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第21話


 僕は腰に差していた小太刀を外して手渡す。

 ロンネスはそれを受け取ると、鞘から刃を抜き、明かりにかざして角度を変えて見ている。


 二度、三度、視線が刃先から根元へ戻るたびに、顔つきが深くなっていった。


「ふん……やっぱりか」


 低く息を吐いて、刃の根元を爪先で示す。


「根元にひび――このまま使うのは無理だ。昨日、かなり無茶をさせただろう?」


「たぶん……」


 僕はありったけの『黒』を小太刀に込めて斬ったことを思い出す。


「たぶんじゃねえよ、確実に昨日のせいだろ。相手はあの雷紋、そしてお前の使い方も問題だ」


 責める声じゃない。

 ただ、起きていることを順に並べる声だった。ロンネスは僕の力がどのようなものかを知らない。しかし、武器をみると想像つく部分もあるのかもしれない。


 ロンネスは作業台の端に置いてあったもう一振り――僕が治療代の代わりに渡していた、長い方の小太刀へ目をやった。二振りを並べ、見比べている。

 指先で鞘口を軽く叩き、次に短い方の柄を握る。


「……決めた」


 僕が口を開くより先に、ロンネスは言った。


「長い方の小太刀、こいつを使う」


「使うって、あれは担保みたいなもので――」


「――治療費だろ。なら、寝かせるより働かせるぞ」


 あまりにも平然としていて、逆に言葉が止まる。

 ロンネスは僕を見ずに、二振りを見たまま続けた。


「刃そのものを潰す気はねぇ。使うのは座りのいい金具と、鞘まわりの生きてる部分だ。長い方は、作ったやつが居合の抜きをよく分かってる。短い方はひびのせいで半分ぶれている。だからそこを直す」


