52,ツインタッグ・ダブルデュエット《前編》
一八世紀のイギリス、スコットランドの首都エジンバラに、ウィリアム・ブロディと言う男がいた。
文献によれば、ウィリアムは石工ギルドの長と市会議員を兼任して務めていたと言う。
出自は裕福な家庭、受けてきた教育は英才のそれ。完成されたその男は、皆からの信望厚く、市民からは【人の規範】と称される程の、絵に描いた様な高潔なる英国紳士。
――しかし、それは【ひとつの面】に過ぎなかった。
彼は、当時スコットランドを脅かしていた無数の盗賊団――そのひとつに置いて、首領と呼ばれる存在でもあったのだ。
昼は息と共に道徳を吐く清廉潔白な実業家。
夜は息と共に血肉を啜る悪辣非道な盗賊王。
まるで、昼と夜とで別の人間。
その余りに強い乖離性が生むセンセーショナルなショックは、後の世、創作の分野に置いて一つのキャラクターシンボルを確立していく事になる。
――【多重人格】。
一人の人間が持つには過分な、極端な多面性を有した者。
本来なら、ただの精神的な疾患として済まされるべき症状。
風邪や、癌などと一緒。患ったらば皆から同情や憐憫、激励を向けられるモノであるはず……だった。
しかし、ウィリアムと言う男の残した衝撃が、その残滓が、その症状を【悍しき異常性の象徴】として世に知らしめてしまった。
多重人格と言うだけで、【異常者】のレッテルを貼られる世になってしまった。
――……でも、少なくとも私個人に関しては、それはレッテルではないと思う。
私は、私の事を異常だと思う。
私の中には【理性的な人間としての私】と【どこまでも有裏存アムでしかない私】の二人がいる。
理性的な人間としての私は、常に道理を吐く。如何なるケースに置いても合理性を求める。
しかし、有裏存アムでしかない私は、道理を気にしない。ただただ、理屈で説明できもしない感情的衝動を優先する。
私は、教授のクレバーな所が大好きだったはずだ。そこに魅力を感じ、惹かれていったはずだ。
常に道理に従い、合理的だった彼に、理性的な私も有裏存アムも意気投合して愛していた。
……教授は、変わってしまった。
最早クレバーは見る影もなく、クレイジーでしかない。
理性的な私の理解の範疇を飛び出してしまった。
しかし、有裏存アムは未だに彼を愛し続けている。
何故かはわからない。彼はあんなにも変わり果ててしまったのに、それでも、有裏存アムが彼に抱く感情には、恐ろしい程に変化が無い。
理性的な私は言う。「道理に適っていない、彼の願望は間違っている。あの男は見切るべきだ」と。
しかし、有裏存アムは獣の様に叫ぶ。「知った事か」と。
例え、教授の願望が果たされた所で、教授の【本懐】は成らない。後に残るのは荒野や砂漠にも似た虚無だけで、救済や正常化は望めない。
彼の願望は果たされるべきではない、無意味にも程がある。
意味の無い、それは即ち道理が無いと言う事だ。
彼を止めなければならない。どんな手を使ってでも。
愛するどころか、まず敵対・妨害すべきだと考える。
だのに有裏存アムは、「それでも」と。
それでも、愛する人の願望成就を手伝いたいと叫び続ける。
彼を支え続ける。どんな手を使ってでも。
敵対などとんでもない、変わらず愛し続けたいと思っている。
理解不能だ。私には有裏存アムが理解できない。
自分で自分がわからない人間だなんて、異常じゃあないか。
私は、人間として破綻している。それは充分理解している。
だのに、有裏存アムはやはり変わらない、変われない。
愛する【あの人】の変わり果てた姿を見て狂い、変わり果ててしまった愛する教授を見ても、有裏存アムは狂わない、変わらない。
それはきっと、元々から有裏存アムは狂っていたから。
全部全部、理解している。理性的な私が全部教えてくれる。
しかし、有裏存アムは変わらない。呆れる程に、絶対に。
そして最悪な事に、人間と言うのは理性よりも感情の方が力を持つ。
私の身体の主導権は今、有裏存アムにある。
だが、理性的な私も無抵抗と言う訳ではない。
私と有裏存アムのせめぎ合いは、行動の矛盾として表面化している。
人間として破綻し、行動には矛盾だらけ。
それが今の【有裏存アム】。
◆
惨殺特化型・殺尽機、舞血殺尸。
初期呼称【ZZ・マルチスタンディングオペレイト】。
