第10話 ナイフ
取り乱していた七海が落ち着きを取り戻し、ベッドに入ったのは深夜2時を過ぎてからだった。
僕も戸締りと消灯を行い、寝床につく。
残念ながら、もちろん部屋は別だ。
目を閉じる。
今日一日でいろんな事があったな。
その結果、早朝に捨て去るはずだった命が、今もここにある。
脳は思考し、心臓は脈動し続けている。
あの七海という不思議な少女は一体どこから来たのだろう。
彼女はグリセリアではない別の星”地球”だと言っていたが、本当だとすると宇宙人てことになるのか?
グリセリア外知的生命体?
少なくともグリセリアで別の惑星の生物と接触した記録は無い。
公式には無いだけなので、もしかするとどこぞの国の機密にはあるのかもしれないが。
ま、どちらにしてもそんな簡単に宇宙人なんて会えるわけないよな。
いくら黒髪黒目は珍しいとはいえ、彼女の外見・中身は人間そのものだし。
もしかすると、彼女の国では月が一つしか観測できないのかもしれない。
もしそんな土地で生まれ、かつそこまで文明度も高くなかったら、月は一つしかないと思い込むかもしれないし。
ただ、久しぶりに人と会話らしい会話をした気がする。
きちんとコミュニケーションできていたかどうかは不安だが。
(楽しかった、な…………はは、何を滑稽な。そんなこと思う資格すら、僕には無いと言うのに)
そんなことを考えながら、微睡んでいた僕の意識は夜の闇の中に沈んでいった。
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「できた! ねぇアキトできたよ!! すごい! 本当にすごい!!」
僕の目の前を少女がぴょんぴょん飛び跳ね、その喜びを全身で表現している。
褐色の肌。ツインテールの赤い髪。
身長は僕よりも二回り小さい。
その手に握られているのは、ぼんやりと光を放つナイフ。は? ナイフ!?
「ちょちょちょ! 危ないって! ナイフこっちに向けないで!」
「へっへー! いいでしょ! 兄ちゃんへのプレゼント〜! あ! もしかしてアキトも欲しかった〜?」
人の話を全然聞いてない。
まったくこの子は……
「シヴァ兄か。そういえば長いこと会ってないな。今年で陸軍将兵養成所を卒業するんだっけ?」
「そうそう! 兄ちゃんも立派な軍人さんだよ〜」
「それにしても卒業祝いにナイフなんて、、、随分武闘派な兄妹だこと」
「いいじゃん! ナイフ! 護身用にもなるしリンゴの皮もむけるしケーキカットもできるしお菓子の袋も開けられるし!」
半分以上食い物用かよ。
とはいえ、そのサバイバルナイフ、護身用はもちろん、野外での作戦等には非常に有用に思える。
ギザギザのついた部分も含め、切る、突く、剥ぐ、割る、いずれも問題なくこなしてくれそうだ。
「それに、アキトが教えてくれた光の魔術も組み込んであるし! 暗いところでの作業はもちろん、夜更かしする時の読書灯にもばっちこい!
これでこのナイフも立派なアーティファクトね〜。あ〜こんなに有用なものを思いついてしまうなんて、もしかしてアタシ天才アーティファクト職人!?」
「枕元にナイフ置いて読書はちょっと怖すぎるでしょ……」
先ほどからぼんやりと光を放っているナイフには、光の魔術を組み込んである。
このちっこい子がせがむので、式句の記述方法やナイフへの刻印の仕方を僕が教えてあげたのだった。
「いや〜見れば見る程ほれぼれする出来栄えだねぇ〜」
「ま、お前が納得してるんならいいか」
「えへへ〜兄ちゃん絶対喜ぶよこれ〜! なんたって私のお手製だかんね〜!」
「あのシスコン全開のシヴァ兄なら間違いなく喜ぶだろうな。まぁ、僕が教えたにしろ、こんな短期間でそれを作り上げたのはすごいと思うよ」
「でしょでしょ〜!
…………でも、これが出来たのはアキトの教え方が本当に上手だったからだよ〜
…………アキト、ありがと!」
幼さが残る顔で屈託なく笑う彼女は眩しい。
眩しすぎた。
ドクンと脈が跳ねるのを感じる。
ここ数ヶ月で女の子らしさが一気に増した気がする。
一昔前は何も気にせず一緒に遊ぶ、いわゆるただの幼馴染だったというのに。
「えっ……うん、まぁ、それほどでも……」
急なファストアタックに思わずたじろいでしまった。
何はともあれ、彼女ときたら、シヴァ兄と同じく、直感的に修得可能な体魔術ばかり著しく成長してしまい、細かい理論や概念の理解を必要とする法魔術に関してはからきしだったのだ。
それなのに、いくら難しいと伝えても「いやだ絶対に兄ちゃんにはアーティファクトをプレゼントする!」と言って聞かなかった。
しかし、基本的なことしか教えなかったにもかかわらず、とんでもなく短い期間でアーティファクトを作り上げたのは驚嘆に値する。
センスの塊のような女の子だった。
だった?
ああそうだ。これは、4年前、僕たちが13歳になった年の年度末のこと。
現実の彼女は既にこの世にいない。
くそっ。なんで僕はいつも途中で気付いてしまうんだ。
夢ならずっとこのままにしてくれ!
「…………そっか、アキト、気付いちゃったか」
その言葉にふと顔を上げる。
目の前の少女は微笑みながら目を細めた。
ほろりとこぼれ落ちた水滴に導かれるように一筋の光が彼女の頬を伝う。
その瞬間。
僕たちのいた空間を取り巻くように、黒々とした灼熱の風が吹き荒れた。
地獄の業火が彼女を包む。
炎は、彼女の小さな手足から可愛らしい顔まで、あっという間に骨も残さず焼き尽くしていく。
「だめだ! 行くな!! 待ってくれよ!!! お願いだ!! 死ぬなよ! 頼むから……生きて……生きてくれよ…………おい…………サティ…………」
そして、僕以外に何一つ存在しない真っ暗な闇が広がった。
まただ。
まただ。
まただ!
何度味わえばいいんだ。
この絶望を。
繰り返す悪夢はいつだって、僕の人生の一番楽しかった時を再生する。
そして、僕が現実ではないと気付いた瞬間に、全てを焼き尽くしてしまうのだ。
膝が体重を支えることを拒絶し、上体もろとも崩れ堕ちた。
俯きながら嗚咽が漏れる。
握りしめた拳を何度も地面に叩きつける。
だが心のどこかが理解している。
どれだけ嘆こうと、どれだけ拳を握ろうと、失ったものは何一つ帰ってきやしないと。
気づくと、ベッドの上で、夢の中と同じように背中を丸め、自分の膝を殴り続ける僕がいた。
外は変わらぬ夜の闇の中。
ベッドに横になった時刻から、まだ1時間しか経っていなかった。




