俺たちは出会う前から親友だったみたいだ
窓から差し込む朝日を浴びながら机に思いきり突っ伏する。地球の終わりみたいな溜息をつく俺。そんな俺の背中に、親友の輿が哀れみの視線を投げかけてきた。
「大丈夫か、風凪。」
「はあー・・・」
「何か悩み事でも?」
「いや、ストレス。」
「どうしたん?」
顔を半分机に埋めたまま、俺は怨念の籠もった声で呟く。
「別に、新刊の特典がもらえなかっただけ。」
「あー、それはドンマイだな。俺も特装版買い損ねて枕を濡らした夜もあったわ。グラジオアスの白黒表紙、生で見たかった・・・」
その単語を聞いた瞬間、俺の背筋がピンと跳ね上がった。レーダー感知、ロックオン。
「おいおいおい。もしかして、その人物。『追放された付与魔術師の俺、実は唯一の【概念上書き】持ちだった~今さら戻ってきてくれと言われても、隣国の聖女様と無自覚に無双しているので間に合っています~』の、主人公ですか?」
「・・・まじか。知ってるのかよ。この小説。」
ガタッと椅子を鳴らして驚愕する輿に対し、俺は深く、重々しく頷いてみせる。
「俺たちは出会う前から親友だったみたいだ。」
「つまり、その新刊っていうのは、この小説ですかね・・・?」
「そう、ですねえ・」
すると輿は、ニヤリと鼻の下を伸ばし、大仰に肩をすくめてフッ・・・と不敵な笑みを漏らした。突然のドヤ顔タイムである。
「あー、なるほど、なるほど・・・ふっ。もし、あなたさえよければーなんですが。貸してあげてもー、構いませんよ。」
「え、ガチ?」
俺は食い気味に輿様の言葉に返答する。これは、熱いでえ。
「小生がー、嘘を吐く理由はありませんよ。」
「えー、本当にありがとうだよ。一回生で聞きたかったんだよ。まあ、最終的には転売ヤーから買うんだけどさ。アハハ。」
「いや、そうなんかい!借りる意味!!・・・まあ、そんな、感謝されることでも、ありませんよ。」
輿ってねっとり低音ボイス上手だなと思うとともに、俺の心は感謝感激の嵐だ。だから、これはお礼をしよう。
「お礼と言ってなんですが・・・私、その巻、持っていますよ。」
「ッ!まって、まて。エリック・マテオと。」
輿は手を頭に当てて、驚いている。まあ、そんなことよりも・・・
「いや、エリック・マテオは誰?」
「俺の小学校の時のALTの先生。って、どんなところに突っかかっとんねん。」
「いや、気になっちゃって。それで待ったけれども?」
「んんっ気を取り直して。その巻って、グラジオアスの・・・」
「はっはっは!ええ。あげるのは難しいですが、貸すのは平気です」
今度は輿の目が飛び出さんばかりに見開かれた。ガタガタと椅子の背もたれを掴んで身を乗り出してくる。
「あなたはー、命の恩人ですよー。近いうちに転売ヤーから買おうか、本気で迷っていましたもの・・・」
「あー、それは、なによりです。」
「やはり、人に親切をすれば、自分に返ってくるものですねえー」
「そうですね。」
「「はっはっは!」」
教室の片隅で、謎の敬語を操る限界オタク二人が熱い握手を交わさんばかりの勢いで絆を深めていると、前方からクスクスと鈴を転がすような笑い声が降ってきた。
「フフッそれ、平成オタクのしゃべり方すぎ。」
「うわっ、栄花!?いつの間に!」
鳩が豆鉄砲を食ったようなこの表現知ってる俺頭いいな)顔で飛び上がる輿。輿が振り向いた先にはリュックを置いて来た露崎が立っていた。
「まあ俺は気づいてたけどね。おはよう。」
「なんだよ、そんなら教えてくれよー風凪―。まあ、おは。」
「うん、おはよう。」
露崎は呆れたように肩をすくめつつ、輿がふと思い出したように首を傾げた。
「そういえば、栄花寝坊?朝いつものところに落ち合わなかったけど。もしかして、あの女子たちに・・・」
―――あの女子たち。そのワードが脳裏をよぎった瞬間、俺の胃袋のあたりから強烈な虫唾がサイレンを鳴らして大暴れしそうになった。が、ここはポーカーフェイス。天才の俺たるもの、ここで般若のような顔をしては格好がつかない。ふんぬ、と感情を力技でねじ伏せる。
「うううん。ただの親子喧嘩。」
「えー、朝から?」
「ね。朝からは疲れちゃったよ」
「それは、災難だったな。なんて言われたん?」
輿がそう質問すると、露崎はげっそりとした顔で、両手を大きく広げて身振り手振りを交え始めた。
「いや、そう!聞いてよ、なんか、毎日『勉強しろ勉強しろ』ってうるさくて!それで朝ちょっと反発しただけで、なんかピーキー言ってきてさあ。ヒスすぎてマジしんどかった。」
「まだ中一なのに勉強って大変だね。」
「そう、そう!それに、私も勉強は好きだけど、強制してくるのは腹が立つというか・・・」
