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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第三部 リバーハイド・フルブレイカーズ
46/65

43,マッド・マッスル《前編》


 時は少し遡る。


 皿助に敗れた鳴子なるこを回収し、自宅へ送り届けたアムは、万が一にも織留おとめが敗北した時に備えて【次の刺客】を【迎えに行く】準備をしていた。


 近代的流線型デザインのサイクリングメットを装着。

 しっかりと顎ベルトをしめ、ロードバイクのサドルを跨いだ、丁度その時。


「有裏存助教」

「! ……貴方は……臼朽くん、どうしました?」


 アムの前に現れたのは、地味な男だった。


「僕に、【チャンス】をくれませんか……【リベンジマッチ】の【チャンス】を……」

「……リベンジマッチ……? まさか、美川皿助との再戦を希望する、と言う事ですか?」


 アムの確認に、地味な男はコクりと肯定的頷き。


「少し厳しい物言いをしますが……正味、二の舞を演じるだけでしょう。余計な事はせず、明日の講義に備えて自習でもしていた方が建設的ですよ。別に、今回の敗戦を理由にバイト待遇が悪くなる様な事は無いので安心を……」

「……僕は……悔しいんですッ!! 僕の事を地味地味と馬鹿にした連中に、たったの一矢も報えずに負けた事が……!!」

「!」

「確かにそうですよ……僕は地味だ……地味クソ野郎だ……だから、この奇妙な組織のバイトを始める事で少しでも特徴が付けばと思った……でも、結局地味だ地味だと馬鹿にされて……このままじゃあ、退くに退けない……!!」

「そうでしたか……」


 アムも、少し妙だとは思っていた。

 こんな普通を極めた様な地味な学生が、ザ・キルブリンガーズのバイトなんて特殊な事にノリノリで従事している事を。


 地味コンプレックスが、この地味男を駆り立てている様だ。


「お気持ちはお察ししますが、やはり無謀無意味でしょう。貴方の【暴突殺通ボックサッツ】では…………可能ならば私の【舞血殺尸ブチコロシィ】を貸してあげたい所ですが……」


 アムは戦闘要員ではないが、一応、ハイド博士より特機と呼べる殺尽機ジ・キルを与えられている。

 その性能を以てすれば、逐殺躯叉栓添チッソクサセンゾー波散刃千至殺掻黎バチバチシヤガレーの様に、DAIカッパーと善戦する事ができるだろう。


 しかし、その機体を貸し出す事はできない。

 何故ならば、殺尽機ジ・キルには【安全設計セーフティ】のひとつとして、盗難対策を目的とした【個体識別生体認証機能バイオ・ディスコミネイション・システム】があるからだ。


 アムの殺尽機ジ・キルは、アムにしか起動できない。

 その認証機能の解除はそう簡単な作業ではない。本日中にはまず不可能だ。


「ボックサッツのカスタムも、一朝一夕でできる事ではありませんし……」

「……僕に【裏科学的ドーピング】をしてください……!」

「! ……本気ですか?」


 殺尽機ジ・キルは最新の裏科学技術により、今までにない次元で生体と機体の融合を可能としている。

 生体か機体か、そのどちらかを強化すれば、その分だけ戦闘能力が上がるのだ。


「本気です、本気ですともッ……!! お願いします!!」


 地味男は本気の様だ。薬物に頼ってでも、リベンジを果たしたいらしい。


(と言っても、流石に人体に影響がある薬物は裏科学業界でも御法度……)


 しかし、この地味男の半ば狂気が混じった様な本気瞳マジアイズ……放置すれば、何かやらかしそうな予感がしないでもない。

 コンプレックスに駆られた人間は、割と危険な事をする。


「……わかりました。では、私に可能な限りの処置をさせていただきましょう。ですが、もしそれで充分な結果が出なかった場合、諦めてもらいます。構いませんね?」

「あ、ありがとうございます!!」


 適当にそれっぽいものでも与えて、「ああ、やっぱりこれでは無理ですね」と諦めさしてしまおう。

 アムはそう考えた……のだが……




「フゥー……フゥー……くわッ……す、すごいフゥー…これが、裏科学にヨるムキムキマッスルゥ……凄まジいムキムキ……!! す、スご、すごイ、ムキムキ……ボク、ツヨクナレタ……ムキムキ……」