「……直せるのか」


「しっかり火を入れて合わせて、もう一回状態を見る。遺物には機嫌があるからな」


 ロンネスは短い方を鞘へ戻し、今度は僕の手首を掴んだ。握る位置を少しずらし、親指の角度を押し直す。


「使うとき、ここで押し切るな。アーテルは力で開ける癖があるみたいだな」


 言われた角度で軽く抜く動作だをしてみると、たしかに力の逃げ方や滑りが違う。

 無駄に固かった部分が、ひとつ外れたような感じがした。


「アーテル、お前は武器を壊さない技を増やせ。力に装備が追い付いていないと壊れることも多い。だが、力の方を武器に合わせられたら――そのやり方はいつでも使える」


 僕は力任せに自分の『黒』を注ぎ込んで振ったことを思い出す。

 あれは明らかに自分の武器を壊す一撃だろう。

 それからロンネスは二振りを手元へ引き寄せ、短く言った。


「お前は家に戻ってろ。リナに余計なことさせるなよ」


「……見てなくていいのか」


「見て分かる段階なら見せる。いまは邪魔だ」


 言い切ってから、少しだけ声の熱を落とす。


 追い出し方まで職人だった。僕は頷いてから、鍛冶場を離れた。


___


 家の方へ戻ると、リナが寝台の上で毛布を敷こうとして、見事に絡まっている。


「何してるんだ」


 声をかけると、リナは毛布の隙間から顔だけ出して、ちょっとだけむっとした。


「……毛布と戦ってる。こっちをこうすると、向こうが絡まってくる」


 真顔で言うものだから、余計におかしい。

 でも笑いすぎると、たぶん拗ねる。


「今日の敵は毛布か。だいぶ平和でいい」


「むう。ちょっとだけ手伝って」


 僕は毛布の絡まりをすっと解いた。解紋なのに、と思いながら少し可笑しくなった。


 リナが目を丸くする。


「……むう」


 一瞬眉に力を入れたが、すぐにリナもふっと笑う。

 逃げるためだけじゃなく、奪われた側が、奪われたままで終わらないために。

 ――強くなる。

 そして、この笑顔を守れるようになる、そう決意したのだった。


 その時、リナが何か勘づいたのか小さく言った。


「アーテル……。私、これからも足手まといになると思う。でも、それでも言うね。私、役に立てるように、頑張る」


 リナは言ってから少し恥ずかしそうな顔をしたあと、背を向けて寝る体制になった。その後、しばらくして寝息が聞こえてきた。


____



 早朝、リナはまだ眠っている頃、少し早めに起きる。

 起きた時には、まだロンネスはいなかった。

 僕は、寝床を片付けたり、床の灰を箒で軽く集めて掃除をしておく。


 ロンネスはあれから何度か家にある道具や食べ物を持って鍛冶場へ戻っていたようで、僕が寝る前と比べて、少し部屋の物が移動していた。


 裏の方で金属の小さな音がしたかと思うと、しばらくして戸が開いた。


 入ってきたロンネスは、袖口に煤をつけたまま、布で包んだ細長いものを持っている。

 目だけが、仕事を終えたあとの色をしていた。


「……思っていたより時間がかかっちまったな」


 ロンネスは机へ布包みを置き、紐を解いた。

 出てきたのは、見慣れた僕の短い小太刀――のはずだった。

 