裏科学を探求する燥軋家が元々開発していた【機装纏鎧を参考にした純人間界製の大型機動兵器】である【仮称:HK計画試作機】、その改良型。
即ち、ハイド博士によって生み出された最初の殺尽機。
量産型殺尽機暴突殺通のベース機体でもあるそれには、定型が存在しない。
ハイド博士がカスタムする前のゼロゼロは平凡な人型機であったが、ブチコロシィにその面影は皆無。
ブチコロシィの起動初期形態はのっぺりとした黒い球体である。
それ一機で陸海空あらゆる場面をカバーできる万能機を目指した結果だ。
あらゆる戦場、あらゆる戦況、あらゆる戦敵。
ありとあらゆる全てに【柔軟な形状変化によって対処する】。
奇しくもそれは、悪魔達が建造したとある魔機鞍に酷似するモノであるが――件の魔機鞍開発者と、ハイド博士には、決定的な違いがあった。
片や、国と世界を守るための兵器としての鋳造。
片や、ただただ相手を殺すためだけの装置としての改造。
両者の間にある差は、その機能面に顕著に現れている。
ありとあらゆる全てに対処し、対象を確実に殺害する。
それだけを目的とするブチコロシィには、無駄が一切無い。
他の殺尽機の様に一芸に特化したり使用者の趣味嗜好に合わせた調整は皆無。
ただただ殺す。ひたすらに殺す。殺し尽くす。
ハイド博士が手がける機動兵器シリーズに殺尽機と言う名が付いた根源。
黒い球体として起動するブチコロシィは、その機体表面を変化させる。
まるで子供が粘土を弄る様に簡単に、しかして、その完成度は一流以上の職人がチームを組んで仕上げたかの如く。
近代的に、無機質に、生命を奪う代名詞、――銃火器。
夕暮れの河川敷において、黒い満月の様に浮遊するブチコロシィから群生するチンアナゴの如く吹き出したそれは、数メートルサイズにまで拡大されたフルオート・マシンガン。
「「うげッ」」
それを見て、青ざめたのは二名。
ブチコロシィへと変態したアムを止めるために対峙していたダビデと、その尻尾に宿った生命スーパー☆テイル。
「ちょッ、やべぇゾ!! あの女ッ、会話の途中で自然かつノーモーションで兵器を起動しやがっタ!? しかももうマジで撃っちゃう二秒前くせぇゾ!?」
「うぉおえああぁあああ!? ちょ、いやいやいや待って!? お互いに兵器を起動するまで攻撃しないのがお約束と言うものでは……!?」
『申し訳ありません、有裏存アムは、お約束を守れるほど、理性的ではありません』
容赦躊躇一切皆無。
生身の妖怪相手にばらまかれる、黒弾の雨、ブチコロシィによる掃射。
常人ならば間近にいるだけで鼓膜が弾け飛ぶ様な発砲音の群れ。
「のわァァァアアアアーーーッ!?!???!?」
情けない悲鳴を上げつつも、ダビデは思考する。
武闘派妖怪と言えば、と言うアンケートを取れば必ずやトップ三に食い込む【鵺】の血は伊達ではない。
後天的に育まれた性格は温和でも、先天的に授かった彼の本質は立派な戦士。
咄嗟に、ダビデは横合いを流れる川へ向かって、跳んだ。
以前にも説明したが、鵺は河童と並ぶ……個体によっては平均的な河童をも越える豪力の種族。
平均的な河童の豪力を一河童とすれば、ダビデのそれは実に二河童余って半河童程と見積もって良い。
その脚力は、大地に月面クレーターの様な痕跡を刻み付け、残像の尾を引く勢いでの高速移動を可能とする。
土煙と水飛沫が上がったのはほぼ同時。
「「べ、べぶぶッ!!」」
澄み切った川の中、ダビデとスーパー☆テイルは同時に泡と声を吐いた。
よくみると、ダビデの虎柄コート、その裾が若干、食い千切られた様に破れている。――ブチコロシィの弾丸、もしくは弾丸に付随する衝撃波が掠めていた証拠だ。
もし、あと一瞬……いや、刹那、行動が遅れていたら……
(ッ……ヤバいヤバいヤバいヤバい……!! あの人、意味がわからないッス……!!)
ダビデはやや混乱していた。
アムの行動や言動の矛盾から、ダビデは彼女がこの悪魔駆逐作戦にノリ気ではないと考えていたからだ。
アムはノリ気ではない……だから、ハイド博士に協力している風だのに、その実、皿助達に対して何処か詰めが甘いのだと推測した。
だが、今の掃射は間違い無く殺しに来ていた。
ダビデを排除し、皿助達を追いかけよう……そんな意思を感じた。
(……マジで狂ってるって事ッスか……!!)