「……………………」


 極めて凡庸な製法を以て作成したハチミツレモンを与え、最寄りのスポーツクリニックでニンニク注射を施してもらっただけだのに……どうしてこうなった。


「……【偽薬プラセボ効果】……言うなれば【思い込みの奇跡】と言う奴でしょうか……」


 昔、まだ【がん】が【不治の病】であった頃。

 とある男性が癌に侵され、「どうせ俺は死ぬのだ」と生きる気力を全て投げ捨てた。

 そんな男性の姿を不憫に思い、せめてもと、男性の妻は「知人の製薬研究員から未承認の【薬】をもらってきた。もしかしたら効くかも知れない」と、とんでもない嘘を吐き、【ただの栄養剤】を男性に手渡した。

 するとどうした事か。

 ただの栄養剤を特効薬だと信じて飲み続けた男性の癌細胞は、ひと月もしない内に生命に影響しないほどのサイズにまで縮小。

 その翌月には綺麗サッパリ消え去ってしまったと言う。


 人間の細胞は、激しい思い込みによって実際に変化が起きる。

 それが【偽薬プラセボ効果】である。


 至極有名な【病は気から】または【元気があれば何でもできる】と言う人類史上屈指の名言は、ごまかしの精神論などではなく、生命の強かさをもとにした【とても役立つ教訓】なのだ。


 現実は意外とファンタジーなものだ、とアムは適当な結論を付ける。


 まぁ、これは悪い結果ではない。

 この化物マッスルめいた地味男ならば、次の刺客を迎えに行く間の時間稼ぎくらいならできるだろう。



   ◆



 時は戻り、場所は奥武守町市民グラウンド。


「グォォ!! グォォ!! マッソォォォオオオオオッ!!」

「おい……しつこい様だが確認させてくれ……本当にハチミツレモンとニンニク注射だけで人間がこんな事になるのか!? 血管から特殊なコンソメスープを摂取したシェフみたいになっているぞ!?」

