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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第4章:世界秩序の維持と人類の夢

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第60話:星降る夜の結婚式と、三美神の最後の手札

大和皇国、皇都。

海と山に囲まれたこの美しい都市に、世界中の富と権力が一堂に会していた。


迎賓館『アステリア・パビリオン』の周囲は、地球連邦軍の精鋭部隊によって完璧な警備網が敷かれている。

上空には数え切れないほどの無人ドローンが飛び交い、エントランスには各国首脳や巨大企業のトップを乗せた専用車が、息を呑むような列を作っていた。


今日、この場所で、一つの時代が終わる。

そして、新しい時代が始まるのだ。


私が、サクラとの結婚式を挙げる日。

それは、前世で過労死し、異世界に転生してからというもの、冷徹な合理主義で世界を塗り替え続けてきた「魔王リヒト・フォン・アステリア」の、表舞台からの完全なる引退を意味していた。


その頃、新婦の待機室。


サクラは、アンティークの大きな鏡の前に座り、自分自身の姿を見つめていた。

アステリアの最新科学が生み出した、純白の合成シルク。その裾には桜色に淡く発光するナノファイバーが織り込まれ、彼女が動くたびに光の粒が舞い散るような錯覚を起こさせる。


大和の路地裏にある、小さな団子屋で育った少女。

彼女が着るには、あまりにも重く、価値の計れない一着だった。


「……似合っているわ、サクラ」


不意に、背後から声が響いた。

サクラが振り返ると、そこには世界で最も気高く、恐ろしく、そして美しい三人の女性たちが立っていた。


地球連邦の象徴的指導者、エリザベート・ド・ラ・ヴァリエール。

世界中央銀行総裁、セシリア・フォン・メルクリウス。

連邦最高科学顧問、ニーナ。


国家予算に匹敵する豪奢なドレスに身を包んだ彼女たちは、誰もがひれ伏すような威厳を纏いながら、静かにサクラを見下ろしていた。


「エリザベート様……セシリア様、ニーナ様」


サクラが立ち上がろうとするのを、セシリアが扇子を閉じる音で制した。


「そのままでいいわ。今日はあなたが主役なのだから」


セシリアはふわりと笑ったが、そのアイスブルーの瞳の奥には、隠しきれないジェラシーと、冷たいほどの矜持が光っていた。


「私たちはね、あの冷徹で、合理的で、悪魔のような男に、人生のすべてを捧げてきたの。彼と一緒に世界を創り、彼のためにこの星の歯車を回している。……だというのに、彼が最後に選んだのは、私たちではなく、あなただった」


セシリアの言葉は静かだったが、重い熱を帯びていた。


「悔しくないと言えば、嘘になるわ」


隣で、エリザベートが美しい金糸の髪を揺らしながら口を開く。


「私たちは、彼と同じ高みに立つために、血を吐くような努力をしてきたわ。けれど、彼は高みではなく、安らぎを選んだ。……サクラ。あなたのその、計算されていない『普通の温かさ』に、私たちは勝てなかったのよ」


エリザベートの言葉には、深い敗北感と、それでもなおリヒトを愛してやまない切なさが滲んでいた。


「だから、約束して」


ニーナが一歩前に出て、サクラの目を真っ直ぐに見据えた。

普段は無機質な彼女の瞳に、今日だけは強い感情の炎が灯っている。


「リヒトを、絶対に退屈させないで。彼が『やっぱり世界を支配する方が面白かった』なんて、一秒たりとも思わないくらい、幸せにしてあげて」


そして、三人は同時に、不敵で、恐ろしいほど美しい笑みを浮かべた。


「もし、彼を少しでも悲しませたり、退屈させたりしたら……」



「その時は、世界中を敵に回すことになるわよ。私たちが、いつでも彼を奪い返すから」



「……覚悟しておくことね」


それは、最高権力者たちからの恐ろしい脅迫であり。

同時に、サクラをリヒトの「正妻」として認める、彼女たちなりの不器用で、最上級の祝辞だった。


サクラは、震える手を強く握り締め、真っ直ぐに三人を見つめ返した。

怯えることも、引け目を感じることもなく、凛とした大和撫子の微笑みを浮かべて。


「……はい。覚悟しています」


サクラは、両手を胸の前でそっと組んだ。


「リヒトさんは、もう誰にも渡しません。私が、私のすべてを懸けて、彼を幸せにしますから」


その一切の迷いがない堂々たる宣言に、三美神は一瞬だけ目を丸くし……やがて揃って、諦めたように苦笑いをした。


「……本当に、敵わないわね。あの男の計算が狂うわけだわ」


セシリアが小さく息を吐き、エリザベートとニーナも肩をすくめる。

女たちの間の、静かで熱い戦いは、こうして幕を下ろした。


そして、式本番。


ステンドグラスから差し込む光の中、私は祭壇の上でサクラの手を取った。

ドレスの裾が桜色に淡く発光し、彼女の黒髪と、少し潤んだ瞳が、私だけを真っ直ぐに捉えている。


世界中に生中継されているカメラのレンズなど、どうでもよかった。

私は、用意されたマイクを通し、全世界へ向けて――いや、目の前のサクラただ一人に向けて口を開いた。


「私はかつて、この世界を『合理化』すると誓った。不採算な争いをなくし、効率的に全人類を生かすと」


静まり返る大聖堂に、私の声だけが響く。


「だが、今日、ここで誓うのは、全人類への抽象的な平和などではない」


私はサクラの小さな手を、両手でしっかりと包み込んだ。

少しだけ震えているその手から、彼女の決意と愛しさが伝わってくる。


「私はただ、この一人の女性を一生愛し抜く。どんな計算を狂わせようとも、どんな非合理な事態が起きようとも、彼女の笑顔だけは守り続ける。……それが、私の生涯における、究極の合理だ」


