42,ジミーメン・カムバック
……クマリエスと戦わせた方が、まだ心の傷は浅かったかも知れない。
白い物に塗れて足腰立たなくなったギャル…もとい、雪吏乃が降らせた雪に塗れてエネルギーを吸い尽くされてグッタリしている織留に対し、皿助は申し訳なさを込めた合掌。
まさか雪吏乃があんな強化を引っ提げてくるとは予想だにしていなかった。
「では、私と雪吏乃さんはこれにて!」
「うん。じゃあ、皿助。頑張ってね」
一仕事終えた感じの満面スマイルの晴華と微笑の雪吏乃。
……ただ、雪吏乃の足は、その余裕ある微笑とは裏腹にせわしなく立ち位置をフラフラ変えており、行動心理学的観点から「早くこのクソみたいな場所から離れたい」と言う彼女の静かな激情が伺える。
まぁ、織留が最期…じゃなくて最後に放った技の残照で、辺りは真冬日の様に冷え冷えとしている。
寒さ嫌いの雪吏乃が逃避願望を隠せないのも無理は無い。
「はい。二人共、本当にありがとうございました」
「おっぱいむちむちエロ河童の方は何もしてないクマ」
クマリエスに突っ込まれ、晴華は「うきゅッ」と締め上げられた鶏の様なリアクション。
「……べ、べーちゃん!! またすぐに呼んでください!! 今度こそ、今度こそダイカッパーの皿を以て、私の華麗なダイカッパーアクションをお披露目しますから!!」
「そりゃあ無理だゾ」
「はぇ?」
横から割って入ってきたのは、【鵺の尻尾】……ダビデの尻から生えた喋る蛇、スーパー☆テイル。
「妖怪バッジは一回召喚した友達妖怪を三時間以内に再召喚するのはできねー仕様だゼ」
「ぁ、うん。そうッスね……妖怪バッジの開発に伴って妖界司法局が制定を予定している【ブラック召喚規制法】に則って、そう言う仕様になってるはずッス……」
ダビデの言う通り。
妖界には妖怪の権利…【妖権】を守る法があり、それは技術の発展に合わせて柔軟に更新されている。
バッジ所持者による友達妖怪の過召喚問題を予期し、それが問題化する前に対策を講じた。
杞憂の徒労で終われば我々が笑われて終わるだけで済む。楽観して悲劇を看過するよりずっと良い。
それが妖界司法局の基本姿勢である。
「そ、そんな!! じゃあ私は!? 私の今期の出番これで終了ですか!?」
「乳と間抜けを晒しただけだったクマね」
メインヒロインが落ちぶれた物である。
いや、第二部で序盤でピ●チ姫化してそこから出番がほとんど無かった時点で予兆はあったが。
「ま、まぁ落ち着け、晴華ちゃん。残り三時間で全ての問題が解決するとも限らない。万が一もしもの時は、君の素敵なダイカッパーアクションを見せてくれ」
「万が一もしもって……べーちゃんさては三時間以内に解決する気満々ですね……?」
「ああ……すまない、晴華ちゃん。君の気持ちは察するが……俺としては、可能ならば一秒後にでも全ての問題を解決したい所存だ!!」
こんな物騒な問題はさっさと解決できるに越した事はないッ。
「問題の早期解決を心底願うそのスタンスは相変わらず立派ですが……複雑な心境です……」
「……晴華、大丈夫。最悪バッジで呼ばれなくても普通に来れば良い」
「その手がありましたか!! 雪吏乃さんナイスアイデア過ぎます!!」
「新アイテムの存在意義を早速殺そうとしているクマね」
「身も蓋もなくなる一線を簡単に越えようとする空気の読めなさはクマリエス様に似ているガミね……」
「ガミジン、何か言ったクマ?」
「あの雲の形がクマリエス様に似ているなと思っただけですガミ」
何はともあれ、身も蓋もない最終手段の知恵を得た晴華と、その知恵を授けた雪吏乃はこれにてミッションコンプリート。
召喚された時とは逆で、バッジから照射された光に溶け込む様な形で妖界へと転送された。便利。
「さて……ダビデさん、スーパー☆テイルさんもありがとうございました。貴方達が届けてくれた妖怪バッジ……これのおかげで、俺は友達の力を借りる事が出来る……魔力が回復するまで、皆のおかげで繋げそうです」
