第16話 対決の行方
「すごい。
体が、羽みたいに軽い。
それでいて、力が満たされている」
七海を優しく包む緑の光は、彼女の筋繊維の一つ一つに浸透していく。
光はやがてフェードアウトしていき、見た目にはわからなくなった。
「それじゃ、行ってくるわ」
彼女はそう言った。
「わかった。くれぐれも、気をつけて」
今の僕にできるのは、そんな月並みな言葉を伝えることだけだった。
間違いなく、今の彼女の力はモンスターを凌駕しているだろう。
しかし、100%七海が無事である保証などどこにもない。
普通、そういう場合はもっと引き留めたりするべきなのかもしれない。
だが、彼女には彼女の正義が、行動原理がある。
僕はそれを邪魔することなどできなかった。
それに、この状況をなんとかできる可能性があるのは、彼女だけだ。
彼女は、爆発的な加速でスタートダッシュを切った。
彼我の距離はおよそ100メートル。
それが一瞬にして0になる。
「ゥゥゥゥ……ゥグァアアアアア!」
モンスターも黙って見ているわけがない。
舌の負傷からなんとか立ち直ったヤツは、再び七海を踏み潰そうと前足を振り下ろす。
「遅い」
七海が前進を続けながら回避する。
前足が地面を突いた隙を狙い、カウンター気味に背後に回り込んだ。
そして、腰だめに力を入れ、遥か上空へ飛び上がった。
「右薙」
彼女が右から左に水平に振るった剣は、しゅぱっ、と言う音を放った。
同時に、モンスターの胴の真ん中を横断するように一本の線が入る。
そこから、ヤツの上半身がずるりと滑り、轟音とともに地上に墜落した。
切断面からは、一滴の血も出ていない。
それが、七海の剣の圧倒的な鋭さを表していた。
上下に分かれたモンスターの切断面それぞれから、真っ二つになった水晶玉のような物体が転げ落ち、やがて粉々に砕けた。
おそらくあれがコアだったのだろう。
僕は、急いで七海の元に走っていった。
「ふぅ、さくっと終わったわね」
「七海! お疲れ様!
七海の剣、とにかくすごかった……
強いんだね、七海」
「言ったでしょ? 用心棒くらいにはなるって」
彼女は控えめな胸をツンと張って、そう言った。
「うん……あ、念のため確認しておくけど、怪我はない?」
「大丈夫。それより、あれ見て」
彼女は真っ二つになったモンスターの体を指差す。
見ると、紫の魔素が体内から溢れ出て、蒸発していく。
それとともに、モンスターの体もボロボロと崩れていく。
まるで肉体が魔素に喰われているようだ。
黒い灰のようになったモンスターの肉体を最後の魔素が喰らい、霧のように消えた。
「一体、なんだったんだろう。あの消え方も尋常じゃない」
「やっぱりあれは普通のモンスターとは違うの?」
「全然違うよ。
普通のモンスターはそもそも魔素…あの紫の瘴気なんて纏っていない。
それに、コアを切ったとしても、肉体が跡形もなくなるなんて聞いたことがない」
「……不可解ね。
ま、とりあえず危険はなくなったし、後は陸軍に任せて、私たちはさっさと退散しましょう(早くご飯作りに取り掛かりたいし)」
「そうだね。早く家に帰ろう(僕も目立ちたくないし)」
「そうね…………あ! ちょっと待って! お米もお酒も買えなかった! 魚も置いてきたまんまだし!」
「あー、そういえば……
ちょっと時間が経って避難した人が戻ってきたら、こっそり街に戻ろうか」
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太陽が西に傾き始めた頃に、僕らは街に戻った。
魚も無事だったし、酒屋も米屋も鳥肉専門店も奇跡的に破壊をまぬがれていたようで、必要なものを無事に手に入れることができた。
ただ、酒屋の店主がモンスターと戦いながら海に向かう彼女を目撃していたらしく、酒を無料で何本ももらってしまった。
さらに、それを聞いた周りの商店主たちがお礼にと、食材や調味料やお土産をたくさん渡してきて、商店街でちょっとした騒ぎになってしまった。
ついでに、「剣姫さまじゃー! リブロ家のお坊ちゃんの想い人は、救世の剣姫さまじゃったー!」などと古物商のババアが叫んでいたが完全無視し、逃げるように家まで帰った。




