コンソメスープで食欲を
窓から差し込む午後の陽光が、机の上に並べたノートを白く飛ばしている。普段、俺は、主人公席でクラスを傍観している。群れることでしか己の価値を証明できない凡庸な連中を、心のどこかで冷笑しながら。
だが、今日はそんな俺の聖域に、遠慮なく踏み込んでくる存在が二人。
「じゃあ私のところの文芸部入らない?。」
授業間の休みのざわめきの中、露崎の声だけが妙に澄んで聞こえた。俺が部活に入っていないということで現在勧誘されている。
「えー。」
思わず間延びした返事が出る。けど、内心は少し揺れていた。帰宅部は楽だったけど、退屈は感じていた。そして、文章を書くのは嫌いじゃない。むしろ、ひとりでいる時間を埋めてくれるはず・・・けれど、俺は作文力が欠如しているから苦手だが。俺の頭の中にある壮大な叙事詩(ただの妄想)を、この不自由な言語というツールに落とし込むのは、至難の業だ。思考が音を置き去りにする感覚。それを「苦手」と一言で片付けるのは、少しばかり癪ではあるが。
「うーん、興味はあるかもしれません。」
「いーや。やめとけ風凪。この中学校の文芸部をなめてたらあかん。」
俺の決断を、無遠慮な低音がぶち壊す。横から口を挟んできた輿に、俺は首をかしげる。こいつの「なめてたらあかん」という言葉には、大抵の場合、ろくでもない根拠がセットになっている。
「どうしてなんですか?」
「え?知らないの?」
「はい。」
あまり、学校に興味がないからここの何がだめとかが分からないんだよな。学校行事なんて、俺にとっては季節が巡るのを確認するための指標に過ぎない。ぶっちゃけると、文化祭も体育祭も、ただのノイズだ。
「文芸部の部活体験のときに聞いた話なんだが、あそこは、文化祭のときにディベートがあるんよ。」
ディベート、本の紹介試合ということなのか?自分の好きな本を紹介できる、か・・・輿は嫌そうにしているが、どうしよう。面白そうなんだよな。俺の好きな「追放された付与魔術師の俺、実は唯一の【概念上書き】持ちだった~今さら戻ってきてくれと言われても、隣国の聖女様と無自覚に無双しているので間に合っています~」をみんなに知らしめることができると・・・たぶん恥ずかしいけど。俺の欲求が増していく。
「でも、それが、刺激があって楽しいんよ?」
露崎は楽しそうに笑う。その顔を見ていると、本当に悪くないかもしれないと思えてくる。
「いやいや、それだったらこっちの剣道部入れって。」
輿は露崎を押しのけて力強く言うが、俺は思わず苦笑する。
「運動部は体が持たないです・・・」
実際、体力に自信があるわけじゃない。しかも、運動は俺の性に合わない。汗を流して爽やかさをアピールするなど、俺の美学に反する。俺の戦場は、いつだって脳内にあるのだから。
「でも、風凪体格良いじゃん。スポーツやってたんじゃないの?」
そう言いながら、輿は俺の二の腕や肩をペタペタと触り出す。俺にそっちの趣向はないのだが?
「いや、やってませんって。」
俺はふと、窓の外に目を向けた。こういうやり取りも、なんだか久しぶりで、少し楽しい。
「だとしたら、そのちょっとした筋肉と日焼けはどこでつくんだよ。」
「それは、前回の小学校が沖縄にあったからです。そして、筋肉は引っ越し作業をいつも手伝ってたからです。」
言った瞬間、二人の表情が固まる。ああ、やっぱり珍しいよな。
「沖縄!?」
そう輿が驚く。
「沖縄ってあの『ちんこすー』のってことだよね?」
と、露崎が驚く・・・ん?
「は?」
「はあ?」
俺と輿は同時に疑問符を頭に浮かべる。今の、絶対輿と露崎のセリフ逆では?