「それを聞きたいのは私も同じです。でも何処の誰に聞けば良いんですか?」


 皿助の問いかけに、織留を担いだアムがやや半ギレ気味の語気で答える。


 アムちゃんだって意味がわからなくてやや混乱しているのである。

 それだのに答えを求められては若干「私が知るかボケ」となるのも当然心理。


「とにかく……臼朽さん、私は【試合】が終わったらしい百永坂もえさかさんを迎えに行きます。ここは任せますよ」

「キィンニクゥゥ!!」


 臼朽は上腕二頭筋をパンプアップさせてビリビリと袖を破きながら、咆哮めいた奇声を上げた。

 最早人語を失ってしまっているらしい。


「……筋肉言語は専攻外なのでわかりませんが、肯定に近いリアクションであると判断します」


 と言う訳で、アムは白衣を翻した。


「あ、皿助、あの眼鏡女どっか行く気クマ」

「言動からして次の刺客を迎えに行くつもりっぽいガミ!!」

「何!? 【次の刺客を迎えに行く】……!? 待て、待つんだ。それは……その行為は、人間性を捨ててまで戦おうとしている彼を【つなぎ】と断じる行為だぞ!?」


 人である事への拘泥を放棄してまで戦う【戦士】を、さも当然の様にクールな素振りでまるで【捨て駒】や【当て馬】的な…【本命外】の扱いをする。

 そんなの、人道を外れた行為ではないか。


 少なくとも皿助は、そんな事をする人間を「この外道!!」とそしる事に抵抗は無い。


「……燥軋かわぎし教授のためならば、私は無情無慈悲の腐れ外道にもなりましょう。教授の目的を叶える事こそが、私の悲願でもあるのですから」

「……、ッ…!?」


 不意に、皿助の直感はアムの言葉からあるニュアンスを感じ取った。


「それでは」


 それだけ言うと、アムは織留を担いだまま、白衣姿に似合わない結構本格的な短距離走向きのフォームで走り出す。

 離脱逃走を目的とした本気の全力疾走である。


「……今の彼女の言葉……」


 皿助は、疑問と動揺を隠せない。


 何故だ。どう言う事なんだ。

 どうして、今の彼女の言葉に【そんなもの】の気配が混じるのだ、と、本気で理解ができなかった。


 一体、どこの部分だ。どの部分に、彼女は……


「今、あの人は……【嘘】を……?」

「皿助、何をしているガミ!! 逃げられるガミよ!!」

「はッ……そうだった!!」


 皿助たちとしては、次の刺客を呼びに行くのを見逃す道理は無い。


 皿助とガミジンはほぼ同時に地面を蹴り、オリンピック中継で流されてもおかしくない疾走を見せるアムの背中を追おうとした。


 だが、


「ムッキムキダゾォォオオオオオーーーッ!!」

「ぬぅ!?」

「ガミ!?」


 肌色の疾風。そう見間違う様な速度で、皿助とガミジンを強襲した巨体。


 臼朽だ。いつの間にか【どこにでも売ってそうな青基調のトランクス】以外の全ての衣類が弾け飛んでしまったムキムキ臼朽が、皿助とガミジンに殴りかかってきたのだ。

 どうやら、皿助たちに飛びかかるべく力んだ時に、衣類が弾け飛んでしまったらしい。


 ガミジンは咄嗟に黒い翼を羽ばたかせ、緊急上昇。臼朽の射程外から離脱するが、皿助まで救助している暇は無かった。


「皿助!!」

「構わない、俺は俺でどうにかする!!」


 防御用の波動疾走オーバードライブはどれも間に合いそうにない。

 ここは……


「普通の波動で防御するッ!!」


 波動を用いた奥義である波動疾走オーバードライブは間に合わない。

 だが、ただ波動を纏って肉体強度を上げる事は可能なタイミングだ。


 そして、今の臼朽ほどではないが、皿助だってそれなりの恵体であり、その肉体には美川流の特訓により見た目以上の筋肉が詰め込まれている。

 単純にその前腕を交差させて力むだけでも、時速二〇〇キロで走行するハヤイシロサイとの衝突にだって耐えられる防御力を発揮する。それを波動で強化すれば、大抵の物理ダメージには耐えられるはずだ。


 皿助の眼球に既に帯び続ける鑑定波動【万理鑑定の(スティングサーチ・)波動疾走(オーバードライブ)】の鑑定結果、今の臼朽のパワーなら、なんとか一撃程度はそのガードで凌げる。


