副魔術師長の黒い声 4
彼女の魔力は顕現しているだろうか。
サイラスは、王宮内にあてがわれている部屋に1人でいる。
王太子との話を終えて、戻ってきたところだ。
彼女に何をしたかや、その目的はもちろん話していない。
王太子には知る必要がないことだと思っている。
(あの程度が、きっかけになるかもわかりませんしね)
思いつつも、おそらく計画通りに運んでいるだろうと、考えてもいた。
魔力顕現のきっかけは、人それぞれ。
個人差がある。
が、共通しているのは「負の感情」らしいということ。
これはサイラスが独自に調べた結果から得た推測だった。
持つ者と持たざる者との違いは、生まれつきというよりほかない。
対して、いつ顕現したかという違いは後天的要因に寄る。
同じ歳、同じくらいの魔力量の者同士でも、顕現した時期が違っていた。
おおむね5歳から12歳頃までに顕現していて、それ以降に顕現する者はごく稀なのだ。
詳しく調べていく内にわかったことがある。
顕現前、誰しもに必ずなんらかの「衝撃的」なことが起きていた。
だから、個人差が生まれるのだろう。
他人にとってはどうでもいいような些末な出来事が、本人にとっては大きな衝撃となり得る。
その日、その場で起きたことに、どれだけの衝撃を受けるか。
それが魔力顕現の引き金となるかどうかに繋がるのだ。
(彼には、どんなきっかけがあったのでしょうか)
大公のことだけは、どれだけ調べてもわからなかった。
もしかすると、それこそ彼は「天賦の才」だけで魔力を顕現させたのかもしれない。
ジョシュア・ローエルハイドなら、ありえる話だと思う。
魔力量も使える魔術の種類の多さも、その強大さも、横に並ぶ者はいない。
唯一にして、絶対的な存在。
天から与えられたと言われても、サイラスには信じられる。
その彼の孫娘はどうだろう。
サイラスの話に、体を震わせていた。
あの様子なら魔力の顕現も十分に見込める。
(もし魔力が顕現していても大公様がいれば、なんとかしてくださるでしょう)
16歳での魔力顕現。
しかも彼女は魔力制御の方法を知らない。
魔術師は、小さな頃から魔力を自分で制御するすべを覚える。
幼い頃に顕現することが多いのは、それもあるのではないかと思っていた。
幼い者は、魔力量が少ない。
制御するのも難しくはないし、たとえ制御できなくても国王に搾取され、消えるだけのことだ。
魔力量は年齢に応じて増える傾向にある。
生まれながらに因子を持っていたとしても顕現するまでは、体の中に魔力がただ蓄積されていくだけなのだろう。
実際、15歳で顕現「させた」者は魔力制御できず、1日ほどで息絶えた。
サイラスは、こうした実験にも余念がない。
魔力というものにとり憑かれている彼は、少しでもその謎を解き明かそうとしている。
解明することで、自分の力にできるかもしれないと考えているからだ。
サイラス自身の魔力顕現は十歳。
その時のことを今でも覚えている。
サイラスは、オズワルド・ロビンガム男爵とその妻モニークの間に生まれた。
モニークが16歳で産んだ子だ。
父、オズワルドは、いたく母にご執心だったらしい。
後で知ったことだが、母は金で買われたようなものだった。
貧乏貴族だった母の家に返せないほどの金を貸し、その見返りに娘を差し出させたのだ。
当時、サイラスはそれを知らずにいた。
まだ十歳だったのだから当然だろう。
けれど、母の自分に対しての態度が冷たいことは感じていた。
父は、酒に酔うとよくサイラスを殴っていたが、母は止めようともしない。
その目は冷たく、幼いながらもサイラスは、彼女の中に母親としての愛情がないように感じていたのだ。
そして、十歳になったばかりのある日。
サイラスは母がどこかに出かけていくのを見かけた。
父はいなかった。
なんとなく後をつけた先で見たのは、サイラスが1度も目にすることのなかった母の笑顔。
母は見知らぬ男と一緒にいた。
親密な関係なのだと、ひと目でわかったと同時に理解したのだ。
母はこの男を愛している。
父も自分のことも、どうでもいいと思っている。
母にとって、自分は死んでもかまわない存在。
それを理解した。
当時のサイラスには、母の裏切りは大きな「衝撃」となり得たのだ。
その後、体に違和感を覚えるようになり、魔力の顕現を知ることになる。
知ってからは、母の裏切りなど、どうでもよくなった。
