404 動き出す闇
「――貴様、時刻はとうに過ぎているぞ!!」
「すまない、少々手間取った」
「よい、グランディス。アグニよ、問題なく完了したのならば全てを赦そう」
「何も問題はない。時間に遅れたぐらいか」
「我らが王が、そう仰るのであれば……」
「うむ、これで全員か。皆ご苦労、知っての通り我らは今危機的状況にある。この状況を打破するべくそれぞれに各方面への調査任務を出し、その内容を全員で共有する為にここへ集めた。ここまではよいな? ではまず、東側の調査を担当していたグランディスから報告せよ」
「はっ!!」
我が一度死を迎えた時代より遥か未来の今の世に戻ってから一月弱、ようやく我が手足となる下僕達が集まり、自分たちの置かれている状況と周辺国家の事情が見え始めて来た。
まず、東側を調査していた暗黒騎士グランディスによれば、光の女神メルティスの本拠地であったメルティシア法国が壊滅。その後は大森林シミラに逃げ込み、ハイエルフの女王シミラ・エスカから国を譲り受け新生メルティシア法国として再誕。その見返りとしてシミラ・エスカは女神メルティスから永遠の美、不老不死の肉体を与えられた。今では下等な種族を奴隷とし、考えうる極上の贅に囲まれて暮らしている。シミラは敵対勢力であるオークの国ゾヘル王国と同盟の造反者達、これを殲滅すべく強き兵と捨て駒を集めている……。
更に森を越えて東側では、魔導帝国デリランドが周辺国家の一部を属国として迎え入れ、新生メルティシア法国を魔神勢力や対抗勢力に合わせて板挟みの構えを取った。メルティス教排除の動きが強い帝国にメルティス教徒が流れてこないようにする意味もあるだろう。今の世の皇帝デリランドは【破壊帝】と呼ばれ、腐敗した古い貴族や商人を根絶やしにし、出生や種族にとらわれず能力のあるものを迎え入れる、古い時代を破壊し無能達から恐れられている。当人の武も相当なものらしく、歴代最強とまで言われているようだ。
「――移動するならばデリランドが最も有力かと!」
「此度の皇帝が我らを受け入れるか、それが最大の問題だ」
「デリランドの側近にはヴァンパイア、インキュバス、エルダーレイス、他にも多くの魔族が居るようです。まさに能力さえあれば誰でも成り上がれるかと思われます!」
「宗教を嫌っているように見える」
「現メルティス教のみ排除しているようです、危険思考であると。元メルティス教の善性、古きを重んじ弱きを救う聖火教は一部迎え入れております!」
「ほう……。聖火教は何故だ?」
「底上げ、新芽探し、でしょうな……」
「なるほど。国民の最下層を聖火教に押し付け、かつその中で才能がある者が居れば拾い上げる装置ということか」
「その通りかと思われます、我らが王よ!」
「ふむ……。デリランドの件は一先ず保留だ。次へ」
「はい~! 私、メルメイヤが調査しました、南の方角について~ですね~」
次に、死の軍団長メルメイヤが調査していた南側について。まず貿易都市ローレイから南は大半が海であるが、我らが拠点としているカナンから南西の沿岸沿いに進むルートと、メルティス教の元実験場である都市クロイアから南東に進むルートで報告書が分かれている。
カナンから沿岸沿いに南西へ進むと黒き都市アールゲインなる国……統治者が居ないことから国ではないのか。密売、闇取引、密造酒、一般的に出回らないものが集まるこの世の掃き溜めのような場所がある。こんな場所はさっさと掃討したほうがよいと思ったが、メルメイヤ曰く『今の戦力で挑めば死力を尽くして相打ちが良いところ』だと言う。こんなクズの巣窟であってもここでしか生きられない、離れられない猛者が多く暮らしているようで、迂闊に手を出すべきではないようだ。ここから南側は完全に海であり、北西側の山間部を迂回すればドワーフの国偉大なる鋼鉄に入れる。
