第11話 ショッピング
今日は少し長めです。
「大丈夫? 昨日から思ってたけどあなたの目の下のクマ、相当ひどいわよ?」
起き抜けに七海からズバッと指摘されてしまった。
「え、ああ、大丈夫だよもともとこんな顔だから。ははは……」
(嘘が下手ね。夜の間ずっとうなされてたみたいだし。まぁ”アイツ”が取り憑いてるくらいだから、悪夢に苛まれるのも不思議ではない、か)
彼女は僕の言葉を信じていないようだ。
手元のコーヒーに口もつけず、細めた目でじとーっと睨んでる。
やがてその目がきらーんと鋭く光ったような気がした。
「決めた。街に行くわよ」
「へっ? 街?」
「この近くに街くらいあるでしょ」
「そりゃあるけど」
「じゃあ行きましょう。10秒で支度しなさい」
「10秒!?」
有無を言わせない彼女の口ぶり。
僕は否定の言葉を取り出せない。
まぁ元々街に送り届けるつもりだったし、拒む理由は何もないからいいんだけど。
「はい急ぐ! ムーブムーブムーブ!!」
「イ、イエスマム!!」
どたばたと家中を駆け回り着替えと必要なものの準備を行う。
「準備、完了いたしました!」
「遅い! 規定時刻を3秒も過ぎている!」
「も、申し訳ございません!」
「次は無いわよ」
「はっ! 承知しました!」
こんなに早く着替えたのは生まれて初めてだ。
無理やり動かされた感はあるが、彼女の凛とした声に指示されながらキビキビ動くのは、正直気持ちがよかった。
彼女はと言うと、例の白い剣を腰に携え、綺麗に背筋を伸ばし腕を組み仁王立ちで待っていた。
ちなみに昨日の治療の際、服も清潔な状態に再構築してあるので、もちろん海水の汚れ等も無い。
僕はいつもの麻の服の上からフード付きの黄色いロングコートを羽織り、目と鼻は黒い仮面で、口元は赤いタオルを巻いて隠し、肩から緑のカバンを提げている。
ここ数ヶ月の外出用の装いだ。アキト・リブロだと悟られないための完璧な変装である。
「それよりも、あなた本当にそんなカッコで行くの?」
「いやー、あまり目立ちたく無いと言いますか……」
「余計目立つわ!」
あーれー
一瞬のうちにコートと仮面とタオルを剥ぎ取られ、麻の服とカバンだけになった。
「よし、行くわよ」
「は、はぁ……」
彼女は意気揚々と玄関のドアを開け放った。
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エスパニア王国マルタ領の東端に位置するセトは人口1000人程の小規模な街だ。
海に面しており、海水浴はもちろん景色も楽しめることから、夏になるとそこそこの観光客が訪れる。
しかし今はシーズン前ということもあり、街を歩く人は然程多くない。
僕たちは街の中央を走る大通りを歩いていた。
通りの両サイドには観光客向けの土産物屋や飲食店が並んでいる。
「なるほど。
思った通り、魔術以外の文化レベルは中世ヨーロッパのそれと大差無いわね。
アキトみたいにファッションセンスが致命的に崩壊した人も歩いてないみたいだし」
「え……? 嘘……? 僕のセンス……」
「それよりも観光客向けじゃない、もっと地元の人向けのお店は無いの?」
「致命的……崩壊……」
「ちょっとアキト! 聞いてる!?」
「え! ああ、ごめんごめん、地元の人向けのお店だよね。それなら」
そう言って一本細い道に入る。
1ブロック程進むと、地元の人が生活のために利用する店舗が立ち並ぶ通りに着いた。
「そうそう! こういう感じがいいのよ! やっぱり旅の醍醐味は地元の生活に密着するに限るわね〜」
「へ〜、そういうものなんだ」
旅に興味の無い出不精なのであまりピンと来なかったが、そういうものなのだろう。
とりあえず彼女が満足そうにしているのでよしとしよう。
「え!? あれは!」
しばらく歩いていると、七海が何かを見つけたのか急に駆け出した。
僕も急いで後を追う。
「私のリュックー!! 無事だったのねー!!」
彼女は街角の古物商の軒先に売り物として飾られてある、変わった見た目のカバンに飛びついた。
げ、まずい、ここは……
「あんれ? リブロ家のお坊ちゃんじゃないかぇ! こりゃまた久しぶりだんねぇ〜」
「チガウ。ワレワレワ、ウチュウジンデアル」
「な〜にをとぼけたこと言ってなすってぇ。
見違える程大きくなっちまってぇ。今日は彼女さん連れかぇ?