「勉強が好きって、馬鹿言うなってー。」
和希がヘラヘラと鼻で笑う。それにカチンときた露崎が、フンスと鼻息を荒くして言い放った。
「これでも学年三位なんだけど・・・あ。」
あ、地雷踏んだ、という顔をする露崎。時すでに遅しのごとく、その数字を聞いた瞬間、和希の背後にゴゴゴゴゴ・・・と効果音が呼び起こされんばかりに、あからさまに態度がデカくなった。腕を組み、天井を見上げてふんぞり返る。
「どうしたの?」
「学力の話になると、俺は鼻が高くなるんだよなー!」
「どうして?」
「なんてったって、俺って、学年二位だからさ!」
「へー、そうなのかー。」
俺は地球上で最も感情の籠もっていない、完璧なマイナス100度の棒読みをブチかましてやった。
「もう、本当にうざいよね。一位でもないのにそんなこと言っちゃってさ。」
露崎がジト目で和希を突き刺すが、和希は完全に勝利の余韻に浸っている。
「いや、お前らに勝てればいいんですー。」
「調子乗らないでね」
「・・・フフッ。」
二人の不毛な争いを見ていたら、俺の口角が勝手にフハハの形に歪んでいくのを止められなかった。
「・・・なにニヤニヤしてんの?風凪。」
輿が不審者を見るような目で俺を睨む。ふっ・・・本心を言えばな?「『お前ら』か。なぜ、学年トップを独走するこの俺が、その『お前ら』の下位層に含まれていると錯覚したのかね? 甚だ疑問でね、フハハハ!」・・・と言いたいところだが、そんな生粋の厨二病発言をリアルに吐き出したら、さすがの俺でも己の鳥肌で凍死しかねないので、全力で自重する。
「・・・いや、なんで、順位で競ってるんだろうなって思って。」
「まあ、学力の差を決定する一つの指標だから良いだろ。」
「というか、風凪君は何位なの?」
露崎に問われた俺は、ふっと窓の外を見つめ、哀愁を帯びた、それでいて全てを悟った賢者のようなトーンで呟く。
「あー・・・そういうの、聞いちゃう?」
「・・・え、ちょっつ、まって。はあー・・・」
横を見ると、和希が「アアアアア!」と声を漏らしながら頭を抱えてのたうち回っていた。よし、こいつは気づいたようだな・・・ククク、フフフ。
「え、どうしたの和希?」
「いや、分かるだろ、この言いぶりから・・・ッ!」
「察しが良いね。とはいってもあまり嘆かなくてもいいと思うんだけど。だって、最初の定期テストなんてみんな本気出してないんだし。」
あえて、自分の口からは「俺が一位だけど?」とは言わない。空気で相手に察せさせ、精神的ダメージを最大化する。これぞ知的階級が得られる至高の快楽、高等戦術。おそらく、ここまで素早く脳内シミュレーションを回してこのセリフを叩き出せるのは、世界広しといえど俺だけだろう。フフフ、ハーハッハッハ!
「あ、そういうことね。」
露崎が「あいつが一位か。」と納得の表情を浮かべる横で、輿のソウルが限界を迎えた。
「まじで、きんもーい!!」
「唐突なメスガキ・・・?」
「ちゃうわ!!」
輿の魂の絶叫が教室に木霊する。
「もう、この話はやめにしない? なんか気が重くなりそう・・・」
露崎が引きつった笑顔で両手をヒラヒラと振った。
「それもそうだね。」
俺も端敷く同意します。このままだと仲が悪くなりそうだ。
「つーか、結局風凪は部活どうすんの?」
輿が涙目で強引に話題を軌道修正する。唐突過ぎて一瞬戸惑ったが、すでに答えは昨日出している。
「・・・文芸部に入ろうかなと。」
「え!本当に!?」
露崎がパァァァと効果音が聞こえそうなほど目を輝かせる。
「えー、本当に・・・?」
逆に輿は、この世の終わりみたいなドスの利いた声を出す。
超絶どうでもいい話だけど、同じ「本当に?」なのに、天国と地獄くらいニュアンスが違うの、日本語面白すぎるだろ。
「まあ、本は好きだし。書くのもやってみようかなと。」
「剣道部は!?」
「なんか、運動系は大変そう。」
「まあ、そうだよな・・・」
輿にも思う節があるのか死んだ魚の目になって黙りこくった。
「じゃあ、風凪君、放課後一緒に入部届だしにいこ。」
「うん、そうするよ。」
「ええー・・・」
輿がこれでもかと分かりやすく焼きもちを焼いて、ぐぬぬと唸っている。そんなに嘆くんじゃねえ、男だろ、と喝を入れてやりたいところだが、さすがに脳内が昭和の熱血スポ根漫画すぎるなと思って口を閉ざした。
ギーンゴーンガーンゴーン――
絶妙なタイミングで、現実へと引き戻す昼休みの終了チャイムが鳴り響く。
「あ、そろそろ、戻るか。」
「そうだな・・・」
輿はまだ、一位の壁と文芸部への嫉妬でブツブツと何かを呟いていた。




