第三次調査報告
「本当に奇特な王だこと」
副官はそう呟いた。彼の王とは30年来の付き合いだが、出会った時からこの感想は変わっていない。
王城の大会議室には、陸軍の中枢に携わる者が一堂に会している。
そして、円卓の主席には……
「全員揃ったか? 早く始めっぞ!」
せっかちなエスパニア国王が座っていた。
有力貴族による派閥争いが過激化し内乱の様相を呈していたこの国を、戴冠からたった3ヶ月でまとめ上げ、平和と秩序を築いた男。
民衆からも"賢王"と称えられ、神に次ぐ崇拝の対象となっている男。
そして、国王という身分にありながら、わざわざ各省の個別の会議にも顔を出す。決して全てを他人任せにはしない男だった。
副官は雑念を振り払うと書類を手に取り、
「それではこれより、学術都市アプレンダ崩壊事件 第三次調査報告会を始める」
そう告げた。
「定常通り、国王の意向に則り細かい挨拶は省く。では、陸軍大臣、報告を」
「はっ!
事前の通達があったかと思いますが、
陸軍中央調査部により事件調査の進捗がありました。
詳細は中央調査部司令よりお伝えいたします。司令」
「はい。ではまず、被害者数の報告から。
第二次調査時より若干数字が変動しております。
爆発による直接的な死者 10万2090名、
魔素中毒による死者 3万3282名、
行方不明者 2万1607名、
住居の崩壊・焼失に伴う避難者が5万204名
となっております」
どこか冷たい印象を与える司令は、淡々と報告した。
「魔素中毒で3万? 前の報告ん時は1万じゃなかったか? 増えすぎだろ」
すかさず国王が突っ込んだ。
こういうところが彼らしさの一端を表している。
「爆心地の近くにいたため重篤な中毒症状を引き起こした者。
また、魔素抵抗力の弱い老人・子供が、
この数週間で多数亡くなったことが原因です」
「……わかった。続けろ」
怒りで焦げ付きそうな心のうちを見事にコントロールしつつ、国王は努めて冷静に言った。
「はい。避難者5万のうち約半数は魔素中毒を患っておりますが、
未だ周辺病院の受け入れは完了しておりません。
ですが、死者が増えたことにより一部病床に空きができ、
受け入れ作業自体は徐々に進んでおります」
「まったく笑えない皮肉だな、おい」
「はい。また、周辺自治体が魔素汚染を恐れ、
避難者を遠ざけ受け入れを拒む風潮が出てきております」
「接触や呼吸による魔素の伝染は存在しないんだろ?」
「はい。全土から招聘した研究者が、
その点については証明しております」
「わかった。それについては俺から布告を出す。
同胞を見捨てるような奴はクソだ、とな」
「承知しました」
副官が国王の言葉に答える。
彼が部下の一人にすぐさま指示を与えると、部下は急ぎ足で会議室を飛び出した。
国王の布告は優秀な部下達によって正式に書面化され、半日以内にエスパニア全土を駆け巡ることになるだろう。
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「………………被害状況の報告は以上です。
続いて、事件原因の調査状況についてご報告いたしますが、
小休止は必要でしょうか?」
会議開始から変わらぬトーンで淡々と話す司令が、国王に伺いを立てる。
既に2時間が経過していた。
「いらん、続けろ」
国王の集中力は途切れることを知らなかった。
いつものことである。
「はい。それでは続けます。
事件の中心には、やはり"例の実験"が
関わっていることは間違いありません」
「無限機関か」
「はい。生成された巨大なマナが暴走したことが、
爆発の直接的な原因と考えられます。
しかし、マナがどのようにして魔素に変じたのかは、
未だ解明されておりません」
「解明の見通しは?」
「残念ながら、まだ立っておりません。
魔素研究の中心人物も、
そのほとんどが学術都市に居を構えておりましたので」
学術都市の崩壊は、知識・研究の面でもこの国に深刻なダメージを与えていた。
「招聘した奴らには、期待するだけムダだろうな」
「難しいかと。
ですが、1件気になる情報が上がってきております」
「何だ、それは?」
「学術都市アプレンデの近郊から、
マルタ領に向かった不審な人物が目撃されております。
身長は170センチ前後、
黄色のロングコートに黒いマスク、
口元には赤いタオルを巻き、
緑のカバンを肩からかけた男。
推定年齢は10代後半」
「明からさまに怪しいな」
「はい。そして、関係各所に聞き込みを重ねたところ、
そのような色彩の崩壊した服を着る可能性のある者が、
一名浮かび上がってきました」
「誰だそいつは?」
「……アキト・リブロ、です」
一瞬、会議室全体がぞわりと揺らいだ。
「エスパニア法魔術界の頂点……生きていたのか……」
「未確認ではありますが、
彼なら可能性はゼロではないかと」
「国王。
リブロ伯爵家はマルタ侯爵家と昔から懇意にしておりました。
マルタ領東端のセトの街にはリブロ家の別荘地も存在しているはずです」
副官は、この会議において最高品質の情報を脳内から取り出した。
「早急に彼の足取りを追え!」
「はい。実は既に小隊を出しております」
「話が早くて助かる。
動向は逐一俺か副官に伝えろ!
直接でも構わん!
いいか、絶対に逃がすなよ」
「委細、承知しました」
バンッ!
その時、突然会議室のドアが開け放たれた。
「緊急! 緊急のご連絡です!!」
陸軍士官服に身を包んだ若い男が息を切らせて入ってくる。
「控えよ! 国王の御前であるぞ!」
副官が怒鳴りつけた。
様々な会議に参加しているとはいえ、国王は国王だ。
若手士官がやすやすと謁見していい相手ではない。
「申し訳ございません! ですが、緊急災害レベル5であったがゆえ、解雇覚悟で参りました!」
「レベル5だと!? まさか、また…」
「はい……異常種モンスターの急襲です!!」
会議室が騒然となった。
「一体どうなっているんだ?!」
「今月3度目だぞ!!」
「くそったれ、異常種に対しては悉く都市防衛に失敗してるってのに!」
百戦錬磨の軍人たちが不安を吐露する。が、
「静まれぇい!!!!!」
副官の一喝で、会議室は急速に落ち着きを取り戻した。
「……それで、モンスターの発生地域はどこだ?」
「マルタ領東端! セトの街です!」
「「「なんだと!」」」
会議室にいた全員が、不思議な一致に驚愕する他なかった。
これは、偶然なのか……それとも……