 形状はほぼ同じなのに、印象がまるで違う。


 鞘口まわりの金具がわずかに変わり、光の拾い方が前より深い。派手さはないが、静かに目を引く。僕の視線を見て、ロンネスは鼻を鳴らした。


「抜いてみろ。ただしゆっくりだ。最初は刃じゃなく、鞘口の返りを見ながらな」


 手に取った瞬間、芯の位置が近い。

 軽くなったわけじゃないのに、重さの居場所が前より分かる。親指を鞘口に当てた時の返りが、妙に素直だった。


 言われた通り、ゆっくり抜く。

 ロンネス曰く、居合という抜き方らしい。


 最後まで、一本の細い線のまま抜ける。


「長い方の『座り』を、こっちに分けた」


 ロンネスは壁にもたれ、腕を組む。


 僕はもう一度、今度は少しだけ速く抜いてみる。

 手応えはさっきより安定し、視線だけが置いていかれるくらいに速く抜けた。


 ロンネスは顎で小太刀を示して続ける。


「銘をつけた」


「……銘?」


「鍛え直した武器に呼び名がねえと、扱いが雑になるだろ。装備は命を預けるものだ」


 一拍置いて、少しためらったような間の後に言う。


「――こいつは『朧差(おぼろざし)』だ」


朧差(おぼろざし)……」


「見えたところに差したと思わせて、半歩ずらす。こいつの遺物としての技を取り入れた銘だ。気に入らんなら勝手に別の名で呼べ」


 言い切ってから、ロンネスはわずかに目を逸らした。


「……ただ、抜く時にその名を頭の隅に置け。見せる線と通す線を分ける意識が残るだろう。無駄な力みも減る」


 気に入った。

 だが、それをそのまま言うと、たぶんロンネスは面倒くさそうな顔をする。

 僕は小太刀――朧差(おぼろざし)を腰へ戻し、短く頷いた。


「ありがとう。大切に使わせてもらう」


「そうしろ。そして死ぬな。今回のを含めて、まだ治療費の勘定が終わってねえ。あと、鍛えたのは武器だけだ。使い方まで鍛えたつもりになるなよ」


 照れ隠しみたいな言い方なのに、言葉は重い。

 僕が返事をする前に、ロンネスは桶の水で手を洗いに向かった。


 家の中に小さな静けさが落ちる。ここだけが薄い膜で守られているみたいだ。


 炉の火の匂い。薬草の匂い。乾いた木の匂い。

 リナの寝息。鍋の余熱が冷める音。

 そして、腰に戻った小太刀――朧差(おぼろざし)の重み。


 だからこそ、違和感はすぐに分かった。


 視界の輪郭が頼りなくなり、音が遠のく。匂いが一段引いたようになり、世界と自分のあいだに見えない膜が一枚現れたみたいな感覚。


 ――もうわかる。これはカスミが来る前触れだ。


「……来るなら戸から来い」


 薬師がぼそりと言うより先に、部屋の隅へ影が落ちた。

 板戸は閉まったまま、窓も開いていない。なのに、そこにもうカスミはいる。


「……少しまずいことになったわ」


 こちらへ愛想を向けるでもなく、カスミは短く言った。鍋の火だけが揺れている室内で、暗がりが一段深くなる。


「お前さんが急いで来たってことは……もう虎が動いたか」


「そう。しかも想定よりかなり速い」


 余計な感情のない声だった。温度が低いぶん、言葉の中身だけが刺さる。


「ギルド側が動いたことに気づいた。たぶん、やり方を変えてくる。路地を閉じて、目撃者を潰して、逃げ道を削る。虎は相当、アーテルたちにご執心みたい」


 淡々と告げながら、カスミの視線だけが寝台へ滑った。

 毛布の下で、リナの呼吸が小さく上下している。


「……あの子、動ける?」


「短い距離ならな」


 薬師の返答は即答だった。できることと、できないことを混ぜない声。


「なら、今から動く。早くしないと路地から出られなくなるかも」


 助言ではなく判断だった。もう決めた人間の言い方だ。


「……僕らはどこへ行けばいい?」


「まず、ギルドの担当に会う。解紋(かいもん)の子も一緒に。裏――場所だけは案内する」


 そう言って、カスミは僕の手首に触れた。

 冷たい指先が皮膚の上を滑るだけなのに、握られているのと同じ圧がある。逃がさないための触れ方だった。


「……っ」


 反射で身を引きかけた僕に、カスミは顔色ひとつ変えない。


「隠れて動くためよ。嫌なら置いていく」


 ロンネスが毛布をめくり、リナを起こす。

 リナは目を開けたが、寝ぼけ眼でまだ焦点が合っていない。


 僕は寝台へ寄って、両腕でリナを抱きかかえた。


「……え? アーテル……どう、したの……?」


 その様子を確認してから、僕の手首に触れていたカスミの指先が、もう一度だけ動く。


「《影帳(かげとばり)》」


 世界が薄くなる。

 僕らの輪郭が闇へ溶け、音が一枚向こうへ遠ざかり、匂いが消えた。


 強制的に隠される感覚には、何度味わっても慣れない。胃の底を撫でられるみたいに気持ち悪い。

 それでも同時に理解する。この街の今の状況では、カスミの力なしに動くのは無理だ。


「――じゃあ、行く」


 薬師がこちらを見ずに手を上げた。送り出すでも、引き止めるでもない、短い合図だった。





【遺物ステータス】


銘:朧差おぼろざし

種別:騙紋遺物(小太刀)

レアリティ:不明

クラス:Bー(使い手依存)


状態:ロンネスによる封銘

備考:同系統遺物材を用いた再鍛成により、刃筋の『誤認誘発特性』がより安定化


【パッシブスキル】

名称:《朧刻おぼろどき

効果:斬撃が命中した際、切断判定が半拍遅れて発生する。

相手視点では、「避けた・受けたはずの一撃が、遅れて通る」という知覚ズレを引き起こす。


発動時、相手の見切り・受けの確信をずらしやすい。居合・返し・刺し込みで発動率が上がる。

力みすぎると特性が鈍る。見えていた刃筋から、切れる瞬間だけが遅れて来る。


【アクティブスキル】

状態:未開放

封印名:?


※実際の使用条件を満たすまで発動不可



鍛冶師ロンネスの封銘により、刃は「切る」だけでなく「見誤らせる」ための形をより得ることとなった。

小太刀『朧差』は軌道を偽るだけの刃ではない。相手の確信も半歩ずらす。


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