サクラの大粒の涙が、頬を伝って落ちた。

彼女は満面の笑みで、力強く頷いた。


「はいっ……! 私も、リヒトさんを愛しています」


私が彼女の唇に誓いのキスを落とした瞬間。

ドンッ、と外で低い破裂音が響き渡った。


ガラス張りの天井の向こう、大和の夕闇が迫る空に、無数の光の筋が走った。

ニーナが地球連邦の防衛衛星を使って仕掛けた『人工流星群』だ。

大気圏に突入する計算し尽くされた光のシャワーが、夜空に巨大な桜の花びらを描き出していく。


世界中から歓声が上がり、ホールは万雷の拍手に包まれた。

私はサクラの腰を抱き寄せ、流星が降り注ぐ空を見上げながら、これ以上ないほどの完璧な幸福を噛み締めていた。


続く披露宴は、後世に伝説として語り継がれるほど華やかなものだった。


セシリアの計らいにより、世界中から集められた最高級の銘酒と美食が振る舞われる。

会場のあちこちで、かつての敵や味方が入り乱れ、笑い声が絶えない。


「まさか、あの氷の魔王様が、こんなにだらしない顔で笑う日が来るとはな」


グラスを手にして近づいてきたのは、地球連邦の軍事司令となったエドワードだった。

隣には、技術長官のヨハンや、情報局長のレオンもいる。


「だらしないとは心外だな。これは『幸福度を最大化した表情』と呼んでくれたまえ」


私が冗談めかして返すと、彼らは腹を抱えて笑った。


「違いねえ。だが、これで俺たちも少しは肩の荷が下りるってもんだ。あんたがいなくても、この世界は回っていくって証明しなきゃならねえからな」


「エドワードの言う通りだ。それに、月面開拓村の連中も、最近はずいぶんと威勢がいい。軌道エレベーターの建設も順調だし、まだまだ面白いことは山積みだ」


ヨハンが目を輝かせながら、未来の展望を語る。

そうだ。私の仕事は終わったが、彼らの世界は、そして人類の挑戦は、まだ始まったばかりなのだ。


いつかまた、彼らが解決できないほどの『巨大なバグ』が発生した時。

あるいは、月面の連中が本当に独立戦争を吹っ掛けてきた時。

その時は、また少しだけ、彼らに知恵を貸してやるのも悪くないかもしれない。


私は彼らとグラスを合わせ、痛快な気分で酒を煽った。


そして、深夜。

華やかな狂騒が終わり、すべてが静寂に包まれた別邸で、私たちはようやく二人きりになった。


和室の障子を開け放つと、夏の夜の匂いと、波の音が流れ込んでくる。

虫の音が心地よいリズムを刻む中、サクラは白無垢から着替えた薄手の浴衣姿で、私の隣にちょこんと座った。


「……疲れなかったか?」


私が尋ねると、彼女はふんわりと微笑んで首を振った。


「ううん。夢みたいで、あっという間でした。……でも、やっぱり、こうして二人きりでいる時が、一番ホッとしますね」


「そうだな。……同感だ」


私は、サクラの少し冷たい手を握った。

前世で過労死し、異世界に転生してから、私はずっと走り続けてきた。

借金を返し、敵を蹴落とし、科学と合理性で世界を塗り替え、すべてを私の手のひらの上でコントロールしようとしてきた。


だが、この手の中にある彼女の温もりだけは、どんな数式でも計算できない。

そして、計算できないからこそ、こんなにも愛おしく、尊いのだ。


「サクラ」


「はい」


「結婚してくれて、ありがとう」


真っ直ぐに伝えると、サクラは少し照れたように頬を染め、私の肩にコトンと頭を乗せた。


「こちらこそ。……リヒトさんが、私を見つけてくれたから。世界で一番幸せなお嫁さんにしてくれたから」


サクラは私を見上げ、その桜色の唇を綻ばせた。


「これからも、ずっとずっと……一緒ですよ、リヒトさん」


「ああ。誓おう、私のすべてを懸けて」


私は彼女の細い腰を抱き寄せ、その温もりを確かめるように、深く、静かに口付けた。

甘く、優しい時間が、二人だけの夜を溶かしていく。


月光が畳を白く照らし、星降る夜は、私たちの『永遠の日常』の始まりを、どこまでも優しく祝福していた。

次回更新は未定です。

続きを書くつもりですが、一旦完結とさせて頂きます。

高評価とブックマークをよろしくお願いします。

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