「男子って、下ネタに敏感よね。」
露崎がはあとため息をつきながら肩をすくめる。
「急に『ちんこすー』って言われたら、困惑にならざるを得ないだろ。」
「露崎さんって下ネタ好きなんですね。」
俺と輿は息を合わせて全力で露崎の『ちんこすー』を掘り起こす。
露崎が言ったように、中学生男子はこんなにひねくれている俺でも下ネタには目がない。それがこの時期の男子の性というものだ。
「輿は相変わらずの揚げ足取りで、風凪君は囃し立て、と。」
露崎も俺たちの煽りに負けじと、淡々と煽る。やはり、輿という熱血冷笑揚足男子の幼馴染というだけあって、こちらも耐性と火力が高い。
「なーに、人にレッテル貼ってんだよ。」
「そうですよ。」
とりあえず、輿を盾にして野次を飛ばす。
「この健気な女の子をリンチしないでよ。」
そう言いながら露崎はわざとらしく弱弱しいふりをする。
「どこが健気・・・」
「健気でしょ?」
輿が反論しようとしたが、最後まで言い終わる前に露崎が割り込み、威圧する。
「そ、そうだな。」
輿は恐れをなして引き下がる。そして、俺を前に出す。なーにをしてんだと。そういう話です。ヘイ、セキュリティ、この情けのない男をつまみ出せー。なんつって。
「じゃあ、改めて。沖縄ってあの『ちんすこー』のってことだよね?」
「そ、そうです・・・そもそも、俺今年まで転校続きだったでしたから。」
まあ、さらっと言ったつもりだったけど、先ほどまでの空気が少しだけ変わった気がした。
「え、そうなんだ。」
「だから、ボッチなのか。小学校からのグループに入れないってところか。」
輿からのぐさっとくる一言。でも、否定できないのが悔しい。
「うー。否定ができないのはなんで・・・」
「ま、今はボッチじゃないだろって。」
輿がさらっと言う。その言葉に、一瞬、頭が真っ白になる。
「へ?」
「もう、俺らダチだろって。なあ栄花。」
「うん、そうだよ。だから、敬語とかもやめよ。」
当たり前みたいに言われて、胸の奥がじんわり熱くなる。
「そう、か。」
言葉がうまく出てこない。けど、悪くない。むしろ―――嬉しいし、懐かしい。この半年間、ろくに友達を作ってなかったから感覚がマヒしていた。そうだ、気が合ったら友達なんだよな。
「俺らは気が合うな。」
自然とそんな言葉が出ていた。
「急にタメ?切り替え早!ワロター。」
「敬語を使わなくていいって言ったのはそっちなんだが?」
軽口を叩き合うこの距離感が、少し心地いいんだっけ?
「まあ、いいか。」
「あれ?」
栄花の視線を追うと。俺の教科書に気づく。胸の奥がひやりとした。
「どうした、栄花?」
輿が俺の机に不思議がって寄ってくる。
「これって・・・」
露崎が、隠していた俺の教科書を俺の腕の中から引きずり出す。)
「あ、やべ。」
つい声が漏れる。見られたくなかった。特にこの二人には・・・
「なにー・・・」
輿も気づいたみたいだ。
「なんで、何も言わなかったの?教科書が落書きだれてたこと。」
そう、俺の教科書は何者かに全く汚い言葉の落書きをされていたのだ。これが発覚したのは一時間目の授業が始まる直前だった。
露崎の声が、さっきより低い。怒っているのが分かる。
「だって、別に気にするもんでもないし。」
本音だ。どうせ、人生こういう嫌がらせはいくつもあるだろう。いちいち気にしていたら、きりがない。
「いや、ダメだろ。」
輿が即座に突っ込む。
「誰にやられたの?」
露崎が俺に迫る。
二人の視線が真っ直ぐに刺さる。逃げ場がない。
「言わない。面倒なことは避けたい主義なんで。」
これ以上波風を立てたくない。それだけだ。
「まさか・・・」
「あの女子たちが?」
扉で笑っている昨日の女子たちを指さす。
「あー、いや。ちがいますねえ・・・」
反射的に否定する。けど、声が上ずっているのが自分でも分かる。
「嘘言ったら先生に報告するわ。」
その一言で、観念した。先生報告が一番怠い。いろいろ事情超でゅとかで面倒くさくなりそうだ。
「嘘です!あの女子たちです。本当のこと言ったから先生に言うのは勘弁してー。」
「だとしたら、これって、昨日のやり返しだよね?」
「たぶん?」
十中八九そうだな。露崎への嫌がらせが俺に向いたという感じか。
「ごめん。風凪君。私をあの時助けたために、こんなになって。」
露崎が頭を下げる。ん?それはなんで?気にしてないし、露崎が悪いわけじゃないのに。
「いや、これは別にいいよ。」
「そうだぞ。」
と、輿が便乗する????
