいです。
夏休みには、またセトに泳ぎに行きます。
兄ちゃんが布の大きい水着にしろと言っていたので、学校指定の水着を持っていきます。
今回は2週間、アキトのお家の別荘に泊めてもらう予定です。
ちょー楽しみ!
兄ちゃんも元気でね。
サティ』
拳を握りしめ、プルプル震えながらも、俺は返事を書いた。
放課後に二人きりで授業?
スク水?
2週間のお泊まり?
そもそも、全部の手紙において、なぜ定型文の後は必ずアキトのトピックで始まるんだ?
そういった数々の怨念を押し殺しつつ、無難な返事を書いた。
俺の精神力も成長していると思う。
たぶん。
そうこうしているうちに、俺が入学してから6年が経過。
俺は留年することなく、無事に卒業を迎える。
成績は中の上だったが、体魔術に関しては全学年でトップに立つことができた。
養成所では本当に様々なことを学んだ。
が、入学前、おっさんに言われた”力”を十分得られたかというと、そうでないことは理解できる。
自分が未熟だといつも痛感している。
でもそれは、心が少しだけ成長した、という証なのだろう。
卒業式にはサティも駆け付けてくれた。
その時に卒業祝いとしてプレゼントしてくれたのが、このナイフ。
俺は感激のあまり泣いた。
かけがえのない宝物が増えたことを喜んだ。
俺は准尉としてエスパニア陸軍中央調査部に配属され、早速いくつかの作戦に従事することになった。
反乱が噂される貴族の身辺調査、民間協力者づくり、そして、仮想敵国への潜入。
ちなみに、国外任務は楽勝だ。
俺の褐色の肌や生まれた国の言葉は、エスパニア人であることを隠すのに好都合なのだ。
俺は与えられた全ての任務を無事成功に導いた。
1年が経った頃、再びサティから手紙が届いた。
『アキトの両親が亡くなった』と、そこには綴られていた。




