5話 わたしの好き
「みなさんこんばんは。『高倉澪のみずのおとラジオ』、第四十一回の放送が始まりました。この番組では、わたし高倉澪が水のように穏やかなひとときをお届けします。さて、先週から春アニメの情報が続々解禁されています。まだ気が早いかもしれませんが、今回は新情報の整理もしていきますね」
ラジオスタジオの録音ブースにて、澪は落ち着いたトーンで話す。テーブルにはマイクやカフボックス、台本にペン。澪の向かいには放送作家。二人の右横の調整室には、ディレクターをはじめとするスタッフの姿が。
このラジオは隔週で収録し、FMで毎週放送している。四月で一周年を迎える三十分番組。澪の事務所は個人のSNSを禁止しているから、作品以外でのファンとの交流場はラジオだけ。お便り紹介の他、各作品の場で語りきれなかった裏話に物語解釈、仕事の合間に起きたエピソードを中心に喋り、週替わりの企画もこなす。
少年役を主とする女性声優には、イメージに沿ったかっこいい言動を取る人もいる。小柄で丸顔の澪では様にならず、そうした振る舞いはしなかった。
澪が演じるキャラクターは、ポジティブ思考の王道主人公、生意気なひねくれ者、優等生、王子様、悪役など多種多様だが、明るさに振り切ったタイプや自己主張の強いタイプが多い。そんな声優がラジオではまったりとした時間を提供する――と、ギャップを楽しんでもらう方向で動いていた。
二本録りした後。構成作家の三十代女性・篠崎にある提案をする。
「次の『わたしの好き』なんですけど」
企画の一つに好きなものを語るコーナーがあった。いつも澪が希望を出し、だいたい採用される。
「テーマが決まりましたか?」
「はい。プチジュエル・プリンセスさんを希望します」
「アイドルグループさんですね」
篠崎はノートパソコンにメモを取りながら、妙に意外そうな顔をした。
「ご存じですか?」
「詳しくはありませんが。確か春で解散される……」
「ダメですか?」
「いえいえ、賛成ですよ。ですが不思議に思えたのです。高倉さんは発言の際、熟考に熟考を重ねていますよね」
そもそも澪はあまりプラベートな話をしない。食の好みや休日の過ごし方ぐらいならいいけれど、話題はかなり選んでいる。これまで「わたしの好き」で取り上げたのは、エンタメ作品、作者、声優、アーティスト、楽曲など。直接的・間接的問わず仕事で繋がりがあるか、そうでなければ一般世間に広く浸透している、メジャーで無難な対象ばかりだった。好きな気持ちに偽りはない。伏せたい趣味ではないだけで。
「熟考を重ねた結果、発案しなさそうなテーマということですか?」
なんの繋がりもないアイドルグループだから、篠崎は違和感を持ったのだろう。プチプリファンだということは、勧めてくれた沙耶の他、三好に軽く知られているくらいだった。……先日までは。
「その通りです。心境の変化でもありました?」
「いえまあ……。解散しちゃいますし。番組を通して応援したくなりました」
本心といえば本心だった。プチプリは知名度こそあるが、「名前は知っている」で止まってしまうファン未満も多く、武道館を満員にできる保証はなかった。「応援したい」も立派な動機だ。しかし一番の理由は別にある。
(柴田さんとプチプリの話をして楽しかったから、なんて言えない)
好きなものについて語る時間の豊かさを知った。初めてオープンにしてみたいと思ったのだ。
「相手方も喜ばれると思いますよ。これでいきましょう」
そこからはトントン拍子に進んだ。ディレクターに話を通し、プチプリ側にオファーするとすぐに承諾が出た。先方も交えた打ち合わせには雪奈が来てくれるという。日程はアリス役オーディションの直後で、さらに気合が入った。