ムスコの方もすっかり成長ってわけかい。早いもんだねぇ〜」
やはりバレてしまった。
僕が小さい頃によく通っていた店じゃないか。
出会い頭に古い下ネタをぶちかましてくるこの婆ちゃんは、見た目も中身も昔から全く変わってない。
「はぁ〜……婆ちゃん、今日はこっそり来てるんだからあまり騒がないでよ」
「なんと! お坊ちゃんはどこぞのお姫様とお忍びデートかい! こりゃリブロ家も安泰だ! 立派なお世継ぎができると旦那様も今頃天国で狂気乱舞してらっしゃるだろうよ! こりゃめでたい! 爺さん! 赤パン持ってきな! 祝いじゃ! 祝い!」
「ちょっと! 声がデカい! しーっ! しーっ!」
「はぁ〜ズッコンバッコンずっこんばっこんズッコンバッコンずっこんばっこん!」
謎の祝い踊りを踊り始めたハイテンションババアを全力で取り押さえつつ七海の方をちらっと見た。
彼女はこちらの話など全く耳を傾けていない様子で、変わったデザインのカバンの中を一生懸命あさっている。
「七海、そのカバンがどうかしたの?」
「どうかしたも何も、これ私のリュック! 海に落ちた時に失くしたみたいだから半分諦めてたけど、見つかってよかったわ! 中身も無くなってないみたいだし」
「そっか。誰かが拾って中身ごと古物商に売り払ったのかもね」
「なんじゃ、お姫様はそのカバンが欲しいのかぇ?」
「婆ちゃん、これ元々彼女の持ち物だったみたいなんだ。返してあげてよ」
そう問いかけた瞬間、婆ちゃんの顔が一気に青ざめた。
どこからか悲しげなBGMがかかってもおかしくないような雰囲気だ。
「そうかぇ。
そのカバンはそこのお姫様のだったんかぇ。
そりゃ返して差し上げないとバチが当たるねぇ……
あぁ、しかし神様は意地悪だねぇ。
老い先短い老人が大枚はたいて手に入れた、一風変わったこのカバン。
見たことないデザインだし、どこぞの貴族様が趣味で高値つけてくれるはず……
これさえ売れりゃぁもう少しお店続けられるねぇ、なんて思って人生最後の賭けに出たっていうのに、無一文になっちまった。
最近は病気も悪化してきたし、もう医者に行く金も……えほっ、げほっ」
おい。
さっきまで踊り狂ってたハイテンションババアはどこに行った。
殺しても死なないような、この先50年でもババアやってそうなババアが何を言う。
ババアは俯きがちにこちらをチラチラと見ている。
「はぁ……わかったよ婆ちゃん。これいくら?」
「き、金貨3枚じゃ……えほっ、げほっ」
「金貨3枚!?」
どんだけぼったくるんだよこのババア!
この国の貨幣は価値が低い順に、銅貨・銀貨・金貨がある。
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚という風に100倍刻みで価値が上がっていく。
(さすがに銅貨や銀貨を何十枚も持って歩くのは大変なので、他にも小銀貨や小金貨といった貨幣も一応ある、が今考えても仕方がないので置いておこう)
ちなみに、王都の軍人の平均初任給が銀貨25枚/月と言われている。
金貨3枚は銀貨300枚相当。
従って、このババアは七海のカバンに対して軍人1年目の年収分をまるまる請求してきやがったのだ。
王都の軍人といえばエリート階級にあたるので、庶民はもっと稼ぎが少ない。
金貨3枚は下手すると庶民の2〜3年分の稼ぎに匹敵する。
「婆ちゃん、高すぎ」
「あぁ……
これでおしまいかぇ……
爺さん、私と二人で天国の旦那様に会いに行ける日も近いかねぇ。
お坊ちゃんの立派に成長なさった姿をお伝えして、
"我々はお坊ちゃんの糧として立派に務めを果たしましたぇ"的な報告をせねばねぇ……」
なんだこの婆ちゃん、しばらく見ないうちに面倒くささがパワーアップしてないか……
悲しげなBGMが本当にかかってるような気さえしてくる。
ん?
なんか本当に音楽が聞こえてくるような…………
僕は思わず店の奥を覗いてしまった。
……店の奥ではしわくちゃのジジイが背中を丸めてバイオリンを弾いていた…………
おいジジイ! 貴様もか! 演奏やめろ! メゾフォルテで短調のメロディを奏でるんじゃないよ! しかもだんだんクレシェンドしてくるし! そして勝手にソロに入って盛り上がるな! ていうかバイオリン弾くぐらい元気あったら何も問題ないだろ! 老後の趣味満喫してるただのリア充じゃねーか!
ジジイは体全体を揺らしながらダイナミックにバイオリンを奏でている。
はー、ため息しか出ない。
僕はカバンに手を突っ込み、こっそりとメティスの図書館を起動した。
そして一冊の本を取り出す。
「はい、これ」
「む……こ、これは……なんと! 法魔術大全!
基礎理論はもちろん、古今東西あらゆる魔術の論文および解説が網羅された幻の一冊!
巻末付録には最新法魔術がそのまま使用できる式句シート付きですとぉおお!」
やけに説明口調な驚きは放っておいて、僕は話を続ける。
「これは王都じゃ金貨10枚前後で取引されてる。七海のカバンの対価としては十分すぎるでしょ?」
「当然ですじゃ! もってけ泥棒ですじゃ!」
それは店側が割引した時に使うセリフだよ……という言葉を(面倒だから)飲み込み
「それで、手持ちのお金が少ないから併せていくらか工面して欲しいんだけど」
と続けた。
ガイアブルの肉を買った際に手持ちのお金はほとんど使い果たしていた。
それに、本とカバンで金貨7枚分も差額があるのだ。
少しはお釣りをもらってもいいだろう。
「え…………?」
……おいババア。
きょとんとするな。
何だその「本とカバンで等価交換だから今更金貨なんていらないでしょ当然」みたいな顔は。
だぁー、もうっ! めんどい!
「わかったよ! あと何冊か渡すからそれで工面して!」
「あざーーーす!」
「若者敬語使うな!」
まったく、相変わらず驚くべきがめつさだった。
とはいえ、小さい頃にこの店に並ぶアーティファクト達に触れなかったら、僕が法魔術に興味を持つこともなかったんだろうな。
そのこと自体にはきっと感謝するべきなんだろうし、タダ同然で本を渡すくらいしても問題ないだろう。
しかし、法魔術にのめり込んだ結果があの悲劇に繋がっているのも間違いない。
そう考えると少し複雑な気がした。