「そうだぞ、はおかしい。」
頭を打ってしまったのか?この人でなしは。
「あ、違う違う。あの女子たちが悪いんだから気負うなってこと。」
「あ、そゆこと。分かりずら。」
「は?読解力の問題でしょ。」
「はいはい、そうですね。それより、なんで、露崎はあの女子から昨日あんなことされてたの?」
流すなーという輿の反論が聞こえたが、ひとまず気にしないことにしよう。
「いや、風凪が、飛び火を受けるのは全然良くないんだけど。」
「心配してくれてありがとうなんだけど、今は別にいいよって話。今は、ね。」
いつか、一泡吹かせてはやるが。
「それよりも、理由を教えてよ。」
少しだけ強めに言う。曖昧にされたくなかった
「・・・とはいっても私、理由はわからないの。」
「え、そうなの?でも、先生には報告できるんじゃ。」
「しようとしたさ。でも・・・」
「でも?」
嫌な予感がする。
「先生は取り合ってくれなくって。」
その言葉に、俺は深く落胆した。「取り合ってくれなかった?それはどうして?」
「それも分からないの。たぶん面倒くさいからなんじゃないかな?」
苦笑いの裏に、諦めが見えた。そして、俺は、いじめを容認するってどういう中学校なんだと。俺はあきれながら、さらなる質問を重ねる。
「親とかは?」
「私の親。どっちも医者だから家に帰ってきてもほとんど話さないし。」
少しだけ視線を逸らす露崎。まあ、俺も同じようなものだから気持ちはわかる。
「じゃあ、輿は?」
輿の方を向くと、こちらも複雑な顔をしていた。
「俺は親居ないし。じいちゃんたちも入院中だから・・・」
俺は普通に後悔した。少し失礼なことを聞いたのかもしれない・・・
「なんか、二人ともごめん。」
少々気まずい空気。でも、不思議と嫌じゃなかった。隠さなくていい感じがする。
「まあ、今までは俺がそばにいるようにしてたから、良かったんだけど。昨日は登校中を狙われたから・・・だから、昨日はありがとう。」
輿がそう言いながら頭を下げる。
「いや、そんな感謝されても・・・」
頭をかく。助けたなんて大したことじゃない。ただ、面白そうと思って助けただけだ。普通に人間として自分の損得勘定と面白さで人を助けるだなんてヤバいと思う。まあ、やめるつもりはないが。
「ひとまず、今日やられたこと、風凪は親に報告して教育委員会に言った方が良いよ。」
「えー、いいよ。別に大したことないし。いつかやめるよ。」
本気でそう思っている。時間が経てば、たいていのことは風化する。それに、俺も家族とあまりしゃべっていない。
「ならいいんだけどさあ。」
輿が渋っている。
「ま、一旦音楽室行かない?」
俺は、話題を切り替えるように適当に言う。これ以上この話を続けるのは、少ししんどい。
「確かに、もう時間かも。」
露崎が時計を見てそう呟く。
「じゃ、行くか。」
輿の掛け声とともに、俺は立ち上がる。この友達との会話。久しぶりの感覚だ。まあ、今回はあの女子たちのせいで重くなってしまったけれど。