これは皿助と悪魔とハイド博士一派の問題であり、友達妖怪を巻き込むのは……などと妙な遠慮がち思考をこじらせていた皿助はもういない。
晴華は言ってくれた。
皿助があの日晴華に言った様に、「友に頼られるのは誉れだ」と。
そして、そう思っている友達が、このバッジに登録されていると。
そこまで言ってくれる友を頼らないのは、「お前らの助けなどいらん」と言う暗な宣言になりかねない。むしろ失礼だ。
「ぁ、ぁのッス、ね……その……美川皿助さん……その……」
「? どうしました? ダビデさん」
「…………ぇと……」
「……やれやれ……俺が代わりに言うゼ。ダビデも俺もよ~…今日はおめーにそれを届けて業務終了なんだヨ。つまり、ここから先は【オフ】な訳ダ。即ち、暇……そんで、ここまで来たのも何かの縁……【こいつ】を受け取りナ」
「……ぅ……」
コクコク、とダビデが頷き、ポケットからある物を取り出した。
それは……
「これは……まさか、【妖怪バッジ】?」
ダビデが取り出したのは、皿助が今学ランの袖に装着しているミニ缶バッジと同じ規格のバッジ。
表面にはデフォルメされた虎の顔と、それに巻き付く緑色の蛇が描かれている。
「は、はい……その……に、丹小又先輩が……」
「丹小又パイセンがよォ~……『もし美川皿助を生で見て、良い感じの奴だと思ったらば、君もこれを渡して友達になると良いですニャン』って、こいつのバッジも申請して作っといてくれてたんだヨ」
丹小又は先輩として、ダビデのコミュ障ぶりを少々心配している。
なので、誰とでもすぐ友達になる皿助と密接に関わらせてみたら少しは改善されたりするのでは……? なんて腹積もりがあっての事だ。
皿助もダビデも当然そんな事は気付いていないが、スーパー☆テイルはなんとなく察していた。
「ふむ……つまり、このバッジにはダビデさんとスーパー☆テイルさんが登録されているのか」
「その通りダ。さっきも言った通り俺らはこれからオフ…遠慮無く呼べヨ。……それとも、さっき会ったばっかの俺やダビデは【力を借りても良いと思えるほど親しい友達】じゃあねぇカ?」
「そんな事は有り得ませんッ!!」
皿助のモットーは【いちゃりばちょーでー】…端的に【出会ったらば、それだけで兄弟姉妹並に親しい間柄】。
前向きな感情を以て接する事ができる相手はみんな親しき者、つまり友達。そして友情の密度に時間など関係ない。
「このバッジ……有り難く頂戴します!」
皿助はダビデのバッジを丁重に受け取り、しっかりと袖に装着した。
ダビデバッジ、ゲットだぜ。である。
「じゃ、必要になったらすぐ呼べヨ」
「ぁ、じゃ、じゃあ……」
「はいッ!! その時は、遠慮なくよろしくお願いいたします!!」
皿助はペコリお辞儀でダビデ&スーパー☆テイルを送った。
「……一気に人数が増えて、一気に減ったクマね」
「画面がスッキリしたガミ」
「ああ、だが、頼りになる戦力は一切減退してはいない」
皿助は改めて、自身の纏う学ランの袖を確認する。
ダビデバッジの追加により、皿助の袖には合計で六つのミニ缶バッジが並ぶ形になった。
キュウリと雪ダルマは、それぞれ晴華と雪吏乃に、そして虎と蛇のバッジはダビデに繋がっている。
残る【髑髏】と【黒い羽】と【竹箒】は、果たして誰に通じているのか……
「まぁ、雪ダルマが雪吏乃さんだった以上、【髑髏】は……ほぼ確実に、あの人、だろうな……」
皿助の脳裏を過ぎったのは、過去に天狗族の刺客として皿助と対峙し、皿助が駆るダイカッパーをニギニギし倒したとあるお姉さん。
皿助的には一六年の人生の中でも希にみる苦痛と大ピンチを味あわされた相手であり、ちょっとトラウマのある御仁だが、友達となれば心強さ至極。前向きに考えよう。