王宮魔術師になり、男爵家と縁を切ることしか考えられなくなっていた。
そのため父に母の裏切りについては話さずにいた。
どうでもよかったからだ。
けれど、サイラスが王宮魔術師になることは難しかった。
魔術師は貴族より階級的には下の立場。
爵位のほうが優先される。
ロビンガム男爵家にはサイラスしか子がいなかったため、その責任からは逃れようがなかった。
諦めるよりしかたがないのかと思っていた矢先、クィンシーが生まれた。
彼は狂喜した。
と、同時に母に呆れもした。
クィンシーは外見から、父と母の子であると明確にわかったのだ。
愛する男がいたにもかかわらず、父との間に2児をもうけた母を、サイラスは今でも蔑んでいる。
クィンシーを産んだ時、母は26歳。
母の愛情のなさを知っていたサイラスは、クィンシーに対しても同じだろうと察していた。
だからこそ、クィンシーが5歳になるまでの、面倒のいっさいをサイラスが引き受けたのだ。
クィンシーに死なれたら、自分は男爵家から出られない。
魔術師にもなれない。
サイラスがジョシュア・ローエルハイドの力を知ったのは12歳。
どうしても魔術師にならなければならないと思っていた。
そのために、したくもない努力をしたのだ。
あの嶺に辿り着くためと思えば、なんでもできた。
残念な子であるクィンシーの世話であっても。
その甲斐あって、クィンシーは無事に5歳を迎え、サイラスは魔術師として王宮に入った。
王宮に入ってからは男爵家との繋がりを断っている。
もちろん王宮内には知る者もいるが、ごく一部だった。
サイラスは魔術で髪と目の色を変えている。
父も母も、そうと分かるほど目立つ髪と目の色をしていたからだ。
自分の素性を知る者は少ないほうが都合がいい。
そう思っていたため、母が35歳で体調不良を理由に家を出たと知った時も我関せず。
その翌年、どこかの山荘で死んだとの話を聞いても、葬儀にすら顔を出さなかった。
両親も弟も、サイラスからすれば魔力を持たない無価値な存在でしかない。
利用すべきところはあるが、それ以外の使い途はないと思っている。
たったひとつ、感謝するとするならば。
(あの人の裏切りでしょうかねぇ。母が父を裏切ってくれたおかげで、私の魔力は顕現したのですから)
でなければ、自分も無価値な存在として男爵家を継ぐはめになっていた。
考えると、ゾッとする。
あんな、なんの力も持たない者たちなど存在する価値はないのだ。
爵位も魔力も、生まれながらに与えられるものではあるが、そこには大いなる差がある。
身分でできることよりも、魔術でできることのほうが多い。
手に入れられるものの大きさも。
(国王になったところで、手に入るのは、たかが国ひとつ)
自分は、世界を手に入れる。
そのために、今もまた、したくもない努力をしているのだ。
ジョシュア・ローエルハイドが世界を統べる王になろうとしなかったから。
本当には、彼の元で、彼の前に跪き、彼に従う者でありたかった。
しかし、その望みは絶たれている。
ならば、自分が彼に成り代わるしかない。
(あなたの弱点は、愛情深過ぎることですよ、大公様)
彼女の孫娘に魔力が顕現していたとして、制御できず命を落としたら、彼はどんなふうになるだろう。
それはそれで面白い。
世界を亡ぼすのも一興だ。
彼の星に砕かれるのなら、自分の命も尊いものになる。
サイラス自身が力を手に入れるのでも、彼が力を解放するのでも、どちらでもかまわなかった。
いずれにせよ、ただの魔術師という以上に、価値あるものへと変われるのだ。
サイラスの唇に笑みが浮かぶ。
必死になって、彼は孫娘を助けようとするに違いない。
苦痛と焦燥に喘ぐ姿を想像した。
あのジョシュア・ローエルハイドを、自分が苦しめている。
それが、とても誇らしい。
サイラスは、人差し指と中指を、ちょいちょいと動かした。
階段はひとつずつ、着実に。
すべては予定調和の渦の中。
彼ですら、サイラスの手の内にあるのだ。
さりとてサイラスは、まだ満足せずにいる。
階段を上りきるまで気は抜けなかった。
今さら、転げ落ちるつもりは毛頭ない。
したくもない努力をし続けてきた意味がなくなる。
(どちらに転んでも、私の望みは叶えられるのですがね)
小さな灯り取りの窓から外を眺めた。
暗闇で瞬く多くの星に、サイラスはあの日の流星を重ね見る。




