ep.1
「じゃあ、その……よろしくお願いします、エミリーさん」
「"さん"だなんて、そんな!どうかエミリーとお呼びください、聖女様!」
「いやいや、そんなわけには…!だってエミリーさん、私よりも年上ですよね?」
教皇様に聖女と呼ばれ、初めて大聖堂を訪れたその夜。
私の身の回りのお世話をしてくれるという聖徒――大聖堂で暮らし、アレクシア教に尽くすことを選んだ信徒達――のエミリーが部屋を訪ねてきた。
エスティラ様……いや、本人が「エスティラと呼んで」と微笑んだことで畏れ多くもエスティラと呼び捨てにすることになってしまったその方が、私の付き人にとエミリーを指名してくれたのだ。
「年も近いし、エミリーは良い子よ。きっと貴方のためになるわ」と微笑んで。
そのエミリーは部屋に来て早々懇願するように頭を下げていた。二つに結われた栗色の髪がさらりと重力のままに垂れて揺れる。
(とはいえ……!)
私はもちろん貴族では無く、昨日まではなんの変哲もないサラリーマンの娘だったのだ。
それを今日から付き人なんてつけてもらい、着替えどころか自らの体を洗うことすらお手伝いしてもらうことになったところで「じゃあお願いします」なんて言えるはずも無かった。
しかしエミリーの瞳は縋るように私を見る。
「年齢など関係ありません、私などが聖女様に敬称などつけさせてしまっては……」
(うっ……これは本気で困らせてしまっている……)
確かに、察しているところでは私はきっとこの世界で地位のある「聖女」で。付き人がついていてもおかしくない立場で。そしてエミリーはそんな聖女の世話をすることが今日からの仕事なわけで。
世話をする立場の相手に敬われてしまっては周囲の目もあるのだろう。特に教皇であるエスティラを、本人の指示とはいえ呼び捨てにしておいて、付き人を「エミリーさん」と呼ぶのは彼女の立場になってみれば到底許容出来るものではないはずだ。私だってそんな立場になってしまったら土下座をしてでも呼び捨てにしてもらうことだろう。
もちろん私も初対面のエミリーを困らせたいわけではない。私にも譲れるところ、譲れないところがあるが、ここは譲れるところだ。と言い聞かせ、自分に向けて小さく頷く。
「分かりました、じゃあお願いします。エミリー」
そう言うとようやく安心したのか、パッと花が咲いたようにエミリーが微笑んだ。最初に見た時にも思ったが本当に可愛く笑う人だ。
(エミリーに限らずだけど、本当に美形や美人ばかりなんだよね…この世界…。まるでゲームの中に入り込んだみたい)
私の世界に居たら間違いなく芸能界から引く手数多だろう。特にエスティラなんかは日本どころか世界に通じるほどの美しい容姿をしていた。今ここに女神が降り立ったと言われても全く疑わずに頷くほどだ。光を吸い取って輝く薄青の髪に氷を閉じ込めたような澄んだ瞳。それを縁取る長い睫毛。魅入られない方がおかしい。彫刻や絵画で描かれていたどんな女神よりも、事実彼女は美しかった。
(そこなところに、こんなちんちくりんの私が……居たたまれないなぁ…)
思わず鏡を横目に見る。ニコニコと輝く笑顔を崩さないエミリーの横に、見慣れた顔をした私がいた。纏っているものこそ上品な白い聖服――揺れる金の装飾も豪華で、雑用を前提としたエミリーの服よりもよほど上等なものなのだろうと窺える――ではあるが、少し前までは高校の制服を着ていたただの女子高生だ。もう服に着られている気さえする。
いや、着られている、完全に。
「さ、聖女様!今日はもうお休みください。お疲れのはずです。お支度をいたしますね」
そう言って浴室へ向かうエミリーの背中を見てハッとする。
(そうだ!お風呂で体も洗ってくれるっていうアレだ!)
譲れるところと譲れないところがあるが、早速譲れない方が来た――!
この後も、お風呂は一人で入れるだの、体も一人で拭けるし寝間着も一人で着られるだのと騒ぎ、結局濡れた髪を乾かしてもらうくらいで妥協したりと度々の交渉があったが。
後にエミリーとの笑い話の定番となるその騒ぎは、また別のお話。