「さぁ、行こう、クーたん、ガッさん。俺達には心強過ぎて単体でも『もうあいつだけで良いんじゃないかな』ってなる友達がたくさん付いている……ほらこんなにッ!! この先、どんなザ・キルブリンガーズが現れようと、臆する必要は無いッ!!」
「ほう、それは随分と……甘く見積もられたものですね」
「ッ!」
不意に響いたのは、声色だけで「きっとこの声の主はクールビューティーな眼鏡女子キャラに違いないッ!!」と確信できる声。ついでに言うと白衣も着てそうな声だ。
皿助の直感は全く以て的中。
「貴女は……『抜き足差し足隠密行動には多少の自信がある』と豪語していたザ・キルブリンガーズ【七殺衆】の主任・有裏存アムさんかッ!!」
「まさしくその通りの有裏存アムです」
フレームの太い黒縁眼鏡をかけた白衣の美女……間違い無い。
今朝、河川敷で皿助達の前に現れ、戦闘不能になった第一の刺客・臼朽翔由を回収した人物だ。
皿助の接触目標であるハイド博士にも近しい人物だと思われる。
「今回は、気付かれずに接近できた様で汚名返上かつ名誉挽回。私の抜き足差し足隠密行動はズバ抜けセンス……まぁ、それはさておき」
「……次の刺客は、貴女、と言う事ですか……」
ザ・キルブリンガーズのメンバーであり、その幹部集団【七殺衆】の主任。
七殺衆をもう四人も撃破している皿助一派を、アムが叩きに来るのは道理だろう。
「……お忘れですか? 私は、事務派であり、戦闘はあまりと言ったはずです。あれは謙遜ではない」
何を思ったか、アムは突然、その指をパチンと鳴らした。
キレの良いフィンガースナップはカッチョいい。
「貴方達の次の相手は、【彼】が務めます」
「彼!? 彼とは誰だ!?」
皿助の問いに応える様に、【彼】は、【降ってきた】。
正確には、すごく遠くからジャンプし、遥か上空まで跳び上がって、アムの背後に落ちてきた。
「ッ…………!?」
「知っている、顔でしょう?」
確かに、皿助はその【彼】の顔を知っている。
皿助だけではない、クマリエスもガミジンも、その【地味な顔】には見覚えがあった。
あったけど。
「……見た事あるけど、何か色んな所で見た記憶があって、自信を持って特定できないクマ」
「えーと……あ、あれですガミよクマリエス様……その……あ、前回の人間界お散歩の際に飴玉をくれた岡崎さんガミ!」
「違うぞガッさん!! 臼朽翔由だッ!! 最初にクーたんを狙っていたザ・キルブリンガーズの!!」
皿助達を襲った、最初の刺客。地味な生き物が人の形をして歩いている様な存在……ザ・キルブリンガーズのバイト大学生、臼朽翔由。
その地味と言うかこう……普遍的と言うか……人ごみの中で辺りを見回せば似ている青年を小一時間で四・五人は見つけられそうな顔は、変わっていない。相変わらず地味だ。
現在は白目を剥いているプチ異常状態だが、やはり基本構成が地味だとどうあっても地味だ。
だが、首から下は非常に大変な事になっていた。
「フゥーッ……フゥーッ……くわッ……!!」
体中の筋肉が異様にパンプアップしている。唯一臼朽の個性とも言える白づくめなコーデに筋肉の線が浮かぶほど……と言うか、ちょっと啄いたら衣類がパァンって弾け飛びそうだ。
顔面は白目を剥いているくらいしか変化がなく、顔筋の量はほぼそのままなので、首から上と下でかなりアンバランスな事になっている。
「お、おい……有裏存アムさん……? クーたん達と違って俺は確信しているのだが……一応確認させてくれ。本当にこの筋肉頼りのベルセルクみたいな事になっているのが、臼朽翔由……今朝俺と戦ったあのお兄さんなのか?」
「はい。まぁ、普通に再戦させても時間稼ぎすらできないだろうと考慮し、少々裏科学的ドーピングをさせましたが」
「ただの大学生になんてことを!!」
「あ、ご安心を。ドーピングと言っても、レモンのハチミツ漬けを与えてニンニク注射しただけですよ?」
「地味な滋養強壮ッ!!」
そこは安心の臼朽地味仕様だった。