クロイアから南東方向にはオークの国ゾヘル王国、ここには異界人の一部である造反者達がいる。ここを滅ぼすのは容易だが、異界人の情報伝達速度は尋常ではないとメルメイヤが評価している。一人たりとも残さず絶滅させても情報は漏れる、我らの存在が明るみに出る為、手を出すのは得策ではないと。更に南側には戦闘民族の兎獣人達の集落があり、そこから先もぽつぽつと集落がある程度。南側に魅力はないな、海の向こうで見つけた加賀利なる島国のオロチなる存在を取り込めなかったのが心残りだな……。
「海路でゾヘル王国の更に南側へ出て~そこからデリランドへ向かうルートが一番無難かと思います~」
「陸路はローレイ、バビロニクス間が危険か……」
「最も危険な勢力の眼の前を通るのは、リスクしかないだろう」
「調査したアグニがそういうのだから間違いないか……」
「ああ、ついでに更に北まで調べておいた」
「それで遅れたのか?」
「そうなるな。如何せん現世最強とも言える魔神の目から隠れ続けるのは容易ではなかった」
アグニが調査したのは魔界領域、そしてその北側の領域だったな。この領域の調査が最も困難であり、この領域を担当してくれたアグニを我が下僕として取り込むことが出来たのは、途轍もない幸運であったと言えよう。
まずアグニの封印が解かれた原因であるルナリエット火山の噴火、これは何者かによる人為的な破壊工作によるものだということは確定した。アグニを復活させることが目的ではなく、メルティシアに大打撃を与える為に噴火させたというのだから驚きだ。魔界の外の出来事である為に魔神に見つかることなく、封印を解いた当人もそのことに気がつくこと無く、我だけがこれを察知してアグニを蘇らせた。出来過ぎているほど上手く行ってしまった故、罠かと疑ったほどだが、此度の調査でアグニという存在を完全に見落としてそれを我が拾ったものであるとわかって正直安堵している。
さて、アグニが調査したのはローレイとバビロニクス、それから更に北側の領域だ。ローレイは魔族により支配されており、元の住民との関係性は非常に良好。魔神殿なる神殿があり、ここが魔神バビロンの拠点の一つとなっている。アグニとグランディス、精鋭部隊を投入しても魔神殿に踏み入ることすら不可能だと書かれている……。魔神兵、教官と呼ばれている魔界精鋭衆、更には魔界で最も凶悪無慈悲とされているサキュバスクイーン・ノックスノーチェが率いる部隊まで居るという。間違っても今相手にしていい存在ではない。
バビロニクス、ここは魔界の歓楽都市と言って過言でないらしい。ありとあらゆる遊戯、娯楽が集まり、シミラ・エスカの考えている贅の数十倍か数百倍の贅が集まっているようだ。こちらにもハイサキュバスクイーン・ニュックスニーニャの率いる部隊が警備をしていて、治安を著しく乱すものは皆殺しにしているという。魔神殿、死神殿、冥神殿、新たに宝神殿も建ち、魔界四柱の女神の本拠地となっている。砂漠から向こう側は女神達の目が届く範囲であり、古き上位神であるアグニが本気で隠れなければ簡単に見つかってしまう程に監視の目が厳しい。ここを通るのは自殺行為と言えるだろう。
最も問題なのは、魔神勢力内で我らの拠点であるカナンに攻め入る計画が立っており、どうやらカナンの地下空間に存在する謎の結界――ヴァハール龍王国なる国だったらしい――を解放し、中の住人を救い出すのが目的らしい。この勢力が攻め入ってきたら終わりだ、悔しいことだがここを手放さなければ我らに未来はない。
更に北に向かえばルテオラ共和国、古き時代の王は歴史に葬られた英雄フリオニールが率いる革命騎士団と革命軍によって滅ぼされ、今では民主主義の国として中立国の立場を取っている。そこから更に北はひたすらに雪原が広がるだけであり、我らが生きていた時代より前から存在していたはずの祝福されし銀色の涙は存在しないようだ。
追加資料としてバビロニクスから北西に神樹、バビロニクスから真西方向にひたすら進めば武王国ガトランドがあるようだが、特筆すべき点は何もないようだ。神樹には過去に封印されし存在が居たようだが、今では欠片すら残らず朽ちて消え果てているとのこと。
結論として『北には近寄るべからず』、『早々にカナンより立ち去るべし』だ。まだ動き出す気配はないようだが、着々とその準備は進んでいるはず。どちらが先に行動するかで勝敗が決まるならば、我々が先に動くまでのこと。