行動と言動の矛盾、その矛盾を解消できる推測とも矛盾していく行動と言動。
それが指す意味は……そこには理屈が無い、狂気に満ちている……と言う事だ。
だとすれば、
(説得は、絶対に無理ッスね)
重力によって川底へと導かれるのを感じながら、ダビデは懐に手を突っ込んだ。
取り出したのは、鍔の無い短刀……任侠物のドラマで、「ドス」と呼ばれて扱われるアレだ。
鞘から抜かれた黄色い刃は、ジグザグに何度も屈折。駆け抜ける稲妻をイメージしている様だ。
(なら……あとは迷わず、【進む】だけッス)
それは、幼少の頃よりの、父と父の尾から授かってきた教え。
鵺の長所は、そのパワー。迷えば、それが鈍る。だから、一度決めたら、迷わず進む。
……まぁ、パワフル過ぎる故に失敗が付き纏うのが鵺の宿命だが、それはもう後で必ず補填する覚悟を持ちなさい。
「――機装纏鎧!!」
◆
一方、河川敷陸上。
一帯、草の一本も残らぬ荒地と果てたその場所に、巨大な黒球がぽつんと浮遊。
『……水中に逃れれば、銃火器は使えないと踏みましたか?』
未だにダビデが飛び込んだ波紋が広がる水面を見下ろし、アムは呆れた様に溜息。
『ブチコロシィは惨殺特化。水陸空は問わず、敵を無惨にぶち殺し尽くす機体ですよ』
変態は直後。ブチコロシィの球型シルエットがぐにゃりと歪み、そして一瞬にて完遂される。
球の後方に水中機動用のモータースクリューが四基、下部には大量の魚雷を装填したクラスターポッドが二つ、側面にはパイルバンカーの要領で巨大な三又銛を射出する砲が左右三つずつ。
ブチコロシィ水中戦形態である。
水中では銃火器は使えない。ならば使わなければ良い。
すぐその場で機体形状を柔軟に変化させ、あらゆる装備を新造してしまう。それが万能の殺尽機、ブチコロシィ。
ハイド博士が悪魔への憎悪に任せて予算にも何にも糸目を付けずに生み出した原初にして頂点。
さぁ、川の水に血で色を付けてやろう。
ブチコロシィポセイドンが川へと突入しようとした、丁度その時。
川全体が、黒く光った。
『ッ!?』
川の中で何かが激しく黒い閃光を放ち、それが水中で歪みながら拡散した結果、川全体が光った様に見えたのだろう。
光源は、すぐに水面を突き破って顕現した。
『GI、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
『なッ……!?』
川から飛び出したその黒塊は、夜に染まりつつある空へ。
夜の闇すら切り裂いてしまう、深淵の漆黒。四足歩行の獣めいたシルエットに、全身に細い金色のストライプが走るその配色。
簡潔かつ端的に表現するのならば、それは「黒と黄の配色が反転した、巨大な機械の虎」。
やたらに長い尻尾の先端には、これまた機械の蛇頭が付いている。
『GOOOORAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
『機装纏鎧と言う奴、ですか!』
突然の登場に虚を突かれ驚いたが、それだけ。
水中から出て来たのならば、蜂の巣にするだけだ。
またしても変態は一瞬。
ブチコロシィポセイドンの全身がぐにゃりと崩れ、顕現したのは先程同様、無数のフルオート・マシンガン。
言うなればブチコロシィ連火砲形態と言った所か。
機械虎が自由落下を始めるよりも先に、掃射は開始された。
河川敷に、本日二度目となる轟音のパレード。
黒弾の大群が、天へと登っていく。
黒弾は次々に機械虎へと命中。発破。細かく砕け、黒粉へと変わっていく。
夜空を黒煙が埋め尽くすのに、一〇秒もかからなかった。
『全弾命中を確認。いくら妖怪科学の機動兵器が常軌を逸して頑強だとしても、これで――』
『GOOOOOOOORARARARARUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
『…………は……?』
咆哮の衝撃で、黒煙が吹き飛ばされる。
黒煙を払って姿を現したのは、満天の星々を背に、宙にて座す――巨大な機械虎。
『ば、馬鹿、な……!?』
機械虎は、ただ浮遊している訳では無い。
踏みしめている。自身の全身から溢れ出す【黒い雷電】を足先に固めて、足場として虚空に立っているのだ。
『GOO!! GOO!! MAAAASOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
数千の黒弾を受けてなお、その装甲、無傷。
理由は簡単。この機械虎は、常に全身から微弱の特殊雷電を放出をしており、それが電磁シールドの役割を果たしている+妖怪科学の機動兵器特有の常軌を逸した頑強さ。
アムの計算通り、ただ頑強なだけだったのなら今の掃射で終わっていただろう。
しかし、機械虎の持つ【黒い雷電を操る】と言う特性が、その計算を踏み越えた。
――その漆黒の暴獣、余りの獰猛さに【雷】に例えられ、【雷獣】と恐れられた鵺一族が誇る特機がひとつ。
機装纏鎧【薙囲訪這暗飩】。
一度起動すれば、最早その暴威は【起動者にすら止められない】。問答無用の破壊兵器である。
『GIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!!!』