こらえるぞ、強撃ハードッ!! 揺ぎはしない防御ガードッ!!」


 皿助は腕の筋肉を特殊なリズムで躍動させて波動を精製、それを前腕に集中的に纏わせて、防御体勢。

 これで防御はグッドにバッチシ……かに思われた。


「パァウァアアアアアアッ!!」


 だが、皿助はすぐに己の愚策を悟った。


「ッ」


 臼朽の拳が、皿助の前腕ガードと衝突。

 臼朽の一撃は、皿助の鑑定通り確かに、皿助の波動を帯びた前腕によるガードを破る事は無かった。


 だが、その衝撃は、皿助に一瞬の無重力感をもたらした。


「が、ぬぅぁッ!?」

「べ、皿助ェーッ!!」


 臼朽のパンチは、たったの一打。

 その一打で、皿助が波動を帯びた両前腕を交差させて築いた鉄壁もろとも、皿助の身体を吹き飛ばしたのである。


 ずしゃああああああああッ!! とグラウンドの砂を抉りながら、皿助の身体が転がっていく。

 皿助が気を立て直し、跳ね起きた時には、もう一〇メートル以上も吹ッ飛ばされていた。


「ぐッ……な、なんと言うパワーだ……壮絶なパワフル……例えるなら自身の一〇倍は大きい巨人にブン殴られた様な気分だぞ……!!」


 ガード自体は破られなかったが、余りのパワーに脚力が及ばず、踏ん張り切れなかった。だから皿助は吹っ飛ばされた。

 波動補正などを抜きにした素の筋力では、完全に臼朽の方が上と言う事だ。


「ムキッ……ムキッ……プァアアアア、ワアアアッ…………!!」


 臼朽の大胸筋が、地面に叩き付けられたゴム鞠の様にバインバインと弾んでいる。


「『チーフは追わせない、お前の相手は僕しかいない』……かッ……!!」


 筋肉言語を解読しつつ、皿助は学ランに付いた砂埃を丁寧に払う。


 アムの姿は既に見えない。波動も見失った。ここから追い探すのは至難を極めるだろう。

 皿助と違って波動知覚を鍛えていないガミジンでは尚更無理難題。

 ……何より、今の筋肉発言からして、臼朽がそれを許さないはずだ。


「越えていくしかない……臼朽翔由ッ!! そのリベンジ、受けて立つぞ!!」


 皿助が手刀を構える。


「……マッソォ……」


 それを見た臼朽は、何かを思案。

 そして、ゆっくりとその口を開いた。


「ッ!」


 臼朽の開け放たれた口から溢れ出したのは、唾液に塗れた肉厚な舌。極太のミミズの様なそれの先端には、何かキラキラと輝くものが。


「あれは……奴の殺尽機ジ・キル起動トリガーか……!?」


 臼朽の舌先に乗っかっていたのは、臼朽が使っていた殺尽機ジ・キルボックサッツを起動するための銀指輪だ。


「プロォォォオティン……タンパクゥ……トリノササミィ……」


 三角筋をピクピクさせ、臼朽は「全霊全力の筋肉で叩き殺す……!」と筋肉発言。

 臼朽は舌先の銀指輪を摘まみ上げると、唾液の糸を引くそれを右手中指に嵌め……様としたが、膨張した指周りの筋肉のせいでそれは叶わなかったので、指先にチョコンと乗っける。


「ァァァ……モォスト…マスキュゥゥルァァァァアアアーーーッッッ!!」


 臼朽が右手の中指を天へと掲げるお馴染みのポーズを取った瞬間。銀色の閃光が弾けた。


「なッ……指輪を嵌めなくても殺尽機ジ・キルを発動できるのか!?」

「融通が効く技術ガミね……」

「便利ではあるクマ」


 皿助たちがそんな至極どうでも良い部分に感心している間に、臼朽はボックサッツへと変身完了。

 ただ、その姿は皿助たちの知るボックサッツとは違っていた。


 皿助たちと戦ったボックサッツは、良くも悪くも特徴の無い……中肉八頭身なスタイルの正統派オーソドックスまたは没個性的と評価すべき人型機で、さながら二〇メートル級のデッサン人形に少し白銀の装甲を盛ってみました的な感じだった。


 それが、なんということでしょう。


「筋肉……だと……!?」


 白銀の装甲に浮かぶモリモリ感……あれは間違い無い、筋肉だ。


 まるで一流のボディビルダーの筋肉を型版にして拵えた様な装甲に覆われた、五〇メートル級のマッスル機械巨人。


 それが、今皿助と対峙しているボックサッツに適した端的表現。


『ボックサッツ……輝武仁叩万殱剥鏤猛弩キンニクマッスルモードォォオオオオ……!!』

「き、巨大化している……!?」


 皿助は瞬時にいくつかの仮説を立て、その中でも最も無難な「殺尽機ジ・キルは本体のコンディションによってデザインやスペックが変動する兵器だったか」と言う解釈でひとまず納得。

 驚愕による混乱を回避する。


『マァァッスルゥゥゥウウウウウ!!』

「そちらが兵器を持ち出すのならば……まだ魔力が回復していない俺は、友達妖怪に兵器を持ち出してもらうまでだ!!」


 まだ二度目だのに他力本願が板に付いてきたものである。

 この柔軟性こそが美川の血の成長性の裏付けのひとつとも言える。


「その巨体が相手ならば、適任者はあの人しかいない!!」


 皿助は右袖に装着していた六つのバッジの内、【髑髏】が描かれたバッジに左手の指を添える。


「行くぞ……出てこい俺の友達!! 妖怪バッジ、ドライブ・オン!!」

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