「バビロニクスの調査中、生きた心地がしなかった。力を取り戻すまではこんな無理は二度としたくないものだ」
「大儀であった。ゆっくり休めと言いたいところだが、そうも言ってはいられぬ。セリョーガ、魔導船の進捗状況を報告せよ」
「ははっ、起動テストを重ねておりますぞぉ~。メルメイヤ殿の軍勢を乗せ、我が王の精鋭のみを乗船させるのであれば、問題なく動くでしょうなぁ~! 空はぁ~~……まだ、無理でしょうなぁ」
「問題ないということだな。ローレイの飛空艇なる船の設計図は盗めなかったか」
「無理を言うな。最も監視が厳重だった、3秒以内には見つかる」
「無理を通してこそ、忠臣の役目! アグニに出来ぬのであればこのグランディス、必ずや」
「自重せよグランディス」
「…………はっ、申し訳御座いません」
魔導船の準備は整っている、と。飛空艇の設計図は残念だったが、こればかりは致し方ない。メルメイヤの軍勢と精鋭のみということは、雑魚の死体兵は全て廃棄しアグニ達の力へ変換するしかあるまいな。
「魔導船を出すにはどれぐらいかかる?」
「いつでも出せるようにしておりますぞぉ~。食糧に関しては我々不死者はほぼ不要ですからなぁ、武具はそれぞれが持って乗船、燃料となる魔石等を積み込めば終わりでしょうなぁ。2時間以内ですかなぁ?」
「各々の調査結果を踏まえ、海路でゾヘルの南へ。デリランド帝国の周辺国で、未だデリランドに抵抗している国に察知されない程度の距離に仮拠点を構える」
「はっ!!」
「あれ~? デリランドに直接行かないの~?」
「なるほどな。わかった、準備をしよう」
「全員に内容を狂いなく周知するために集めたのだぞ、まだ行動をするな。いいか、デリランドにこのまま入っても到底我々は受け入れられぬ、手土産が必要だ。わかるか?」
さて、これからの行動だ。全員に勘違いがないよう、完璧に伝えておかねば誰かが暴走しかねない。これからの行動に狂いがあってはならないのだ。
「どこかの国を滅ぼして、取り入るのね~!」
「早とちりをするな。滅ぼすだけなら帝国も既にそうしている。帝国が望んでいるものは抵抗している国の破滅ではない、国そのものが欲しいのだ。つまり、我々がいずれかの国を乗っ取り、死の国に変え、それを手土産に取り入る。国の能力はそのままに、反発のない死者の国が手に入るならば、帝国も我々を認めざるを得ないだろう」
「細かいことは随時、か?」
「我らが王が他の王の下に入るのは、受け入れられませぬっ!!」
「誤るな。取り入ると言っているのだ、下に入ると誰が言った」
「グランディス、我らが王は帝国を喰らうつもりだ。外からではなく、内から喰らい、支配する。我らが王が王であることに変わりはないということだ」
「あっ……! そ、そんなこと、最初からわかっている! その、あの……! なら、何も問題ありませぬ!!」
グランディスは早とちりしがちで少し阿呆なところがあるが、戦力はアグニに匹敵するかそれ以上だ。いざとなった時に頼れる駒として、最も有効に動かせるようコントロールせねばならん。それさえ上手く行けば、デリランド支配も容易に進むはずだ。
「では、これより魔導船にてゾヘル南へと向かう。魔導船は到着後に隠蔽工作を行い、魔導戦車に作り替えよ。メルメイヤは我と兵の配置を決めるべく魔導船へ、それ以外の者は物資の運び込みにかかれ。不明な点があれば今のうちに聞くように、後からわからず迷う者は無能であるぞ」
「ありませぬっ! 物資の運び込みに向かい、その後警備にあたりますっ!!」
「ありませぇ~ん」
「物資を運び込み、大きな動きがないか警戒をしよう」
「魔導船の起動準備、魔導戦車への作り替え作業をスムーズに行えるように準備をしますぞぉ~!!」
「よろしい。では行動を開始せよ」
「はっ! この世に静寂のあらんことを!」
「この世に静寂のあらんことを~」
「この世に静寂のあらんことを」
「この世に静寂のあらんことをぉ~!」
行動を開始しよう。この世界を我らが墓標に変えるために。





